はいくる

「ミハスの落日」 貫井徳郎

私が本を愛する理由は色々ありますが、その一つは<現実にはなかなか味わえない出来事を体験できる>というものです。医者になって病院内の陰謀劇に関わることも、拳銃ぶっ放しながらゾンビ軍団と戦うことも、宇宙飛行士として未知の惑星に降り立つことも、小説の中ならお茶の子さいさい。ここ最近は外国を舞台にした小説を読みまくり、旅行した気分を味わっています。

外国で物語が展開する小説はたくさんありますが、冒険小説寄りの作品が多い気がします。私はどちらかというとミステリーやヒューマンストーリー寄りな小説が好きなので、近藤史恵さんの『エデン』、深木章子さんの『螺旋の底』、村山由佳さんの『翼 cry for the moon』などが印象深かったですね。これらはすべて長編なので、今回はさくさく読める短編集を取り上げたいと思います。貫井徳郎さん『ミハスの落日』です。

 

こんな人におすすめ

異国情緒溢れるミステリーが読みたい人

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大富豪が語る三十年前の悲劇の真相、父へのコンプレックスに悩まされつつ殺人事件を追う刑事、夫が次々に死を遂げる未亡人の真実、か弱い娼婦たちを襲う連続殺人の行方、幸せな生活を送る観光ガイドが受けた一つの依頼・・・・・スペイン、スウェーデン、アメリカ、インドネシア、エジプト。様々な国で繰り広げられる罪と罰の行方を描いたミステリー短編集

 

以前、別作品の記事で、<日本人作家が「外国を舞台・外国人が主人公」という設定で作品を書くとどうも違和感を覚えることが多い>と書きました。もちろん、違和感なく面白い作品もたくさんありますが、本作もその一つ。著者である貫井さん自身が現地を旅し、綿密な取材を行った上で書かれる描写は臨場感たっぷりです。あまり小説でお目にかかったことのないスウェーデンやエジプトが舞台の話もあり、エキゾチックな気分に首まで浸かれました。

 

「ミハスの落日」・・・老いた大富豪は、若き日の秘密について語り始める。幼い頃、彼は幼馴染の少女とともにパコという男と親しくしていた。ある日、パコは密室内で不審な死を遂げるのだが、そこには恐るべき真実が隠されていた。

第一話のテーマは<密室>。ミステリーではおなじみのテーマなので新鮮さを感じさせるのは難しいのですが、このエピソードの場合、<視点の反転>という要素を付け加えることで目新しさを出しています。ある人にとっての真実が、別の人にとっても真実とは限らない・・・しかもこれは何十年も前の事件であり、真実が明らかになっても今更どうしようもないというところが切なさと悲壮感を醸し出しています。

 

「ストックホルムの埋み火」・・・美女に一方的な愛情を抱くストーカー。気持ちを踏みにじられたと感じた彼は、ついに凶行に及んでしまう。事件発生の報を受け、一人の刑事が犯人逮捕のため奔走するのだが・・・・

これ、私は大好きな話なものの、たぶん賛否が分かれると思います。殺人事件の謎自体はごくシンプルなものなんですが、ポイントとなるのはラスト一行。ここで明らかになる真実は、とあるミステリー小説の登場人物について知らないと意味が分からないんです。ホームズやポワロに比べると知名度の劣る登場人物なので、「??」となった読者も多いのではないでしょうか。とはいえ、偉大な父親のプレッシャーと戦う刑事の葛藤は読みごたえありました。

 

「サンフランシスコの深い闇」・・・とある保険会社に届いた加入者の訃報。不運な事故死と思われたが、実は加入者の妻はこれで夫を亡くすのは三度目であり、そのたびに保険金を受け取っていたことが分かる。保険会社の調査員である主人公は調査に乗り出すが・・・

『光と影の誘惑』収録作品である「二十四羽の目撃者」に出てきた苦労性の保険調査員&超美形かつ超不潔な刑事のコンビが再登場します。この二人のキャラ設定や一人称の語り口はコミカルなんですが、事件の真相はかなりやり切れないもの。根本的な問題が何一つ解決していないという意味で、イヤミス度合は作中随一かもしれません。主人公コンビはかなり好きなので、今後、別の作品にも出てほしいです。

 

「ジャカルタの黎明」・・・主人公のディタは、暮らしのために体を売る娼婦。最近連続して起こる娼婦殺人事件で仲間が次々殺されていくことに心を痛めている。そんなある日、ディタのもとに夫が死んだという知らせが届き・・・・・

これまでの三話は比較的しっかりした社会的立場を持つ人間が主人公でしたが、このエピソードの主人公は貧しい娼婦。彼女の目線で語られるインドネシアの情勢や娼婦たちの暮らしぶり、連続娼婦殺人事件の顛末があまりに悲惨で・・・ディタが、無邪気に「日本はアジアで一番成功した夢の国」と信じ切っているところがまた哀れでした。ジャカルタの風景が美しい分、物語の救いのなさが際立ちます。

 

「カイロの残照」・・・マフムートはカイロで働く観光ガイド。美しい妻と可愛い子どもたちと共に幸福な生活を送る彼は、ある日、アメリカ人女性のガイドを引き受ける。女性は行方不明の夫を捜索中だと言うが、彼女のガイドを引き受けて以降、マフムートの身辺に不穏な影が漂い始め・・・・・

序盤、主人公の幸せオーラが半端なかった分、「これは絶対何か落とし穴があるんだろうな」と思いましたが、まさかそういうことだとはね。女の執念、岩をも徹す。因果応報は必ずあるということなんでしょうか。恥ずかしながら私はエジプトと言えばピラミッドくらいしか思い浮かばない人間なので、文化の描写が興味深かったです。

 

トリックそのものというより、犯罪の裏にある人間の愚かさや業の深さを描いた作品です。本格ミステリーのような驚きには欠けるかもしれませんが、丁寧な心理描写には一読の価値がありますよ。異国の空気を味わいたい時にオススメです。

 

どの作品の余韻も重く、哀しい・・・度★★★★☆

あとがきも必ず読んでね度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    「愚行録」から何冊か読みましたが最近貫井さんは読んでいませんでした。
     書店で何度か見ましたが、大変興味を持ちました。
     最近、ホームズを読み始めましたが、日本人が描いた海外作品も面白いですね。
     
     深緑野分さんの作品も素晴らしかったですが、世界中を舞台にしたミステリーの短編集のようで面白そうです。
     早速図書館で探してきます。

    1. ライオンまる より:

      貫井さんは長編も面白いけれど、どちらかというと短編の方がキレが感じられて好きです。
      国ごとの情景描写がすごく丁寧で、謎解き部分そっちのけで楽しんでしまいました。
      耽美感溢れる深緑さんとはまた違う、良質な海外ミステリーですよ。

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