夏という季節は不思議です。エネルギッシュで活気に満ちている反面、終わりに近づくとどこか切なく、物悲しい。四季の中でも、過ぎゆくのが寂しいと感じる季節は夏くらいのものではないでしょうか。
こういう季節柄、夏を描いた小説は、ただ明るいだけではない、しんみりした空気を含むものが多い気がします。代表作を挙げると、成長物なら湯本香樹実さんの『夏の庭-The Friend』、ミステリなら道尾秀介さんの『向日葵の咲かない夏』、ファンタジーなら恒川光太郎さんの『夜市』といったところでしょうか。今回ご紹介する小説にも、悩みと苦しみ、そして光が込められた夏が登場します。角田光代さんの『ひそやかな楽園』です。
こんな人におすすめ
親子の在り方をテーマにした小説が読みたい人
あの夏のひと時は一体何だったのだろう---――毎年夏になると家族ぐるみのキャンプを行っていた七人の少年少女。楽園のように楽しかった時間は、なぜかある時突然終わりを告げる。時を経て大人になった彼らは、それぞれキャンプの思い出を懐かしむ一方、疑問に思ってもいた。大人たちが毎年キャンプを行う理由は何だったのか。なぜある年から急に実施されなくなったのか。紆余曲折の末に再会した七人は、自分たちの出生にまつわる秘密に直面し・・・・・
私はこの本を読むまで、角田さんに対し「成人女性の揺れ動く心を丁寧に描く作家さん」というイメージを持っていました。本作でもその手腕は遺憾なく発揮されていますが、印象的だったのは、主要登場人物に男性が加わっていること。この辺りに関する描き方もまた巧みで、謎めいた設定にもかかわらず物語の世界にすんなり入り込むことができました。
波留、樹里、紀子、紗有美、賢人、雄一郎、弾の七人は、毎年夏になると弾の別荘で家族ぐるみのキャンプを行っていました。輝くような夏休みをエンジョイする子どもたち。ところが、なぜかある年から急にキャンプは行われなくなり、七人の繋がりも途絶えます。約二十年後、大人になった七人は、ふとしたきっかけでキャンプについて考え始めます。一見共通点のなさそうな自分たち家族は、なぜ毎年サマーキャンプを行っていたのだろう。それぞれが楽しい時間を過ごしていたのに、なぜ突然キャンプは開催されなくなったのだろう。親は、なぜ互いの連絡先を頑なに教えてくれなかったのだろう。やがて再会した彼らを待っていたのは、七人に共通する出生の秘密でした。
角田さんといえば情景描写の巧さに定評がありますが、本作も安定の素晴らしさ。特に子ども達がサマーキャンプを行う場面は、光が溢れて眩しいほどです。降り注ぐ太陽、青空に浮かんだ白い雲、バーベキューや探検ごっこ、淡い恋心を抱く少年少女の結婚式ごっこ、はしゃぐ子どもたちを満足げに見守る大人たち・・・しかし、その裏にどことなく不穏な暗い影が差しています。この「よく分からないんだけど何だか違和感がある」という空気が臨場感たっぷりなんですよ。なまじ子どもたちがきらきらと楽しそうな分、そのギャップに不気味さを覚えました。
また、成長後の七人がそれぞれままならない人生を歩んでいる姿もリアリティに溢れています。すべてを他人のせいにするネガティブな紗有美や、優しく理解あるように見えて実はモラハラな夫に束縛される紀子に注目が集まりそうですが、個人的に好きなのは雄一郎。フリーターである雄一郎は、家出少女を無償で家に泊める<泊め男>としてネットで有名になっています。生活環境は紗有美とよく似ていながら、彼女のように自分を憐れんだり、うまくいかないことを周囲のせいにしたりはしません。作者である角田さんが「ほぼ同じ状況だけど、紗有美みたいにならない人もいるという風に出した」と語る彼のキャラクターがとても印象的でした。
一応このブログはネタバレ回避の方向でいくつもりなので、キャンプの真相については語りません。一つ言えるのは、本作のテーマは<親子の繋がり>であるということ。親にとって子は、子にとって親は、それぞれ揺るぎない確固たる存在であるはずです。そこに揺るぎが生じたことで、登場人物たちは悩み苦しむことになりますが、最後には希望がありました。家族の在り方が多様化している現代では、同じような悩みを抱える人もきっとたくさんいるでしょう。その人達が作中の七人のように少しずつでも前進していければいいなと切に願います。
母だけでなく父にも苦悩はある度★★★★★
どう生まれたかってそんなに大事?度★☆☆☆☆
角田光代さんは滋賀県出身の作家さんと聞きました。図書館でもよく作品を見かけますが未読のままでした。
夏の終わりのような情緒を感じる作品は好きですのでこの作品から読んでみたいですね。学生の頃からキャンプは大好きで今でも家族と行ってますので興味深いです。
角田さんが滋賀県出身とは知りませんでした。
私の中で、作品ごとの好き・嫌いが大きく分かれる作家さんなんですが、これは好みにピッタリでした。
夏の締めくくりを感じさせる、明るくも切ない雰囲気も良かったです。
大変面白かったです。父親として考えさせられることもありましたが、大根おろしの下りが何より印象的で救われたような気分になりました。
直木賞を獲った「対岸の彼女」や、映画化された「八日目の蝉」と比べると知名度は劣るかもしれませんが、大好きな角田作品です。
決して万事解決しての大団円ではない、しかし光のあるラストに救われました。