<兄弟は他人のはじまり>ということわざがあります。意味は<血を分けた兄弟(姉妹)でも、成長するにつれ環境や価値観が変わり、情が薄れ、他人のようになっていく>ということ。ちょっと寂しいですが、肉親とはいえ違う人間なのですから、仕方ないことなのかもしれません。
小説の中には星の数ほどの兄弟姉妹が登場します。前述したことわざ通り、他人同然、あるいは他人以下の冷え切った仲のものもいれば、信頼し合い、温かな絆で結ばれたものまで、その関係は千差万別。私は一人っ子なので、後者のような関係に憧れてしまいます。江國香織さんの『間宮兄弟』や田中芳樹さんの『創竜伝』なんて大好きです。この作品に出てくる姉妹も魅力的ですよ。朱川湊人さんの『わくらば日記』です。
こんな人におすすめ
・昭和を舞台にしたノスタルジックな小説が好きな人
・超能力が出てくる小説が読みたい人
大好きな姉さまには、不思議な力がありました---――昭和三十年代の東京、下町。小学五年生の和歌子は、母と姉と共に、慎ましくも幸せに暮らしている。和歌子の自慢は、病弱ながら美しい姉・鈴音。人や物の記憶を<見る>ことができる鈴音は、時にその力を人のために使う。子どもが巻き込まれた当て逃げ事件、惨い事件を起こした少年の胸の内、女友達が抱える過去の傷、心優しい大学生への淡い思い、知人が巻き込まれた殺人事件の思わぬ顛末。姉さまは、何のためにあんな力を持って生まれてきたのだろうか。大人になった主人公の回想で綴られるノスタルジック・ミステリー
朱川さんが得意中の得意である、<成長した主人公が過去の出来事を思い返す>形式の物語です。作中に出てくる街並みや文化の様子は本当に彩鮮やかで、この時代を経験していない私でさえ郷愁を誘われてしまいました。主人公の姉・鈴音は若くして死んだことが早くに語られるため、余計に切ない気持ちになります。
「追憶の虹」・・・和歌子の友人の弟が当て逃げ事故に遭うも、手掛かりがなく、捜査は難航。顔見知りの警官に恋心を抱く和歌子は、彼に手柄を立てさせたい一心で、鈴音に頼んで事故現場を<見て>もらう。結果、手掛かりは得るものの、鈴音は「このことは警察には黙っていてほしい」と言い・・・
鈴音がリーディング能力を持つことは前半でさらりと分かってしまうのですが、本作の肝は超能力ではなく、そこから浮かび上がる人間の業の深さ。このエピソードでも、メインテーマは当て逃げ事件の犯人逮捕ではありません。鈴音が<見た>惨たらしい血の記憶、無念の死を遂げた被害者の哀しみ、和歌子の幼さが招いたやるせない結末・・・そんな中、明るさと思いやりを忘れない鈴音の姿が眩しいです。でもこの警官、悪い奴じゃないんだろうけど、ちょっとイラッときたりして。
「夏空への梯子」・・・都内で起きた凄惨な女子高生殺人事件。犯人として逮捕されたのは、朝鮮籍を持つ十代の少年だった。少年は逮捕前、あまりに不可解な行動を繰り返しており、その謎を解くため、警察は鈴音に少年の心を<見て>ほしいと依頼する。依頼を受けた鈴音が、少年の中に見たものとは。
現実に起きた小松川事件が登場します。人を殺した後、まるでゲームのように遺品を関係者に送りつけたり、警察やマスコミ相手に長電話をかけたりした少年。彼の内側にあったのは、哀しい貧困と差別の記憶でした。現代でも人種差別はなくならないのですから、この時代で在日外国人となると、差別されて当然という状況だったのかもしれません。差別問題や殺人事件の描写が痛ましい反面、準レギュラーとなる爬虫類顔の刑事・神楽さんのキャラクターはなかなか面白いです。
「いつか夕陽の中で」・・・和歌子と鈴音は、ひょんなことから茜という女性と親しくなる。ある時、茜の落とした巾着を拾った鈴音は、つい彼女の過去を<見て>しまう。そこには、茜が経たあまりに過酷な人生があった。
新キャラクター・茜の登場です。若くして辛酸を舐め尽くした彼女の記憶はあまりに辛い・・・こういう状況から逃げ出せぬまま命を落とした女性が、一体どれほどいるのでしょうか。茜の場合、主人公一家や神楽刑事のような善人と知り合えたことがせめてもの救いです。個人的に一番びっくりしたのは、これまで姉妹に押されていまいち目立たなかった母親のエピソード。まさか柔道四段の猛者だったとはね。
「流星のまたたき」・・・茜を通じ、笹森という大学生と知り合った和歌子と鈴音。朴訥で心優しく、手品が上手な笹森に、鈴音は心惹かれていく。流星塵の採取をする笹森のため、鈴音は自分の力を使うのだが・・・・・
間違いなく収録作品中一番の号泣作品でしょう。思いを寄せ合いながら、互いを慮って何も告げず別れる二人。笹森がついた優しい嘘と、最期まで笹森との思い出を大事にしていた鈴音・・・あんまり恋愛小説のイメージがない朱川さんですが、鈴音達の恋心の描写は秀逸というより他ありません。二十七歳で死んだ鈴音が、最後まで笹森の存在を大事に思っていたという事実に泣かされます。
「春の悪魔」・・・ある日、和歌子は母親の仕事の使いで、クラという老女を訪ねる。最初、クラは留守だったが、しばらくして慌てた様子で帰宅。なんと近所で人殺しがあったという。その数日後、クラは事件の容疑者となってしまい・・・・・
本当の優しさとは一体何なのでしょうか。たとえどんな結果を生もうと真実を告げることが優しさなら、あえて真実を隠し嘘をつくのもまた優しさ。自分がクラの立場だったらどうするか、考えずにはいられませんでした。そして、注目すべきはラストシーン。早死にした鈴音だけでなく、茜の身にも何か起きたことを示唆する文章に不安が募ります。
本作には『わくらば追慕抄』という続編が存在します。そこでは新たな闇を抱える登場人物が出てくる上、姉妹と茜の間に亀裂が入る出来事も起き、読者としてはハラハラしっぱなし。第三作も読みたいけれど、それは鈴音の死が近づくことを意味していて、ものすごく複雑です。
<見え>たものだけがすべてではない度★★★★★
この家の教育方法は素晴らしすぎる度★★★★☆
様々な人間関係の中で兄弟姉妹もまた微妙な関係でストーリーの題材としてはうってつけだと思います。
昭和のノスタルジックな雰囲気に超能力とは好きな題材が重なっているので読みたいと思います。
深緑野分さんの新作が出ていたので予約してきました。
まさにザ・朱川湊人と言うべきノスタルジックな物語でした。
決して大仰ではない超能力の描き方もすごく好みです。
しんくんさんが利用されている図書館は、うちの近所の図書館より新刊入庫のペースが早いようで、羨ましい限りです。
深緑野分さんの新作は、今までとちょっと毛色の違うファンタジーですよね。
早くこっちの図書館にも入ってほしいなぁ・・・
読み終えました。ノスタルジックな雰囲気と切なさが交錯したストーリーでした。
姉の鈴音に似たような能力は色んな小説や漫画で出てきますが、その能力を使うと本人にもかなり負担がかかるらしいということも理解出来てあまり使うものではないと感じました。慶応大生との儚い恋がより切なく哀しくなりました。
和歌子と鈴音の父親の秘密や茜との関係がどうなるのか~続編も読みたいですね。
リーディング能力は使用者に負担がかかる、というのは、色々なSF小説で目にする設定です。
本作の場合、鈴音が早世したことが早い段階で語られているので、余計に切なく感じました。
父親の件をはじめ、明かされていない伏線もけっこうあるので、今後に期待です。