ファン。それは、特定の人物や事象の支援者・愛好家を指す言葉です。人気商売である芸能人やクリエイターにとって、ファンの存在は有難いもの。ファンなくして彼らの生業は成り立たないと言っても過言ではないでしょう。
しかし、すべてのファンが善良とは限りません。<ファナスティック(熱狂的な)>を略してできた言葉なだけあり、情熱を募らせるあまり狂気の域に達するファンも存在します。この手のファンが登場する作品と言えば、スティーヴン・キングの『ミザリー』が一番有名ではないでしょうか。あちらは長編ですし、海外小説は敷居が高いと感じる方もいるかもしれませんので、今回はもう少し手を出しやすい作品をご紹介します。折原一さんの『ファンレター』です。
こんな人におすすめ
曲者ファンが登場するブラックユーモア小説が読みたい人
個人情報は一切非公開の覆面作家・西村香。そんな西村のもとには、今日も大勢のファンからのファンレターが届く。サイン本を求める女性、講演会をやってくれと頼む図書館職員、西村の手紙を誤配で受け取ってしまった近隣住民、突如もたらされた密室殺人の解決依頼、自分を主人公にした小説を書くよう強要する<命の恩人>・・・・・あまりに強烈なファンたちに狙われる西村香の運命や如何に!?
ストーカーをはじめとする偏執的な登場人物が出てくる小説の場合、前述した『ミザリー』のようにずっしり重い長編作品が多いです。ですが、本作は一貫して軽妙な雰囲気の連作短編集。すべて手紙やファックスといった書簡形式で進むこともあり、嫌な気分になることなくさくさく読破することができました。
「覆面作家」・・・西村香の大ファンだという女性・ななみからのファンレター。本を送るからサインしてほしいというななみの願いに西村は応じ、何度かやり取りを経て直接会うことにするのだが・・・・・
あまりに厚かましいななみに、読者は間違いなく苛立つでしょう。ていうか、こういう強引なファンって本当にいそうで怖い・・・ですが、ご安心(?)を。曲者ぶりで言うなら西村香も負けていません。オチを知るとななみが気の毒な気もしますが、でもこれ、自業自得だよなぁ。
「講演会の秘密」・・・図書館職員を名乗る人物から届いた一通の手紙。曰く、自分は西村香の大ファンであり、講演会を企画したからぜひ檀上に立ってほしいとのこと。あまりに一方的な依頼であり、当然、西村は断るのだが・・・
第一話に引き続き、人の都合というものをまったく考えないファンが登場します。しかもこのエピソードのファンの場合、とりあえず純粋だった第一話のななみと違って打算的。西村香からしっぺ返しを食らっても文句は言えないでしょうね。トリックの仕掛け方が面白いので、一文字一文字に注意して読んでください。
「ファンレター」・・・西村香のもとに、同じマンションに住む西林薫から手紙が届く。住所と名前が似ていたことで、西村宛てのファンレターが誤配されてきたという。ファンレターの送り主・村中真知絵は、自作の小説を西村に添削してほしいと頼んできて・・・
これは怖かった!!徐々に狂気を募らせていく村中真知絵の手紙がめちゃくちゃスリリングで、冷や汗が浮かんできそうなほどです。本作に限った話ではありませんが、折原さんの書く<非常識すぎて全然話が通じない人>は、恐ろしい上に妙にリアリティあるんですよね。すべてがひっくり返るラストに拍手喝采です。
「傾いた密室」・・・編集者が西村香にファックスを送ってきた。なんでも、ファンの女性から密室殺人の謎を解いてほしいと依頼が来たという。果たして西村は、現実に起きた事件の謎を解明することができるのか。
ここまで<手紙>一辺倒だった本作ですが、ここで初めて<ファックス>が登場します。そこも含め、すべて書簡形式で構成されているという本作の設定が一番活きたエピソードではないでしょうか。キテレツなファンに負けず劣らずいい性格した西村香のキャラクターも面白かったです。
「二重誘拐」・・・ある時、山中で遭難した西村香は、自らの大ファンだという女性に助けられる。見返りとして、自分のために小説を書いてほしいと頼む女性。彼女の行動は段々と常軌を逸してきて・・・
あらすじを読んで気付くかもしれませんが、間違いなく『ミザリー』のパロディでしょう。状況だけ見ると悪夢のようなんですが、西村香も相当に腹黒いからいい勝負と言えるのかな。そのため、『ミザリー』のような不気味さはほとんど感じないので、サイコな雰囲気が苦手な方でも安心して読めると思います。
「その男、凶暴につき」・・・西村香のもとに、とある旅館での旅行記を書いてほしいという依頼がやって来る。気乗りしない西村だが、美人編集者が同行するという条件を聞いて気持ちが変わり・・・・・
美人に弱いという気配は何となく感じていたものの、ちゃっかりすぎるぞ、西村香!と思う方も多いのではないでしょうか。その突っ込み、実は非常に大事なので、ちゃんと覚えておいてください。タイトルから日本の有名バイオレンス映画を連想しましたが、それは無関係だったのが残念と言えば残念です。
「消失」・・・美人編集者という餌に釣られ、原稿執筆依頼を受ける西村香。ところが、編集者が肝心の原稿を紛失してしまう。仕方なく、ホテルにこもって作品を書き上げようとする西村だが・・・・・
この先生、餌がないと仕事しないんでしょうか(笑)それはともかく、<不可解な原稿消失>といえば、折原さんの他作品にも登場するネタです。このエピソードが面白いのは、トリックそのものではなくオチの捻り具合に重点が置かれているところ。皮肉たっぷり、今後の泥沼が予想されそうなラストはイヤミス好きのツボでした。
「授賞式の夜」・・・新しくできた文学賞を授与されることになった西村香。授賞式が開かれるということで、いそいそと会場にやって来る。だが、どうやらこの場は、ただの授賞式会場ではないようで・・・・・
これまた予想の斜め上を行く展開でした。この真相のためにここまでのことをしたんかい!と突っ込みたくなりますが、そこはご愛嬌。相変わらず転んでもただでは起きない西村香の図太さもいい感じです。でも、少なくともあの人が西村を恨むのは、ただの逆恨みだと思うんだけどなぁ・・・
「時の記憶」・・・探偵事務所を訪れた一人の男。なんと、この男は記憶喪失であるという。彼が持つバッグの中には、西村香の原稿が入っていた。この状況から「自分は西村香のようだ」と語る男だが・・・・・
ネット上でも似たような感想が多いようですが、このエピソード、オチ自体は割とあっさり分かります。注目すべきは、この後に続く<エピローグ>とがっつり繋がっている点でしょう。タネが分かったと安心した後で、「ははーん、そうきたか」と読者をにんまりさせる構成はお見事でした。
分かる人はすぐ分かるでしょうが、本作に登場する<西村香>は、以前覆面作家として活動していた北村薫さんのパロディです。なんでも、折原さんと北村さんはとても親しい友人同士とのこと。なるほど、西村香のキャラクターがあんな感じなのは、気の置けない仲だったからなんですね(笑)
作家だって負けてはいません度★★★★★
結局、覆面作家の正体とは・・・☆☆☆☆☆
折原一さんは「グランドマンション」を読みました。
面白かったですが、それ以来読んでいません。
奥さんも有名な作家と聞きましたが、何故か読む気にならないです。
ブラックユーモアに独特の暗い雰囲気は嫌いではないので読んでみようかな~と思います。書簡形式やトリックなど面白そうです。
折原一さんの奥さんは新津きよみさんです。
新津さんとはまた違う、ブラックながら軽妙な作風が持ち味ですよ。
本作の場合、短編集ということもあり、短時間でさらりと読めるところも魅力です。