はいくる

「ランチタイム・ブルー」 永井するみ

一説によると、日本人のような農耕民族は、家に対する愛着が強いそうです。一カ所に定住し、畑を作って暮らしてきた記憶が遺伝子に刻み込まれていて、<立派な家を持つ>ということに大きな価値を見出すのだとか。もちろん、「雨風がしのげればOK」という価値観の人もたくさんいるでしょうが、そういう人にしたって、住み心地が良いのと悪いのとでは、前者を選ぶに決まっています。

しかし、家というものは、不満が出たからといってタオルを買い替えるように簡単に変えることはできません。賃貸ならまだしも、一度買った家を手放して新たな家に引っ越すとなると、金銭的にも精神的にも体力的にも大きな負担となります。その場合の最も効果的な手段。それは、家のメンテナンスを行い、不満がある箇所には手を加えて、できるだけ快適に住めるようにすることです。そこで出番となるのが、住まい作りのプロであるインテリアコーディネーターです。今回は、そんなインテリアコーディネーターが登場するミステリーを取り上げたいと思います。永井するみさん『ランチタイム・ブルー』です。

 

こんな人におすすめ

・日常の謎がテーマのミステリーが読みたい人

・インテリアコーディネーターの仕事に興味がある人

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社内で起きた謎の薬物混入事件、死んだ友人の部屋から消えたもの、リフォームを考える主婦の真意、不気味な行動を繰り返すストーカーの正体、二世帯住宅建築から見えた母の思い、避暑地で起きたちょっぴり切ないすれ違い・・・・・新米インテリアコーディネーターの目を通して描かれる、爽やかなお仕事ミステリー

 

インテリアコーディネーターと言えば、人気・認知度共に高い仕事だと思いますが、インテリアコーディネーターを主役にした小説はあまり読んだことがありませんでした。強いて言うなら新津きよみさんの『女友達』『同窓生』くらいですが、この二冊はホラー小説であり、インテリアコーディネーターという仕事がメインテーマではありません。その点、本作は一人前のインテリアコーディネーターを目指す女性の奮闘がしっかり描かれていて、ミステリーとしてだけでなくお仕事小説としても面白かったです。

 

「ランチタイム・ブルー」・・・インテリアコーディネーターとして転職したにも関わらず、大した仕事は任せられず、うんざり気味のヒロイン・知鶴。雑用が発生しやすいランチタイムは特に憂鬱だ。ある日、部長から昼食用の宅配弁当を急きょ頼まれるが、生憎、発注分はすべてはけてしまって残りはなし。咄嗟に、冷蔵庫に残っていた前日分の弁当を渡すものの、食後、部長が体調不良で救急搬送されてしまい・・・・

知鶴の、退屈なルーチンワークばかりやらされる不満、ちょっとした手抜きが大事になったのではと焦る気持ちがひしひし伝わってきました。無精をした知鶴も良くないけれど、真相が分かってしまえば、被害者も軽率が過ぎるよなぁ。女性がキャリアを積むことについて考えさせられるエピソードです。

 

「カラフル」・・・知鶴は元同僚の美和から、彼女の部屋のコーディネートを頼まれる。その数日後に飛び込んできた、美和の訃報。なんと美和は何者かに殺害された可能性が高いという。警察に呼ばれ、美和の部屋を訪れた知鶴は、室内から雑誌が一冊消えていることに気付き・・・・

殺人事件が起きるということもあり、収録作品中一番ミステリー色が濃いように感じました。新しい部屋を作ろうとあれこれ思いを巡らせていた美和。彼女の末路を思うと、冒頭、知鶴とインテリアについてお喋りする場面が悲しいです。知鶴が不審な点を見逃さず、美和の無念を晴らしてくれたことが救いですね。

 

「ハーネス」・・・上司の代理で依頼主の家を訪れた知鶴は、その家の主婦・滝子から相談を受ける。滝子は夫婦の寝室を二つに分けたいそうだ。さらに滝子の行動の端々から、夫婦仲が悪いのではないかと勘繰る知鶴。家庭の内情を覗き見したようで複雑な気分になるのだが・・・・・

前の二話とは打って変わって、これはほのぼのしたハッピーエンド!でも実際、住環境に関わる仕事は、その家庭のプライベートに触れる機会も多いのでしょう。知るべきでない内幕を知ってしまったようで、なんとなく居心地の悪い知鶴の心理描写がリアルです。子どもと動物が関わる話ということもあり、大団円で一安心でした。

 

「フィトンチッド」・・・不審ないたずら電話に下着泥棒。周囲で不気味な出来事が相次ぎ、知鶴は不安で仕方がない。一体誰の仕業なのか。どうやら犯人は自分の身近にいるらしいと気づいた知鶴は、必死で推理を巡らせて・・・・・

今回は知鶴のプライベートがメインの話です。ストーカーという、最悪、命の危機すらある犯罪者が出てきますが、あまり長引かせずすっきり解決できて良かった!でも私が一番衝撃を受けたのは、本筋とは無関係ですが、インナー置き場に袋入り石鹸を入れている知鶴の女子力の高さだったりします。

 

「ビルト・イン」・・・知鶴は上司の広瀬と共に、二世帯住宅の建築を行うことになる。広瀬が親世帯、知鶴が子世帯の担当だが、子世帯の主婦・真美は姑の内装プランが気になるらしく、なかなか話が進まない。ついボーイフレンドの森に愚痴ったところ、思わぬ事態に発展し・・・・・

義実家問題では何かと騒動の種になりがちな二世帯住宅。これもピリピリした嫁姑戦争の話になる・・・かと思いきや、意外なくらいしんみりしたエピソードでした。前半ではきついイメージのあった真美も、性悪な人というわけではなさそうだし、これからいい関係を築いていけるといいですね。

 

「ムービング」・・・希望通りの新居を見つけ、一安心の知鶴。森と共に部屋を見に行った知鶴は、偶然、前住民の綿貫晶子と出くわす。その後、森の様子がおかしくなった。会社に綿貫らしき女性から電話が入る上、知鶴からの誘いも断ったのだ。綿貫の勤務先が、強引な商法で知られるギャラリーだと知った知鶴は、森のことが心配になるのだが・・・

恋人というほど熱烈な仲ではなく、あれこれ口出しするのは筋違いだと分かりつつも、森のことが気になって仕方ない知鶴の様子が微笑ましいです。でも実際、恋人商法という詐欺は存在するわけだし、心配する気持ちも分かるんですよね。終盤、森が語る自分のイメージ評がウケました。

 

「ウィークエンド・ハウス」・・・上司の広瀬に招かれ、知鶴は森と共に蓼科を訪れる。そこには広瀬の母の住居があり、広瀬もウィークエンド・ハウスとして利用するのだという。楽しいひと時を過ごす中、物置から梅酒の瓶が消えた。広瀬は、母の音楽仲間である三島がこっそり持ち出したのではないかと疑っていて・・・・

親には永遠に親でいてほしい。その望みを我儘と断じるのは簡単ですが、いざ当事者になってみたら、簡単に割り切れるものではないのでしょう。昨今の毒親問題とは違い、互いに真っ当に思い合っているのに噛み合わない親子の姿が印象的でした。とはいえ、誤解は解けそうだし、今後の恋の行方がかなり気になります。

 

「ビスケット」・・・福岡転勤が決まった森から求婚され、悩む知鶴。そんな中、バリアフリーへのリフォームを検討中の依頼者宅で、主人が救急搬送されるというアクシデントが起こる。幸い迅速な処置のおかげで事なきを得たものの、今後は夫人の方が自殺未遂を図ってしまい・・・・

最初、横柄な夫に振り回されて気の毒な奥さん・・・と思いましたが、最後まで読んでみると、そんな単純な話ではありませんでした。ここまでのことにはならなくても、こういうすれ違いってままあるのではないでしょうか。最悪の事態は避けられたのだから、彼らには健やかな老後を送ってほしいです。そして、仕事と恋の間で揺れ動く知鶴の決断。本作が刊行されたのが一九九九年ということを考えると、かなり先進的な選択なのでしょうが、森とならうまくいく気がします。二人に幸あれ!

 

知鶴が勘で行動する場面も結構多く、バリバリのミステリーというわけではありませんが、その分、暗くならずにさっくり読むことができると思います。何より、ブルーになっていた第一話と最終話を比べると、知鶴の成長がはっきり分かるところが好感度大!彼女ならきっと、これから社会人としても女性としても前進していけることでしょう。

 

仕事を頑張っている・頑張りたい人に読んでほしい度★★★★★

インテリアの知識も増えますよ★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

     建築士やデザイナー、リフォーム業者のお仕事小説はありましたが確かにインテリアコーディネーターが主役となった作品は読んで無かったと思います。永井するみさんの作品を久しぶりに読みたくなりました。先日「死刑にいたる病」届いたと思ったら「チェインドッグ」の改題でした。同じように「少女葬」が「Feed」の改題とは知らず借りてしまって読まずに返してしまったのは二回目です。

    1. ライオンまる より:

      永井するみさんの作品は定期的に読み返したくなる魅力がありますよね!
      イヤミス寄りの作品も多いけど、これは後味爽やかで気持ち良く読了できました。

      できれば改題する際は、小さくてもいいからタイトル横にでもちょこっとその旨を書き記してほしいです・・・
      新刊情報で「少女葬」を見つけた時はものすごく楽しみにしていたんですが、「Feed」の改題と気づいて膝から崩れ落ちました。

  2. しんくん より:

    面白かったです。書庫にあったのを出して貰いました。
     家に対する愛着というかこだわりを強く感じました。
     基本的に住むところにこだわりはないつもりでした。
     建売で購入したこの一戸建てにも住み慣れてきて実家に帰ると何故か不便に感じます。
     永井するみさんのように犯罪紛いというより完全な犯罪行為を日常の謎に当てはめたストーリーはさすがだと感じました。
     ただ広瀬課長がお茶に農薬を混ぜたところは少しゾクッとしました。

    1. ライオンまる より:

      他の著作を読んでも思いますが、永井するみさんは社会が大騒ぎするような大事件よりも、身近でひっそり起こっていそうな事件をテーマにした方がしっくりくる気がします。
      第一話の広瀬は「ひええっ」という感じでしたが、前を向けたようで一安心。
      個人的には、同じお仕事小説でも、「悪いことはしていない」の穂波よりも、本作の知鶴の方が好きだったりします。

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