はいくる

「バック・ステージ」 芦沢央

大抵の図書館には「予約」というシステムがあります。本を確実に借りることができるよう予め予約しておく方法で、人気作家の新刊や大作映画の原作本などには予約が殺到します。予約件数が数百ということも決して珍しくなく、その場合、本が手元に届くのは何カ月も先ということにもなりかねません。

小学生の頃から図書館通いを初めてウン十年。ほとんどの場合、予約で出遅れてしまっていた私ですが、先日初めて「予約一番目をゲット」という出来事を経験しました。大好きな作家さんの新刊なので、喜びもひとしおです。それがこれ。芦沢央さん『バック・ステージ』です。

スポンサーリンク

パワハラ上司の不正を暴こうとする二人の社員、息子の交友関係を案じるシングルマザー、有名演出家の舞台に出演が決まった新人俳優・・・・・一見無関係な人々の悲喜こもごもが、あちらこちらで交錯する。次々と入れ替わる物語の舞台の表と裏。相次ぐトラブルの果てには一体何が待ち受けているのか。手に汗握って最後はスッキリ、ミステリ連作短編集。

 

勢いのあるドタバタ・ストーリーがとにかく楽しい!芦沢さんの著作の内、『罪の余白』を黒・芦沢、『雨利終活写真館』を白・芦沢とするなら、本作はいわば「明・芦沢」。それぞれが長編一作の主役を張れそうなほど魅力的な登場人物たちといい、彼らの生き生きとした台詞回しといい、もはや名人芸と言える筆力だと思います。

 

「序幕」・・・先輩社員の康子がパワハラ管理職の不正を探す現場に出くわした新卒・松尾。なりゆきで行動を共にすることになった二人は、会社を休んで証拠探しに奔走するが・・・

冷めた新入社員・松尾&ちょっと変わった先輩社員・康子の掛け合いが楽しい一話。二人の微妙にズレた会話の面白さが前面に押し出されていますが、軸となるパワハラ事件はかなり深刻です。「序幕」のためこのエピソード内では解決しませんが、今後の話にどう繋がっていくか、乞うご期待です。

 

「第一幕 息子の親友」・・・夫と離婚したばかりの望は、長男の浩輝がみんなの人気者と親しくなったと知って大喜びする。ところが授業参観の日、息子の様子は話とは違って・・・

社交的な次男に対し、大人しい長男を心配する望の心情がリアリティたっぷり。私も先回りしてあれこれ心配してしまうタイプなので、望にすんなり感情移入できました。そして息子二人がどちらもすごくいい子!この家族、これからもきっと幸せなんだろうなと思わされます。

 

「第二幕 始まるまで、あと五分」・・・友達以上恋人未満だと思っていた元同級生にフラれた大学生・奥田。なぜ彼女は、奥田の告白に「あなたは私を知らない」と答えたのか。途方に暮れる奥田が、ひょんなことから知った真実とは。

芦沢さんにしては珍しい甘酸っぱい恋物語です。ですがミステリ部分の構成もしっかりしており、見事に騙されてしまいました。見落としていましたが、伏線もしっかり張ってあったんですよね。収録されている話の中では、このエピソードが一番好きです。

 

「第三幕 舞台裏の覚悟」・・・大物演出家の舞台で役をもらい、稽古に励む新人俳優・春真。そんな彼のもとに、「共演女優との情事を暴露されたくなければ、シーン32には出るな」という脅迫状が届く。くだんのシーンは作品の出来を左右する重要なものだが、春真には絶対に不貞を知られたくない恋人がいて・・・

本作の中では一番ミステリ色が薄いエピソードだったと思います。その分、丹念に描写されているのは、舞台人たちの作品に懸ける想い。その狂気とも思える情熱には、ただただ圧倒されるばかり。作中劇もなかなか面白そうなので、いつか芦沢さんに長編小説として書いてほしいものです。

 

「第四幕 千賀稚子にはかなわない」・・・女優の千賀稚子と二人三脚で歩んできたマネージャー・篤子。努力の甲斐あって篤子は大御所の地位を得るが、徐々に認知症の兆しが見え始める。稚子を守るため、なんとか病気を隠し通したい。そのために奮闘する篤子だが・・・

ベテラン女優・千賀稚子のキャラクターがとても素敵。篤子でなくても、数十年に渡って支えたくなる魅力に溢れています。そしてこのエピソード内で、忘れかけていた序幕に関わる要素も出てきます。あ、こいつはもしかして・・・・・

 

「終幕」・・・掴みかけていた上司の不正の証拠を失った松尾と康子。意気消沈して出社した松尾だが、事態は思わぬ展開を迎え・・・・・

張り巡らされていた伏線が、この終幕で一気に回収されます。その怒涛の展開に思わず拍手。それまで目立たなかったキャラクターが、予想外のファインプレーを決めてくれるところも良いですね。上司のパワハラが本当に悪質だった分、気分スッキリでした。

 

とにかくリズミカルな作品ですので、中だるみすることなく一気読みできると思います。松尾&康子は一作品の登場人物で終わらせるには惜しい名コンビなので、できれば何らかの形で再登場させてほしいですね。本の後ろについているおまけ「カーテンコール」もなかなか味わい深いので、お見逃しなく!!

 

パワハラ上司よ、ざまあみろ度★★★★★

舞台裏も目線を変えれば表になる度★★★★☆

 

こんな人におすすめ

・後味爽快なミステリが読みたい人

・連作短編集が好きな人

スポンサーリンク

コメント

  1. しんくん より:

    図書館は2つの市で活用していますが予約すると1年待たされる図書館とドラマ化映画化の最中でもすぐに借りられる図書館があり上手く使い分けてます。
    芦沢さんはマイミクさんのレビューで知りました。調べると辻村深月さんの大学(千葉大学)の後輩ということで注目して読みました。
    雨利終活写真館は良かったですが、冷たい感じのする独特の作風に苦手意識を感じてあまり読んでいません。この作品はテンポがよく読みやすそうですので借りて読んでみたくなりました。題名にも惹かれます。

    1. ライオンまる より:

      利用できる図書館が二つあるなんて羨ましい!!
      芦沢さんの小説は、ドロドロというよりヒヤリとしたイヤミスが多く、苦手な人も多いようですね。
      本作は終始テンポが良く、後味もすっきりですよ(^^)v

ライオンまる へ返信する コメントをキャンセル

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください