はいくる

「ホテル・メランコリア」 篠田真由美

人がホテルに求めるものは一体何でしょう。楽しい旅のひと時を過ごすため、静かな空間でリフレッシュするため、落ち着いて仕事をするため・・・追手の目から隠れるため、などという理由もあるかもしれません。旅館と比べると、ホテルは従業員が客室内に出入りする機会が少なく、個人の空間が保たれるというのが特徴です。

静寂と賑わい、二つの要素が同時に並び立つホテルが、物語の舞台にならないはずありません。有名なのは、第一四九回直木賞を受賞した桜木柴乃さんの『ホテル・ローヤル』、木村拓哉さん主演で映画化された東野圭吾さんの『マスカレード・ホテル』辺りでしょうか。このブログでも取り上げた柴田よしきさんの『淑女の休日』、柚木麻子さんの『私にふさわしいホテル』も、ホテルに関わる人たちの悲喜こもごもを描いていました。でも、今回取り上げる作品に出てくるホテルは一味違いますよ。篠田真由美さん『ホテル・メランコリア』です。

 

こんな人におすすめ

幻想的なホラーミステリー短編集が読みたい人

スポンサーリンク

そのホテルは誰のことも受け入れてくれる。帰り道を見つけられるかは貴方次第---――かつて横浜に存在し、今は廃れてしまったクラシカルなホテル。昔そのホテルをこよなく愛していた老婦人は人を雇い、ホテルにまつわる様々な出来事を調べ始める。時代の波に翻弄された貴人の謎、頑健な女丈夫と悪辣な美少年が陥る愛憎の罠、不思議な人形が語る持ち主の運命、最愛の母を失った息子の述懐、ホテルで腕を振るう不老不死の料理人・・・・・これは夢か、現実か。妖しく美しい八つの連作短編小説集

 

うーん、なんて耽美!篠田真由美さんは『建築探偵桜井京介の事件簿シリーズ』をはじめ、ロジカルでしっかりした構成のミステリーをたくさん執筆されていますが、本作の雰囲気はどこまでも幻想的で耽美的です。丁寧に丁寧に綴られるホテルの描写も素晴らしく、けっこう悲惨な出来事が起こっているにも関わらず、ここに行ってみたいと思わされました。

 

「赤い靴を履いて」・・・戦争で家族を亡くし、異国で波乱の人生を送った老婦人。年老いて帰国した彼女は、かつて幸せな時間を過ごしたホテルのことを思い出す。ホテル自体はとっくの廃業していて行くことも叶わず、まるで夢だったような気さえする。あの幸福な記憶は夢などではないという確信がほしい。老婦人はライターを雇ってホテルのことを調べ始め・・・

まず第一話、狂言回しである<私>がホテルについて調査し始めた経緯が語られます。ここで老婦人の語るホテルの思い出がものすごく素敵なんですよ。優雅なインテリア、美味しそうなご馳走、出入りする洗練された客達。その一方、ホテルの片隅の安い部屋に長期滞在する、脛に傷を持っていそうな大人達。華やかさと猥雑さが渾然一体となった感じがよく表れていました。赤くカラメリゼされた林檎をパイ生地に乗せ、さらにバニラアイスをたっぷりかけた特製ケーキ<白雪姫>・・・食べてみたい!!

 

「憂鬱という名のホテル」・・・かつてホテルで働いていた従業員が語る、忘れられない客の思い出話。アジアの某国の王族らしいその客、通称<殿下>は、故郷の政変から逃れて渡日し、ホテルに隠れ住んでいたという。帰国のチャンスが何度も潰れ、次第にやつれていく姿に、従業員も胸を痛める。<殿下>は、変わった細工の施された翡翠を所有していたのだが・・・

故郷からも家族からも引き離され、日本のホテルの片隅で病んでいく<殿下>の様子が切ないです。この人が具体的に悪いことをしたわけではなく、まずい時代にまずい立場に生まれたからこういうことになったんだろうな・・・と推察できるところがより哀れ。ルビーやサファイアと比べると、鮮烈さという点で劣る翡翠という宝石が、物語の儚さを際立たせていました。最後、<殿下>が帰郷できたことを願います。

 

「黄昏に捧ぐ」・・・ホテルができて数年が経った頃、最下層の部屋に長期滞在する二人組がいた。醜女ながら腕も気風も良い女流カメラマンと、彼女が保護者役を務める、天使の美貌に悪魔の心を持つ美少年。カメラマンがどれほど親身に面倒を見ても、少年はどんどん道を踏み外していく。なぜかその少年は、赤い色を病的に嫌っていて・・・・・

作中の台詞にはありますが、この話、女流カメラマンが少年に抱いたのが単純な恋愛感情なら、ここまでの悲劇にはならなかったんでしょうね。親の代から続く、愛憎が絡み合った複雑な感情だったからこそ、こういう結末を迎えたんでしょう。繰り返し描写される柘榴の赤、夕陽の赤、血の赤がぴったりなエピソードでした。

 

「影に微笑むカッサンドラ」・・・女流詩人として一世を風靡し、晩年はホテルの一室でひっそりと暮らしていた老女。老女をよく知っていたという清掃係曰く、彼女には妙な癖があったという。何でも、暗い部屋に入る時、自分ではどうしても電灯のスイッチを入れられないそうで・・・・・

前の二話と比べ、出てくる謎自体はやたら生臭く現実的。ここだけなら本作の中で浮きそうなところ、冒頭と終盤の語りで幻想的なムードが高まっています。カッサンドラ同様、この老女には本当に、誰からも決して信用してもらえない予知能力があったのでしょうか。そんな能力、持っていたらさぞ苦しいだろうなぁ・・・

 

「ビロードの睡り、紫の夢」・・・ホテルのバーテンダーが所有していた、精巧な造りのフランス人形。人形は通行人に向け、過去、バーテンダーの身に起きた出来事を語る。バーテンダーとなる前、船乗りだった男には美しい妻がいたが、航海中に急死してしまう。悲嘆にくれる男だが、なんと夜になると埋葬したはずの妻が戻って来て・・・

どこか現実離れした雰囲気が漂う本作ですが、中でもこのエピソードのホラー度合は飛び抜けています。何しろ、語り手は店に飾られているフランス人形。話の中身は、死んだはずの妻が夜になると帰ってくるというものなわけですから。一応、終盤で現実的な解釈はなされるものの、悪夢に迷い込んだような不気味さは終始一貫しています。フランス人形にしろ日本人形にしろ、人の形をした物ってどうしてこうホラー作品と合うんでしょうか。

 

「百合、ゆらり」・・・大企業のトップを退き、今は悠々自適の毎日を送る老人。彼の母は昔、ホテルの特別室に長期滞在していたが、浴室で不審死を遂げたという。その日以来、百合の花が嫌いだと語る老人だが、なぜか彼は自宅を取り囲むように大量の百合の花を植えていて・・・・・

恐ろしい出来事と似合う花、というと、薔薇や曼殊沙華が挙がることが多いですが、このエピソードで小道具となるのは百合。清楚なようで主張が強く、花粉がなかなか取れない百合の性質と、哀しくもどこか淫靡な事件がうまくマッチングしていました。最後の最後、老人の家を訪れた人影は、一体誰だったんでしょう・・・?

 

「あなたのためのスペシャリテ」・・・ホテルの厨房に長く勤め、今は小さなレストランを営む料理人。押し出しのいい中年男に見える彼は、なんと不老不死で、ローマ帝国の時代から生きているという。ある時、彼は数十年前に自分を騙した詐欺師と再会する。すっかり年老いた詐欺師は、容姿が変わらない料理人に気付いていない。この機会を逃さず、料理人は復讐を目論むが・・・・・

料理人が不老不死という部分が謎でも何でもなく、普通にさらりと語られているところが凄いです(笑)不死者が出てくる小説の場合、一人生き続ける悲哀が全面に押し出されるパターンが多いですが、このエピソードの料理人は不老不死を利用して料理修行を積んだり復讐計画を練ったりと、意外に前向き(?)に過ごしています。なので悲壮な感じは皆無。語りの合間合間に描写される料理がものすごく美味しそうなので、空腹時には読まない方がいいかもしれません。

 

「時過ぎゆくとも」・・・ホテルについて調べたライターは、ある日、依頼主である老婦人からパーティーに招かれる。訪れた先には、なんと火災で焼失したはずの、あのホテルがあった。そこでライターが直面する、自らの過去の罪とは。

これまで狂言回し兼探偵役だった<私>の思わぬ過去と、ホテルが廃業になった理由が明かされます。そして、老婦人が今になってホテルのことを調べ始めた本当の理由。そりゃ、こんなことがあれば、忘れられるはずないのも道理です。「私たちはたやすく罪人になれる」という台詞が印象的でした。

 

篠田真由美さん独特の、好きな人にとっては流麗、苦手な人にとっては回りくどい筆致がこれでもかとばかりに炸裂しています。合わないと読破するのがしんどいかもしれませんが、ビビッとくれば私のように、繰り返し読み返すほどお気に入りの一冊になるのではないでしょうか。所々に出てくるホテル内の写真もものすごく綺麗で、写真集を作ってもいいのではないかと思うほどでした。

 

どの謎も、真相をどう捉えるかは読者次第・・・度★★★★☆

これも一つのハッピーエンド?度★★★★★

スポンサーリンク

コメント

  1. しんくん より:

    「ホテル」と言えば真っ先に高嶋政伸主演のドラマを思い出します。
    東野圭吾さんの「マスカレード・ホテル」柚月麻子さんの「私に相応しいホテル」も面白かったですね。柴田よしきさんの作品も読みたくなりました。
    「ホテル・ローヤル」は挫折しました。
     篠田真由美さんは味読です。
     ホテルを舞台にした作品は好きですのでさらに幻想的なホラーミステリーというのは大変に惹かれます。
     ホテルに泊まっていてひと眠りしたらタイムスリップして過去の偉人・有名人に会えた・楽しい時を過ごした~というストーリーもありましたが短編集でそれだけで終わり怖いラストがありました。
     これは是非とも読みたいです。
     最近、中山七里さんの最新作「ラスプーチンの庭」読みました。
     犬養刑事シリーズ6作目~面白かったです。
     ホーンテッド・キャンパスもそろそろ新刊が出るでしょうか?
     八神とこよみもそろそろ社会人になるのか?と思って読んでます。

    1. ライオンまる より:

      独特の文章を書かれる作家さんですが、私は大好きなので、しんくんさんの好みに合うと嬉しいです。
      「ラスプーチンの庭」は書店で見かけました。早く図書館に入らないかな♪
      「ホーンテッド~」の新刊も早く出てほしいですね。
      やっぱり八神の卒業でシリーズ完結になるのかしら・・・
      読みたい反面、ちょっと寂しいです。

ライオンまる へ返信する コメントをキャンセル

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください