「女の敵は女」「女同士の腹の探り合いってすごく怖い」こういうフレーズを耳にすることってよくあります。同じ女として微妙な気持ちになる反面、一理あると思ってしまうこともまた事実。女性同士の掛け合いって、男女のやり取りでは決して出ない、ある種の緊張感があると思います。
そんな女性の心理戦を心行くまで味わいたい時は、これなんてどうでしょう。「ノスタルジアの魔術師」と称される恩田陸さんの初期の傑作、「木曜組曲」です。
四年前、謎の薬物死を遂げた大物女流作家・重松時子。死後、毎年集まって時子を偲ぶ会を催す四人の女たち。今年も会は和やかに進むが、彼女たちを罪人と告発するメッセージが届いたことで、隠されたそれぞれの思惑が動き出す。時子の死は殺人だったのか。二転三転する事件の様相を描いた心理サスペンス。
舞台となるのは、女流作家が愛した「うぐいす館」という洋館の一カ所のみ。にもかかわらず、会話や場面転換の描き方が巧みなせいか、狭苦しさは一切ありません。それどころか、まるで上質の舞台劇を見ているような気分に浸れます。実際に舞台化もされているそうですが、さぞ面白かっただろうと思える内容でした。
「洋館での推理劇」といえばミステリの王道ですが、現代日本でこれをやると、一歩間違えばやたら不自然な出来になったりするもの。ですが、これはその点も見事にクリアしていると思います。「耽美派女流作家が愛した館」という設定を付け加えることで、洋館のミステリアスな雰囲気が上手く作り出せていました。
場面だけでなく、本作は登場人物も限定されています。出版プロダクションを経営する静子、ノンフィクションライターの絵里子、ミステリー作家の尚美、純文学作家のつかさ、時子の担当編集者だったえい子。五人には、死んだ時子と何らかの形で繋がりがあり、文筆業に関わっているという共通点があります。
彼女たちのキャラクター設定は秀逸の一言。台詞一つ、仕草一つ取ってもそれぞれの個性が滲み出ていて、読みながら場面が目に浮かぶようでした。五人がそれぞれの推理をぶつけ合い、時に協力し、時に反発する様子は迫力たっぷりです。
それにしても、作中に登場する料理の美味しそうなこと!チーズケーキ、ほうれん草のキッシュ、真鯛のカルパッチョ、牡蠣の豆鼓蒸し、ブロッコリーと木綿豆腐のあんかけ、のりと切干大根の胡麻酢サラダ、夜食に食べる細麺のスパゲッティ・・・大げさな形容詞を使っているわけではないのに、ページをめくるうちにお腹が空いてくるから不思議です。この作品を読むときは、何か食べた後の方がいいかもしれませんね。
女性の腹の探り合いって怖い度★★★★☆
ダイエット中に読むなら覚悟して度★★★★☆
こんな人におすすめ
・密室での推理劇に興味がある人
恩田陸さんの「木曜組曲」は、登場人物も舞台も物語全体を通して全く変わらず、期間も命日の前後3日間だけ。しかし、全く飽きさせません。
それどころか、彼女たちがそれぞれに「重松時子殺人事件」に関する自分の考えを繰り広げていく辺りが、実に迫力があり、物語自体も二転三転、最後まで気が抜けません。
しかし、彼女たちの話を通して浮かび上がってくる「時子」という女性の人物像と影響力は、少々弱いような気がします。
生前ならともかく、今は5人の女性のインパクトに完全に負けてしまっているのではないでしょうか。
これで実際に生きて動いていた時の場面が読めれば、また違った印象となったのではないかと思うのですが。
登場人物の女性たちは、純文学作家、サスペンス作家、フリーライター、編集者、出版プロダクション経営者と、全員、書くことに関係する職業。
これは本筋とは直接関係ないのですが、仕事に対する意識や、仕事にまつわるいろいろな話というのは、恩田陸さん自身が感じてらっしゃることなのでしょうね。
そういう点でも、とても興味深い作品でした。
限られた場所、限られた登場人物という特性を最大限生かした、上質な密室サスペンスでした。
今さらながら気づきましたが、恩田陸さんの著作って、文壇関係者が登場する機会が意外と少ないです。
本作では珍しく主要登場人物全員が本に関する職業人ということで、ミステリー部分だけでなく、仕事関係の描写も楽しく読むことができました。
確かに、小説内での時子の存在感は、すでに故人ということもあってやや弱いですよね。
映画版だと、回想シーンの内で、浅丘ルリ子さん演じる存命中の時子がたびたび登場することもあり、強い印象を残してくれます。
時子の死にまつわる解釈も、小説と映画では違いがあるので、見比べてみるのも面白いと思いますよ。