ウツボカズラという植物をご存知でしょうか。東南アジアに多い食虫植物で、甘い蜜を餌に虫をおびき寄せ、壺のようになった体内に誘い込んで捕食するという習性を持っています。昔、テレビでウツボカズラの内部を調べるという企画を見たことがありますが、凄まじい数の虫を体内にため込んでいて驚いたものです。
甘い蜜をちらつかせてターゲットを誘い、食らいついて自分のものにしてしまうウツボカズラ。この生態から、ウツボカズラはしばしばフィクションの世界で「悪女」の象徴として登場します。最近の作品では、これを覚えている方が多いのではないでしょうか。二〇一七年に志田未来さん主演でドラマ化もされた、乃南アサさんの『ウツボカズラの夢』です。
進学も就職も諦めて、重病に苦しむ母親の看病をした主人公・未芙由。母の死後、父はすぐに若い後妻を迎え、未芙由は逃げるように亡母の従姉妹である鹿島田尚子の家に身を寄せる。経済力のある父親、習い事や友達付き合いに熱心な母親、好き勝手に振る舞う長男長女に、二世帯住宅の一階から息子世帯の様子をうかがう姑・・・恵まれていながら、てんでばらばらな鹿島田家を見て不思議な感覚を覚える未芙由。この家が私の居場所になったなら。静かに、しかし確実にそれぞれの持つ欲望をくすぐる未芙由に、鹿島田家は次第に壊されていく・・・・・
こういう形の悪女もいるのかぁ、というのが最初の印象です。といっても、主人公・未芙由は、一般的に言われる「悪女」のイメージとは少し違います。容姿も立ち居振る舞いも地味ですし、高価な贈り物をねだるわけでもなく、地道にアルバイトをし、居候する鹿島田家のためにせっせと家事に励みます。彼女の望みはただ一つ、確かな居場所を手に入れることだけ。そのために彼女は、鹿島田家の面々をじわじわと追い詰め、自分の入り込む隙間を作っていくのです。
そのやり口がなんとも巧み!まず家長である父親と関係を持って金銭的援助をゲット。隠していた高校生の長女の妊娠がバレるように仕向け、そのドタバタで疲弊した妻・尚子は不倫に走る。さらに、同棲相手と破局した長男には「家庭的で健気な田舎娘」として近づき、これまた関係を持つ。その見事な働きっぷりは、もはや八面六臂と言えるほどです。未芙由の場合、垢抜けないルックスのせいで男性ばかりか女性に警戒もされず、するりと懐に入り込む様が恐ろしいと感じました。
そんな未芙由の手口を恐ろしいと思っても嫌悪感を感じないのは、鹿島田家の人達がそれぞれ自分勝手だからでしょうか。父親は未芙由の出現前から不倫をしていましたし、母親の尚子は専業主婦にもかかわらず遊び優先、二人の子どもも自分の恋愛や友達付き合い第一でろくに家に帰らず、平気で人を見下したり利用したりします。彼らよりも、しっかり家事をこなして家の中を居心地良く整え、得たお金で遊び回るでもない未芙由の方が、よほど家を守ろうとしているように思えます。この描き方、面白いですね。
さて、ここで一つ、私からのお薦めポイント。私が最初に本作を読んだのはハードカバー版でしたが、今は双葉文庫から文庫版も出ています。もしこの文庫版を読んだ際は、ぜひ解説まで読んでください。自らは動かず、その場にじっと佇んで獲物を誘い、食らい尽くすウツボカズラ。その正体は一体何なのか。ここを読むと、本編の恐ろしさがより増すかもしれません。
居場所がないなら作ればいい度★★★★☆
ウツボカズラの正体は・・・度★★★★☆
こんな人におすすめ
家族の崩壊を扱ったサスペンス小説が読みたい人
ドラマでやっていた~と思い図書館でたまたま見つけて読みましたが、ドラマを観なかったことを強烈に後悔しました。普通というか世間知らずの10代の女の子に良いようにのっとられる鹿島田家の様子が読んでいて呆れました。
東野圭吾の「百夜行」「幻夜」、宮部みゆきに「火車」、中山七里の「嗤う女」のように美しく計算高い女性ではなくても、つけいる隙があればこうなる~と思わされた見事な展開に大変満足出来た作品でした。
しんくんさんの仰る通り、ステレオタイプの「悪女」とは違うヒロイン像が印象的でした。
ドラマ版では「ウツボカズラ」の正体について解釈が加えられていて、それはそれで面白かったです。
個人的に、乃南作品の映像化作品は質が高い気がしますね。