はいくる

「5分で読める! ひと駅ストーリー 冬の記憶 東口編」 このミステリーがすごい!編集部

暦の上では秋になり、店先に並ぶファッションアイテムも秋を意識したものが増えました。とはいえ、気候はまだまだ夏そのもの。半袖シャツも、帽子も、キンキンに冷えた飲み物も、当分手放せそうにありません。

私はけっこう夏好きな人間ですが、これほど暑いとやはりひんやりした冬が恋しくなります。季節としての冬が遠いなら、せめて小説で冬気分を味わうのも一つの手ではないでしょうか。そんな時はこれ。「このミステリーがすごい!」編集部による『5分で読める! ひと駅ストーリー 冬の記憶 東口編』です。

 

こんな人におすすめ

冬をテーマにしたバラエティ豊かなアンソロジーが読みたい人

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離別を決めた家族が雪を見ながら思うこと、未亡人が語る夫の死の真相、お役御免が決まったトナカイの嘆きと未来、父を想う娘の置手紙が暴いた邪な企み、モラルの低下を嘆く男が踏み出した恐るべき一歩、人造人間に託された切ない願い、亡き恋人を偲ぶ男の戦慄の決断・・・・・時に冷ややか。時にほっこり。冬をテーマに描かれる、満足必至のアンソロジー

 

このシリーズには夏をテーマにしたものもあるのですが、あえて今と真逆の冬を選んでみました。一言で冬といっても、その表現の仕方は十人十色。冷え冷えした冷気が伝わってきそうなサイコサスペンスから、寒いからこそ人の温もりが伝わってくるヒューマンストーリーまで、彩豊かな<冬>を堪能することができます。特に以下の話が好みでした。

 

「雪の轍  佐藤青南」・・・美しい雪の朝。雪だるま作りに夢中になる娘と、朝食の支度に勤しむ妻。平和な光景だが、主人公はすでに二人との離別を決めていた。愛しているからこそ、もう一緒にはいられない。決意する主人公の耳に、玄関のチャイムの音が聞こえ・・・

初っ端からあまりの切なさ悲しさに涙が・・・こういうやるせない話に、雪ってぴったりのキーワードですね。とはいえ、救いはちゃんとあるので、後味悪くはないかな。この家族が、いつかまたみんなで寄り添える日が来るよう願ってやみません。

 

「白い記憶  安生正」・・・かつて、大雪によるアクシデントで、同僚を亡くした過去を持つ小菅。事故からしばらくして、死んだ同僚の妻・礼子から連絡が入る。気持ちに区切りをつけるため、夫の死んだ場所に行くので同行してほしいと請われ、小菅は渋々承諾する。二人きりの車内で、礼子は静かに語り始め・・・

冬という季節が持つ、冷厳とした雰囲気がよく表れた話です。礼子が何らかの決意を秘めているであろうことは、ミステリーに慣れた読者なら予想がつくでしょう。でもまさか、こんなやり方で夫の無念を晴らすとは。ラストの白一色の光景を想像すると、こちらの背筋も寒くなってきそうです。

 

「聖なる夜に赤く灯るは  深沢仁」・・・赤鼻のトナカイは、世話係のリースから衝撃的な話を聞かされる。コスト削減のため、来年のクリスマスからトナカイは全員解雇され、ロボットに切り替わるという。プレゼント配布という生き甲斐を奪われると知り、打ちのめされる赤鼻のトナカイ。おまけに些細な規律違反から、今年のクリスマス配布にも参加できなくなってしまい・・・

動物が辛い目に遭う話は苦手なので、赤鼻のトナカイが生き甲斐を奪われる場面は見たくないなと思っていたら・・・終盤の粋な計らいに拍手喝采!労働を機械に任せることを悪とは言わないけれど、やっぱり情や温かみをなくしてほしくないですよね。来年からの活路も開けそうだし、良かったね、トナカイ!

 

「天からの手紙  上原小夜」・・・幼い娘に語り掛けながら思い出す、淡い恋の記憶。隣りの席の聡くんは物静かで頭が良く、お転婆な恵をさりげなく助けてくれる。意を決し、聡くんに年賀状を出そうと決める恵に対し、聡くんは「難しい手術を受けるため、遠くに引っ越す」と告げ・・・・・

教科書にお手本として乗せたくなるくらい、王道をいくピュア・ラブストーリーでした。序盤の少年少女の交流が本当に可愛らしくほのぼのしている分、ホラーやサスペンス方面に進むんじゃないかとハラハラしたものの、幸せにまとまって一安心です。ティーンエイジャーの恋愛ものとなると、どうしても中学生や高校生主人公が多くなりがちですが、小学生の甘酸っぱさもいいですね。

 

「Happy Xmas  水原秀策」・・・電車内で靴を脱ぐ中年男、スマホでやかましく喋り続ける女子高生、暴れる子どもとそれを放置する親。周囲に蔓延するマナー違反の数々に、<僕>はうんざりしっぱなし。必死に我慢してきたが、ついに限界がやって来て・・・

主人公目線で描写される車内の様子は劣悪の一言。主人公がゲンナリするのは当然だし、こいつら少しくらい痛い目を見ればいいのにと思ってしまいます。まあ、実際は<少し>じゃ済まないくらい痛い目が待っていたわけですが・・・ちらりと仄めかされる、主人公が乗車前にやらかしたことも気になります。

 

「最後の一本  上村佑」・・・タバコ禁止法の施行により、愛煙家達は絶望のどん底に突き落とされた。諦めきれない智文は、非合法の手段で煙草を手に入れる。やがて警察に捕まるも、智文を待っていたのはあまりに意外な展開で・・・・・

筒井康孝さんの短編小説に、同じテーマの作品があります。そちらは映像化もされた有名作品な分、上村佑さんがどう料理するのか気になりましたが、予想以上に皮肉の効いたオチで面白かったです。禁止されたからこそ、隠れてでもやりたい。そういう心理って、確かに誰にでもありますものね。

 

「アーティフィシャル・ロマンス  島津緒繰」・・・人造人間無料レンタルのチラシを見たアキラは、恋人欲しさに利用を決める。やって来た人造人間<サクラ>は健気で可愛らしく、アキラはすっかり虜状態。やがてレンタル終了期間が訪れ、職員がサクラを回収に訪れるが・・・・・

人間と人造人間との種族を超えたラブストーリーかな?それとも主人公の純愛が裏切られるイヤミスかな?とあれこれ考えながら読みましたが、ラストの捻り方は予想外でした。なるほど、序盤から伏線は張ってあったわけですね。実際にこんなビジネスがあったら、利用者はさぞかし多いことでしょう。

 

「雪夜の出来事  森川楓子」・・・幼馴染の良樹が死に、その彼女だった沙織と付き合い始めた敏也。尻軽で軽薄な沙織に、最近嫌気が差してきている。ある寒い雪の夜、沙織は敏也に手料理を振る舞いながら、良樹の死について口にして・・・・・

傲慢で偉そうな男が痛い目に遭う展開は、私の大好物。ただこの話の場合、痛い目に遭わせた側も、決して幸福そうではないのが痛々しいです。全編に漂う張り詰めた空気と、途中で語られる雪女の物語がぴったりマッチしていました。実は本家の雪女も、これが真相だったりして・・・・・

 

「アンゲリカのクリスマスローズ  中山七里」・・・可愛い姪っ子であり、最愛の恋人でもあった女性・アンゲリカ。その墓前で、<わたし>は彼女を襲った不幸に想いを馳せる。アンゲリカは男に凌辱され、自ら命を絶ったのだ。彼女を追い詰めた奴を絶対に許さない。<わたし>はとある復讐計画を実行に移し・・・・・

トリを務めるのは、安心安定の中山七里さん。緊張感漂う語り口といい、驚きと残酷さに満ちた真相といい、収録作品の中でもトップクラスの満足度だと思います。とある分野に詳しい方なら、人名を見てオチに気付きそうですが、たとえ気付いても面白さに変わりはないのではないでしょうか。最終ページに驚愕の一行が書かれているので、うっかりめくってしまわないよう、ご注意ください。

 

全体的にレベルの高いアンソロジーですが、第一話の佐藤青南さん、最終話の中山七里さんの完成度の高さには胸を衝かれること請け合いです。ところで、調べたところ、このシリーズは<冬><夏>はあるけれど、<春><秋>はないんですよね。これはたまたま?大好きなシリーズなので、今後に期待します。

 

一足先に冬気分を味わおう!度★★★★★

通勤通学途中に読むのにお勧めです度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    CMのようなドラマストーリーか短編ドラマのように早く深く心に響く短編集ですね。
    夏もあるようですので両方読んでみたいです。
    佐藤青南さんや中山七里さんも楽しみですが安生正さんが久しぶりで興味深いです。
    アミの会の短編集で「おいしい旅」初めて編、想い出編を借りて来ました。
    残酷依存症の前に殺人依存症を予約したのですがなかなか届かないのでこちらから」読もうと思ってます。

    1. ライオンまる より:

      質の高い短編がずらりと揃っていました。
      「アミの会」、新刊が出ていたんですね。
      見落としていたので、嬉しい驚きです。
      早く近所の図書館に入りますように!

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