ミステリーには、<主役にしやすい職業>というものがあります。高い調査能力や行動力を持ち、事件と関わる確率の高い職業の方が、物語を始めやすいですからね。たとえば刑事や弁護士、検事、ジャーナリストなどなど。探偵もその一つです。
日本の名探偵といえば金田一耕助や明智小五郎などが有名ですが、現代日本において探偵が堂々と大事件に関わる機会はそうそうありません。現代では<探偵事務所>や<興信所>の職員が、人探しや素行調査を行う過程で事件と関わるというパターンが多いです。加納朋子さんの『アリスシリーズ』、柴田よしきさんの『花咲慎一郎シリーズ』などがそうですね。今回ご紹介する小説もその一つ。真梨幸子さんの『初恋さがし』です。
こんな人におすすめ
テンポの良いイヤミスが読みたい人
あなたが探し出したいものは何ですか?---――山之内光子率いる<ミツコ調査事務所>には、今日も怪しい依頼が続々舞い込む。末期癌患者が最期に会いたいと望む幼馴染、主婦がマンションを売り渡した相手に抱いた恐ろしい疑惑、認知しないままだった娘の行方を捜す男の意図、自分の名前がウェブ百科事典に載っていると気づいた女性の運命。彼らが見つけたものは思い出か、安らぎか、はたまた・・・・・人の悪意をあぶり出すイヤミス短編小説集
いつもこれ以上ないほどドロドロねっとりしたイヤミスを堪能させてくれる真梨さんですが、本作の味わいはやや軽快。人間関係も、一部を除いてはさほど入り組んでいないため、混乱することもほとんどないのではないでしょうか。もちろん、人間不信になりそうな真っ黒ぶりは遺憾なく発揮されているので、旧来の真梨作品ファンも楽しめると思います。
「エンゼル様」・・・末期癌を患う依頼者が望むのは、三十年間も音沙汰なしの幼馴染と再会すること。二人がかつて過ごした町には神社があり、そこで願い事をすると必ず叶うという噂が流れていた。
『初恋さがし』という可愛いタイトルを初っ端から裏切ってくれる第一話です。冒頭の依頼者が、途中から登場する女性二人のどちらかなんだろうなというのは予想できるのですが、一体どちらなのかは曖昧な描写をされているため分からない。更年期障害に悩む女性の一人称が始まり、畳みかけるように悲劇が起き、依頼人の正体と隠されていた目的が分かる展開はスリリングでした。まあ、真梨ワールドならこれが通常運転ですが。
「トムクラブ」・・・<ミツコ調査事務所>を主婦の美里が訪れる。美里は結婚を機にそれまで住んでいたマンションを売り、新居に移る。だが、お気に入りだったかつての家が気になる彼女は、好奇心で購入者の名前をネット検索してみる。その結果、購入者に対して恐ろしい疑惑が生まれ・・・・
第一話は<どちらが依頼者なのか>という謎がありましたが、第二話は<どちらが本当のことを言っているのか>という点がポイント。家を売った相手は猟奇殺人者だと騒ぐ主婦と、彼女はネットストーカーだと訴える購入者の男。<藪の中>状態で真実が迷走していく流れにぐいぐい引き付けられました。ただ、意味ありげに登場した割に何のフォローもなく消えたキーワードがいくつかあるのが気になりますが・・・私が読み落としたのかな?
「サークルクラッシャー」・・・大学のサークルの先輩から結婚式に招待される女。認知せぬまま長年放っておいた娘に会いたいと願う男。無関係に思えた二つの世界は、思いがけぬところで交錯し・・・・・
あー、こう繋がるわけね!とラストで納得。腹黒いのは何も女だけではないということですね。エピソード自体もですが、この辺りから<ミツコ調査事務所>所長・山之内光子の粗というか、迂闊な面が目立つようになってきたところが面白いです。また、この話以降は大元が繋がっているので、登場人物をしっかり覚えておくようお勧めします。
「エンサイクロペディア」・・・ウェブ百科事典に自分のページが作成されていることに気付いた女。一般人に過ぎない私の名前が、なぜ?おまけにページにはまだ起こっていない未来の出来事、それも不幸な出来事が書かれており、不安になった女は<ミツコ調査事務所>に調査を依頼するが・・・・・
今まで脇役だった光子が前面に出てきたと思ったら、まさかの展開に目が点・・・いや、真梨作品なら往々にしてあり得ることですけどね。あと、ちらほら見える<ブラック・ダリア>というキーワード。アメリカで実際に起きた未解決事件の名前と同じですが、これがどう関係してくるのか・・・こうやって現実の出来事が絡んでくると、物語の臨場感がぐっと高まります。
「ラスボス」・・・弁護士の池上は、<ミツコ調査事務所>が関わった数々の事件に違和感を感じ、調べ始める。一連の事件を操る者は一体誰なのか。だが、調査を進める池上にも魔の手は迫っていた。
主役かと思われていた山之内光子があんまりな形で退場し、このエピソードで主役を務めるのは弁護士の池上です。光子目線ではヤクザ顔負けの迫力を持つ切れ者という雰囲気の池上ですが、本人目線となるとこれがなかなか俗物で・・・彼が毒牙にかかる様子とその末路は、なんとも哀れでした。本筋とは無関係ですが、池上の妻って、なんだか言うこともやることも私に似てる気が・・・気を付けようっと(汗)
「初恋さがし」・・・裕福な人妻が<ミツコ調査事務所>に頼んだ依頼。それは、小学校の時の初恋の人を探してほしいというものだった。その依頼になんとなく不審なものを覚えた山之内光子は、ひとまずスタッフに調査を任せるのだが・・・・
ここに来てようやくタイトル通り<初恋の相手を探す>という依頼が出てきます。普通なら甘酸っぱいほのぼの話になりそうな題材ですが、そうは問屋が卸さないのが真梨さん。あまりに残酷な<初恋>の顛末といい、一気にクローズアップしてくる<あの人>のサイコパスぶりといい、インパクトたっぷりでした。でも、よくよく考えてみると今回の被害者は自業自得な面が多々あるし、ある意味、すっきり解決なのかも・・・
「センセイ」・・・一人の女が語る山之内光子との関係、そして彼女の近辺で起きた事件の数々。女はそれを小説にして出版しようとしていた。編集者との打ち合わせの中で明らかになる戦慄の真実とは・・・・・
これのみ書下ろしです。「初恋さがし」まででも一つの物語になっているのですが、やはりこのエピソードがトリを務め、伏線をきっちり回収してこそ抜群のイヤ度が発揮されますね。でも、殺されちゃったあの人はただただ気の毒・・・ところで、ここで登場する<轟書房>ってどこかで見た覚えがあるんですが、真梨さんの他作品に登場していたっけ?
相変わらず登場人物の死亡率は異様に高いですが、それでもさくさくリズミカルに読ませてしまうところはさすが真梨さんです。また、終盤で重要なキーワードとなる<ブラック・ダリア>にも興味が湧きました。ハリウッド映画『ブラック・ダリア』はずいぶん前に見たけど、細部はうろ覚え・・・これを機会にもう一度見てみようかな。
男も女も真っ黒け度★★★★★
相変わらず屍の山・・・度★★★★★
連作短編集でしょうか?
真理幸子さんのドギツイイヤミス作品を想像しましたが、テンポよく読みやすいイヤミスとは興味を惹かれます。
民間の探偵が関係するミステリーは多いですが違ったこれまでとは面白さがありそうです。
連作短編集です。
設定は相変わらずイヤ~な感じですが、勢いがあるせいか、あまりどんより気分を引きずることもありませんでした。
いまいち有能でない探偵の活躍(?)が面白かったです。