はいくる

「複製症候群」 西澤保彦

クローンという言葉が最初に考案されたのは、一九〇〇年代初頭のことだそうです。意味は、分子・DNA・細胞・生体などのコピー。園芸技法の一つである<挿し木>はクローンの一種ですし、動物でもマウス、犬、羊、猿などでクローンが作成されています。人間のクローンは今のところ作られていないとされていますが・・・実際はどうなんでしょうか?

現実に動物のクローンを作る場合、誕生するのは<オリジナルとまったく同じ遺伝情報を持つ赤ん坊>ですが、SF作品ではしばしば、オリジナルと年齢も容姿もそっくりそのまま同じなクローンが登場します。ただ、見た目は瓜二つでも記憶まではコピーできないとか、ものすごく残虐な性質を持つとか、何らかの形でオリジナルとの差異が生じるケースが多い気がしますね。では、この作品に登場するクローンはどうでしょう。西澤保彦さん『複製症候群』です。

 

こんな人におすすめ

クローンが登場するクローズドサークル・ミステリーが読みたい人

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ある日突然、世界各国に複数出現した巨大な光の筒、通称<ストロー>内に、友人や教師達と閉じ込められた高校生・貴樹。この<ストロー>は、触れたものの肉体・精神共にそっくり同じなコピーを作り出すという摩訶不思議な物体だった。<ストロー>から出ようとするたび無限に自分のコピーが出現するという状況に恐れ戦き、その場に監禁状態となる貴樹達。その上、内部で死体が発見されてしまう。状況からして、犯人が<ストロー>内部に閉じ込められた人間なのはほぼ間違いなし。一体誰が、何のために?犯人は、果たしてオリジナルなのか、クローンなのか。混乱する貴樹達だが、やがて二人目の犠牲者が・・・・・クローン人間の是非を問う、驚愕必至のSFミステリー

 

愛を込めて<アチャラカ・パズラー>と呼ばれる西澤保彦さんが、今回テーマに選んだのはクローン人間。クローン人間をテーマにした作品の場合、大抵は<人間のクローン作製技術が確立された未来世界>とか<天才的な頭脳を持つ何某かの陰謀>とかいう設定がなされるものですが、本作はきっぱりはっきり<宇宙から飛来した謎の物体によりクローンができる。原理は一切不明>としているところが潔いですね。『人格転移の殺人』をはじめとする、SF西澤節がこれでもかと炸裂しています。

 

主人公は、優秀な兄にコンプレックスを持つ高校生・貴樹。ある日、友人数名と一緒に担任教師宅を訪れた貴樹ですが、その場に突如、光り輝く巨大な壁が出現します。実はこの壁は世界各国にいくつも出現しており、遠くから見ると円筒形でまるでストローのよう。筒内に閉じ込められた生き物が壁を通り抜けることは簡単なのですが、そのために壁に触れると、一度の接触につき一体、肉体的にも精神的にも瓜二つなコピーが誕生してしまいます。これでは世界中で大勢のコピー人間が生まれ、大パニックになるのは必至。政府は「絶対に壁には触れるな。触れた場合、重い刑事罰を科す。また、すでに誕生してしまったコピー人間はいずれ政府で処分する」と発表します。これを知った(家電は動くため、<ストロー>内の家でテレビが視聴可能)貴樹達は、脱出することもできず、騒動終結まで<ストロー>内に留まる羽目に。その最中に見つかった、女性の死体。やがて第二、第三と悲劇が続き、貴樹達の精神も限界に達します。極限状態の中、彼らは果たして犯人を見つけ、無事に脱出することができるのでしょうか。

 

古今東西、<脱出不可能な状況で連続殺人が起き、登場人物達が大騒動する>というミステリーは数多くあれど、こんな形で騒ぎになる作品は稀ではないでしょうか。<ストロー>を突っ切って脱出することは可能なれど、そうすると自らのクローンが誕生し、露見すれば重罪犯として処罰されるという危機的状況。その中での連続殺人となると、犯人はオリジナルなのか、クローンなのか。仮に犯行を犯したクローンが白ばっくれているとしたら、記憶も指紋もDNAも完全一致するオリジナルとどう見分ければいいのか。大混乱必至の修羅場ですが、相変わらず世界観・ルールがしっかりしているので、最後には論理的に解決できる構成になっています。

 

ただ、本作は同じSFミステリーの『七回死んだ男』『人格転移の殺人』等と比べると、謎解き要素はやや薄目。代わりにクローズアップされているのは、ずばり<クローン人間の人権について>です。現実世界においても、人間のクローンを作ることは容認されていません。オリジナルとDNAレベルで同一のクローンは、肉体的には紛れもなく人間。ですが、だからといってクローンに次々人権を認めていては、人口は瞬く間に爆発するでしょうし、極悪人がテロ組織創設のためクローン軍団を作る危険性だってあります。だから、本作作中において各国政府がクローン作製に厳しい態度で臨むのも、決して大げさというわけではありません。

 

では、当のクローン側の主観ではどうでしょう。百歩譲って、前書きに書いた通り、肉体的には同一でも精神がない人形状態とか、殺戮を好む異常性の持ち主とかならまだしも、本作に出てくるクローン達は精神に至るまでオリジナルの完全コピーです。今までの人生を生きてきた記憶・意識がちゃんとあるのに、便宜上<一号><二号>などと呼ばれ、「オリジナルの人権が優先。あなたは存在しちゃいけないので、いずれ間引きします」という現実を突きつけられる。その衝撃、絶望はどれほどのものでしょうか。また、オリジナル側も段々と感覚が麻痺してしまい、仲間が瀕死の状態になっても「こっちはもうすぐ死にそうだけど、<ストロー>に接触させればクローンができるんだからいいんじゃない?」という思考回路に陥ります。これってつまり、人一人の存在意義が失われるということですよね。それが皮肉で怖くて・・・この辺りの描写はすごく緻密かつ丁寧なので、私の感想程度では伝わり切れないでしょうが、とりあえず、もう二度と安易に「クローンって便利だよね♪」などと言えなくなることは確かです。

 

相変わらずどかどか人死にが出ますが、きちんと救いが用意されているので、読後感は結構良いです。男子高校生の一人称で進む関係上、大惨事が起きているにも関わらず、語り口が良い意味で軽いからかもしれませんね。ただ、巻き込まれた登場人物達は間違いなく一生もののトラウマを追ったと思うので、ぜひ細やかなケアをお願いしたいです。

 

SF+ミステリー+パニックアクションのハイブリッド度★★★★★

わんこがめっちゃ可愛い!!度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    人格転移の殺人のように昔のSFミステリーですがそれほど時代遅れを感じることも無さそうで読んでみたいです。
     クローンというよりパーマンのコピーロボットのような存在があればいいと思いますが、そうそう都合の良いものばかりでなくクローン以上に厄介な問題が起きそうです。
     中山七里さんの新作 「鑑定人 氏家京太郎」面白かったです。
     若竹七海さんの「殺人鬼がもう一人」に登場した砂井三琴を思い出す中山キャラクターが久しぶりに登場しました。
     娘が学級閉鎖で休みになり会社から金曜日まで休むように言われました。
     仕事が溜まって休み明けが大変そうです。

    1. ライオンまる より:

      「人格転移の殺人」がお気に召したなら、この時期の著作が一番好みに合うと思います。
      最近は、セクシャリティをテーマにした作品が多く、雰囲気がかなり違うんですよ。
      「鑑定人~」は本屋で見て以来、図書館入庫を待ちわびてます!
      娘の幼稚園も閉鎖になりました・・・
      今後どうなるか不安ですが、粛々とやるべきことをやるしかないですね

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