はいくる

「プリズム」 貫井徳郎

<ノックスの十戒>というものをご存知でしょうか。イギリスの作家・ノックスが考案した、推理小説を書く上での十個のルールです。半ばジョークとして作られたものらしく、十戒を破った推理小説もたくさん存在しますが、けっこう面白いのでチェックしてみる価値ありますよ。

<探偵は超能力を使って推理してはならない><未知のテクノロジーを犯行に用いてはならない>等々、ほほうと頷かされる文言が並ぶ十戒の中、トップを飾るのは<犯人は物語の中に登場していなければならない>というルールです。上記の通り、十戒を破った推理小説は数多くあれど、これを破った作品は少ないのではないでしょうか(皆無じゃないですが)。ただ、<間違いなく犯人は作中にいるんだけど、結局判明しないままだった>という作品は一定数あります。そんな作品が面白いはずないって?でしたら、これを読んでみたら考えが変わるかもしれません。貫井徳郎さん『プリズム』です。

 

こんな人におすすめ

<藪の中>状態の推理小説が読みたい人

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若く美しい小学校教師が殺害された。明るい性格で、子ども達にも人気だった彼女がなぜ?その死に疑問を持った関係者達は、手持ちの情報から犯人を推理する。被害者が担任をしていたクラスの生徒、被害者の同僚教師、元恋人、現在の不倫相手。語り手が変わるごとに明らかになる新事実。次々と現れる容疑者達。さながらプリズムのごとく変化し続ける事件の真相は果たして・・・・・

 

貫井徳郎さん自身があとがきに書いていますが、本作の真相は約十通りの仮説があり、読者が好きなように解釈して構わないそうです。手がかりはきちんと提示してあるものの、作中で明確な真相は分からず、犯人も逮捕されないまま。語り手それぞれが「きっと犯人は○○で、動機は△△なんだろうな」と思って終わります。こう書くとあやふやで不安定な物語になりそうですが、貫井徳郎さんの文章がものすごく巧いので、どんどん読まされてしまうんですよ。他作品で喩えると、『愚行録』が好きな方ならきっと気に入ると思います。

 

「虚飾の仮面」・・・大好きだった担任のミツコ先生が殺された。小学五年生の<ぼく>こと真司は、クラスメイト達と共に事件の手がかりを集め始める。どうやら事件現場に残っていたチョコレートには、睡眠薬が仕込まれていたらしい。そのチョコレートは、ミツコ先生の同僚である南条先生が贈ったものだそうだが・・・・・

小学生が語り手のエピソードなだけあり、雰囲気は終始ライトで柔和、ジュブナイル小説の子ども探偵団を連想させるものがあります。ただ、そんな子どもの目にも、大人同士の微妙な感情のすれ違いが分かっている、という描写が巧いですね。そうそう、子どもって意外と、大人が隠そうとしているものに気付いているんですよ。

 

「仮面の裏側」・・・同僚だった山浦美津子が不審死を遂げ、動揺する桜井(女性)。調べたところ、事件直前、美津子は学生時代の友人達と飲んでいたという。その中には、美津子がかつて、恋愛絡みでいざこざを起こした相手がいて・・・・・

子ども視点だった第一話と違い、このエピソードの語り手は被害者の同僚教師。当然、雰囲気はぐっと生臭くなり、被害者の男女関係についてもクローズアップされます。生徒には<子どもと同じ目線に立ってくれる人気教師>と思われていた美津子が、同僚の目には<天真爛漫としすぎていてイライラする>と映っていたという辺りがリアルですね。こんな同僚がいたら、私も気疲れしそうだなぁ・・・

 

「裏側の感情」・・・美津子の元交際相手である井筒は、実は事件当日、美津子に誘われて彼女の自宅を訪れ、遺体を見つけていた。学生時代から、さながら女王と下僕のようだった美津子との関係。このままでは、死してなお、自分は美津子に支配され続けるのではないか。歪な関係を断ち切るため、井筒は事件の真相を暴くことにした。

第二話の段階で<大人には疲れる存在だった>とされる美津子ですが、このエピソードではさらに<良くも悪くも子ども同然であり、一緒にいると楽しいが、他人の心の機微にはまるで無頓着>という面が語られます。ただ、こういう人間って得てして強烈な魅力があり、つい振り回されてしまうんですよね。美津子との関係を断ち切り、新たな人生を始めるはずだった井筒ですが・・・・彼の今後が気になります。

 

「感情の虚飾」・・・美津子の不倫相手だった外科医・小宮山の目には、生前の美津子がひどく孤独に見えていた。愛人の死を悼む彼のもとに、美津子の同僚・南条が児童に性的ないたずらをしているという告発状に届く。秘かに調べた結果、被害者は息子・真司の同級生の女の子らしい。だが、さりげなく水を向けても、なぜか真司は学校で起こった諸々の出来事に無関心で・・・・・

第一話の語り手・真司の父親目線で進むエピソードです。美津子が児童の保護者と不倫していたという展開もなかなかショッキングですが、現在進行形で語られる児童虐待事件のあまりの卑劣さにショックを忘れてしまいました。第二話でロクデナシだと描写された南条ですが、ここまで万死に値するレベルの犯罪者だったとは。被害者に寄り添ってくれる大人や友達がいることがせめてもの救いです。

 

『慟哭』『乱反射』等、貫井徳郎さんのタイトル作成センスはかなりのものだと以前から思っていました。それは本作も同様です。語り手が変わるごとに新たな一面が見える被害者を<プリズム>とするのも秀逸ですが、実は各章のタイトルにもちょっとした意図が込められているんですよ。一話一話読み進め、展開をしっかり把握した後、もう一度タイトルを見てみると・・・・・こういう仕掛け、大好きです。

 

このモヤモヤ感が癖になる★★★★☆

真相判明しない推理小説なんて楽しくない度★☆☆☆☆

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コメント

  1. しんくん より:

    「プリズム」という題名を見て百田尚樹さんの作品だと思いました。
    確かに貫井徳郎さんの「プリズム」も図書館で観た記憶があります。
    「愚行録」のような独白形式でしょうか。仕掛けも設定も大変興味深いです。
     図書館で探してみます。

    1. ライオンまる より:

      百田尚樹さんの著作にも「プリズム」がありますよね。
      私も混乱したことがあります。
      各章とも主要キャラの一人称で進むため、同じ物事も人によって見方がまるで変わり、とてもスリリングでした。
      貫井作品の中では知名度がさほど高い方ではないようですが、お気に入りの一冊です。

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