はいくる

「墓地を見おろす家」 小池真理子

四月も残りわずかです。この春に引っ越しを経験した人は、そろそろ片づけが一段落した頃合いでしょうか。今年は引っ越そうにも業者が予約できない<引っ越し難民>が続出したんだとか。不自由した方々が一日も早く落ち着き、快適な新生活を送れるよう願ってやみません。

新居での生活には期待と不安が付きまとうもの。素晴らしい家を得たならば、新生活はより良いものとなるでしょう。でも、もしその家がおぞましく恐ろしいものだったなら・・・?この作品に登場する一家は、そんな恐ろしい家に住んでしまいます。小池真理子さん『墓地を見おろす家』です。

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都心に建つお洒落な新築マンションを格安で手に入れた加納一家。周囲を墓地や寺、火葬場に囲まれているという立地を除けば、何の不満もない生活が送れるはずだった。心機一転新たな暮らしを始めようとする一家を、次々と怪異が襲う。飼っていた文鳥の急死、テレビに映る不気味な影、マンションの地下室で生じるカマイタチ、立て続けに去っていく住民たち。次第に事態の深刻さを受け止めた加納家は、引っ越しを考え始めるが・・・・・平凡な家族を襲う恐怖を描いたモダンホラーの傑作。

 

家にまつわるホラー作品といえば、大ヒットした映画『呪怨』がそうであるように、一軒家を扱ったものが多い気がします。ですが、本作に登場するのは都心(恐らく中野区がモデル)に建つ洗練された新築マンション。ここが化け物屋敷と化すことで、物語の臨場感が一段と高まっているように感じました。

 

主人公である加納家は三人家族。コピーライターの哲平、イラストレーターの美沙緒、幼稚園に通う娘の玉緒は、文鳥のピヨコと室内犬のクッキーを連れて新築マンション「セントラルプラザマンション」に越してきました。周りを墓地・寺・火葬場に囲まれている以外は快適そのものの新生活が始まる・・・・・かと思いきや、数々の不気味な現象が一家を襲い始めます。このマンションに巣食う何者かの存在に気付いた美沙緒は、家族を守るため行動しようとします。

 

ですが、「家族内に怪異を信じる者と信じない者がいる」というのがこの手の話のお約束。本作も例外でなく、美沙緒や玉緒がどれだけ恐怖を訴えても、仕事で不在が多い哲平は「せっかく破格の条件で新居を用意できたんだから」と取り合いません。また、この夫婦は実は不倫の末の略奪婚であり、哲平の前妻・玲子は自殺。結果、実家とは疎遠になっており、頼ることのできない状況にあります。どれだけ不気味な目に遭おうとも、美沙緒は自分たちだけの力で怪異と立ち向かわなくてはならないのです。

 

この「逃げられない状況にある人間が徐々に追い詰められていく恐怖」の描写がめちゃくちゃ怖い!最初は「あれ、気のせい?」程度だった怪奇現象がどんどんエスカレートしていくんですから、悪霊もやることがえげつないですよね。中でも私が一番怖かったのは、怪奇現象に耐えかねて逃げ出していく住民にタクシー運転手がかけた「子どもたちがたくさん見送りに来てますね」の一言。もちろん、そんな子どもたちは存在しないんですよ~(泣)

 

最近のホラー作品の場合、それなりのロジックが描かれるケースが多いですが、本作の登場人物たちは「そこに住んだから」という理由で恐怖体験をする羽目になります。この理不尽さ、この意味不明さこそが、ジャパニーズホラーの伝統と言えるのではないでしょうか。背筋も凍る、オーソドックスな恐怖を味わいたい時にお薦めです。

 

悪霊に理屈なんてありっこない度★★★★★

ラスト一ページの意味が分かると・・・・・★★★★★

 

こんな人におすすめ

後味の悪いホラー小説が読みたい人

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コメント

  1. しんくん より:

    まさに昔観た「呪怨」を思い出す内容です。
    読んだばかりの新津きよみさんの「シェアメイト」と少し似ている要素も感じます。
    怪異を信じる者と信じない者~その感覚の違い、頼れる人がいない。
    お約束の設定にどういう結末があるのか?
    怖い物見たさで読みたくなりました。

    1. ライオンまる より:

      系統としては「呪怨」と同じ屋敷ホラーですね。
      ですが、あちらは一戸建てで、化け物の正体も分かっているのに対し、こちらは集合住宅で、怪異の元凶が何なのかもいまいちはっきりしない。
      そのため「大勢の人間が怪奇現象に見舞われる」「何が何だか分からない恐怖」が味わえました。

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