あの時、違う選択肢を選んでいたら・・・・・あの人のような生き方をしていれば・・・・・誰でも、そんな空想をした経験があると思います。私自身、けっこう気にしがちな性格ですので、自分の選択を振り返ってはくよくよしてしまうことも多いです。
「隣の芝生は青い」の言葉通り、自分がいない場所ほど美しく、自分が持たない物ほど素晴らしく思えてしまうものなのでしょう。今日は、そんな人の心の複雑さを描いた作品をご紹介します。恋愛小説の名手として名高い唯川恵さんの「永遠の途中」です。
積極的で行動力のある乃梨子、物腰柔らかでおっとりした薫。広告代理店で同期として働く二人は、お互いを時に羨み、時に妬みながら、仲の良い友人関係を築いている。やがて薫は同僚男性と結婚して専業主婦となり、乃梨子は独身のままキャリアウーマンの道を邁進する。子育て、義理家族との付き合い、リストラ、不倫・・・・・いくつもの悩みを抱えながら年を重ねていく乃梨子と薫。節目節目で交錯する二人の女性の人生を描いた、胸に染み入る長編小説。
何といっても、対照的な人生を選んだ二人の女性の描写が巧みの一言!一つの時代に留まらず、二十七歳・三十歳・三十三歳・三十九歳・四十二歳・四十七歳・五十二歳・六十歳と、段々と年を取っていくヒロインたちを描いている点も面白いですね。この構成のおかげで、どんな世代の読者でも、物語に共感できる点がどこかに必ずあると思います。
容姿に恵まれ、それぞれ違った長所を持ち、形は違えど世間一般で言う「幸せ」を手にしているように見える乃梨子と薫。ですが、乃梨子は不実な男との恋愛や理不尽なリストラに、薫は家族の無神経さや自身の経済力のなさに苦しめられます。そして、どちらもそんな悩みを吐露できず、自分は幸せ一杯だと取り繕い、互いのちょっとした言動にコンプレックスを刺激されます。この微妙な心理戦、「ああ、あるある」と頷く読者も多いのではないでしょうか。
私が一番感情移入したのも、まさにそこ。相手の化粧や服装、レストランで交わされる何気ない会話。そんな些細な点の一つ一つを意識し、褒められれば「見え透いたお世辞を言って」と苛立ち、相手の肌が荒れていれば「生活が大変なのね」と内心でほくそ笑む。こういう感情は、決して美しくはないものの、誰でも持つものだと思います。人間って、どれだけの幸福を手にしても、結局はないものねだりをやめられない生き物なのかもしれませんね。
と、こんな風に書くと、やたらどろどろした生臭い内容を想像してしまうかもしれませんが、そこはご心配なく。文章はとても柔らかく平易ですし、作品全体に爽やかで前向きな雰囲気が漂っています。ラスト、六十歳を迎えて向き合うヒロインたちを見ながら、ぜひ「永遠の途中」というタイトルの意味を考えてほしいと思います。
どうしても比べることってやめられないよね度★★★★★
年を取るごとに読み返したくなる度★★★★☆
こんな人におすすめ
・女性の生き方をテーマにした作品が好きな人
・読後感の良い長編小説を読みたい人
真梨幸子さんや秋吉理香子さんに負けず劣らずのイヤミス作品もありますが、女性の人生を壮大で深いドラマに仕立てる唯川恵さんらしい作品ですね。
人生の分岐点での選択を振り返った女性たちの心理~読んでみたいですね。
唯川恵さんの場合、短編がイヤミス、長編がヒューマンドラマになる傾向が強い気がします。
これは「隣の芝生は青い」という人間心理が巧く描写されていると思いました。
できれば同じテーマで男性版も読んでみたいものです。