日本国内において、小説は単行本出版→数年経ってから文庫化という流れになることが多いです。出版社にしてみれば、まず儲けが出る単行本を出し、人気・評価が安定した頃を見計らって文庫版を出版した方が、高い収益を見込めるのでしょう。単行本より文庫の方が安いし、収納スペースも小さくて済むし、持ち運びもしやすいから、買うならやっぱり文庫版で!!という方は、将来の文庫化を楽しみに待つしかありません。
かくいう私も、文庫化を楽しみにしている方です。その理由は、前述した値段や場所の問題に加えてもう一つ。文庫化に当たって、単行本未収録の短編やあとがきが追加されることがしばしばあるからです。昔から、こういうボーナス要素に弱い人間なんですよ。今回取り上げる作品にも、文庫化の際、短編が一話追加されていてお得感ありました。百田尚樹さんの『幸福な生活』です。
こんな人におすすめ
ラスト一行の衝撃が売りの短編小説に興味がある人
認知症の母が発する言葉の謎、理想の伴侶を得た女が知る残酷な真実、最愛の妻に秘密を打ち明けようとする夫の胸中、チンピラに目を付けられた男の運命、パーティーでの賭けが招く意外な逆転劇、亡妻が遺したビデオレターが語る戦慄の真相、堅物だった父親の遺品の秘密、幸福な半生に隠された悲しい現実・・・・・「最後の一撃(フィニッシング・ストローク)」が読者を打つ。驚きと企みに満ちた短編小説集
「最後の一撃(フィニッシング・ストローク)」、すなわち最後の一行で読者を驚愕させる構成に特化した短編集です。私、どんでん返しの中でも特にこういう展開が大好きなんですよ。内容としても、サスペンスあり、ホラーあり、コメディあり、SFありとバラエティー豊かでした。収録話数は十九話。中でも印象に残った話をご紹介します。
「母の記憶」・・・主人公は、老人ホーム入居中の母親を見舞いに訪れる。母親は認知症のため、デタラメな空言を言いふらすようになっていた。酒乱の父の出奔後、女手一つで主人公を育ててくれた母。父親が作ると言っていた金魚用の池も、代わりに作ってくれた母。主人公はふと、最近になってその池の跡地から、見覚えのあるおもちゃが出てきたことを思い出し・・・・・
年を取るにつれて色々と厄介な面も出てきたけれど、それでも愛情深く強い母だった女性。哀れな結末にならないといいなと思いましたが・・・どうやら想像以上に強い人だったようですね。主人公の肝は冷えたでしょうが、真っ当に成人して仕事と家庭を持ち、認知症の老母をホームに入れる経済力も身に付けたのだから、まずまずハッピーエンドでは?と思ってしまいました。
「夜の訪問者」・・・既婚者でありながら、不倫している主人公。うまくやっているし、鈍感な妻が気づくはずない。そう安心しきっていた最中、なんと自宅で妻と不倫相手が仲良く喋っている場面に遭遇する。二人は、習い事を介して知り合ったという。妻にバレやしないかと冷や冷やする夫に対し、不倫相手はこっそりと「奥さん、全部気づいていると思う」と囁いて・・・・・
おー、これは痛快!途中、内心で奥さんを見下す浮気亭主にめちゃくちゃ腹が立ったので、最後一行を読んだ時はスカッとしました。むしろ不倫相手の方が勘が鋭いという描写、妙にリアリティありますね。主人公はこれから針の筵の気分をたっぷり味わってほしいものです。
「残りもの」・・・主人公は得意満面だった。四十歳を間近にして、やっと理想的な夫と結婚できたのだ。ルックスが良く、バリバリ働き、愛情表現も豊かな夫。祖母の「残りものには福がある」という言葉を信じ、結婚相手を慎重に選び続けてきた良かった。気がかりと言えば、自身の過去を語りたがらないところ、少し社会情勢に疎いところがあるくらいなのだが・・・・・
あまりに残酷な真実を知ってしまった主人公が可哀想・・・なのですが、主人公は主人公で、これまで上から目線で人を値踏みしまくってきた描写があるので、単純に感情移入できないんですよ。百田尚樹さん、たぶん意図的にこういう人物造形にしていますよね。本作は、どちらかといえば男性が痛い思いをする話が多いので、ちょっと新鮮でした。まあ、ちょっと傲慢だったからって、さすがにコレでは代償が大きすぎですが。
「豹変」・・・才色兼備の女性と結婚し、幸せな生活を送る主人公。目下の気がかりは、結婚後数年経っても子どもができないことだ。ふと思い立ち、妻に内緒で検査を受けてみたところ、男性不妊ということが分かり、愕然とする。美人で、聡明で、性格も良い妻に対し、目立つ長所など何一つない自分。この上、子どもを作ることもできないのか。主人公はショックを受けつつも、意を決して妻に真実を告白しようとして・・・
な、なんて気の毒な・・・妻の完璧さに内心コンプレックスを抱きつつ、精一杯誠実な夫であろうとした主人公の胸中を思うと、暗澹たる気分になりました。最後の一行後、彼は一体どうなってしまうのでしょう。あと、主人公が妻に対し「妻が不妊であってくれれば、自分がこれまで抱いてきた引け目も少しは楽になるのに」と内心で思ってしまう気持ち、なんとなく分かる気がします。
「痴漢」・・・主人公はチンピラ達に痴漢の濡れ衣を着せられ、金銭を要求される。こんな騒動を家族に知られたくない一心で恐喝に応じてしまうが、チンピラ達の要求はエスカレートする一方。どうしよう。このままでは平和な家庭が壊れてしまう。進退窮まった主人公が取った行動とは・・・・・
「夜の訪問者」とは別ベクトルでスッキリ痛快な話です。チンピラ達の所業はひたすら卑劣で、搾取される主人公を見ながらハラハラしていましたが・・・・・こうきたか!悪に対し、やったことにふさわしい報いがあってホッとしました。私はこの話が一番お気に入りです。
「再会」・・・主人公の職場に、離婚した元夫が訪れた。かつて暴力で主人公をさんざん苦しめた元夫は、今や病気ですっかりやつれ果てている。苦しめてすまなかった。自分が悪かった。誠心誠意詫びる夫に対し、次第に怒りが薄れていく主人公。そんな最中、元夫は主人公の現在の交際相手について言及し・・・・・
本作の中では珍しく、胸がじんわりするヒューマン系の話でした。元夫、かつてひどい男だったことは間違いないにせよ、それを心底後悔していることも本当なんだろうな。主人公はあんまり男運良くないのかもしれないけど、このチャンスを無駄にせず、幸せになってほしいものです。
「賭けられた女」・・・素行が芳しくないと評判の有名作家がパーティーを開く。その席に美人妻を伴って出席した編集者と、なりゆきでギャンブルをすることになった。作家が賭けるのは、数千万の価値のある外車。編集者が賭けるのは、同伴した美人妻との一夜。そうして始まった勝負の行方は果たして・・・・・
文庫化に当たって新たに収録された作品です。仕掛けが凝っているため、どう解釈すればいいかちょっと迷いましたが、気づいた瞬間「おおっ」となりました。ポイントは、これが誰目線の話かということだったのね。作家は痛い目を見たけれど、編集者も善人とは言い難いようなので、ちょっとくらい報いを受けてほしい気もします。
「ビデオレター」・・・亡き妻の法要を終えた主人公のもとに、なんと妻が生前録っておいたビデオレターが届く。ビデオの中で、妻は語る。かつて主人公が、妻を手に入れるために行った卑劣な裏工作の数々。妻は、それらをすべて知っていたのだ。凍り付く主人公に対し、ビデオの妻は「全部時効ですよ」と穏やかに言い・・・
百田尚樹さん曰く、この話は最初、病室での夫婦の会話として描こうという構想だったそうです。その後、一方的な会話の方が面白いかも?と思い直し、ビデオレターになったのだとか。それ、大正解!亡妻からのビデオレターという、もはや反論も質問もできない状況が、物語のブラックさがより引き立てていました。でも、こういうしたたかさ、嫌いじゃありません。
「深夜の乗客」・・・深夜、タクシー運転手の主人公は、一人の女性客を乗せる。女性の様子はどうも妙だが、客なら仕方ない。やがて目的地に着き、女性は「金を取ってくる」と言って家に入るも、いつまで経っても出てこない。しびれを切らした主人公が家を訪ねると、住人の老女が「それは亡くなったうちの娘だ」と語り出し・・・
落語のような雰囲気のある、ニヤリと笑ってしまう話でした。よくあるタクシー怪談と思わせてからのオチの付け方が巧妙ですね。このタクシー運転手さん、嫌な思いはしただろうけど、決してやられっぱなしではないところが好印象!これからもお仕事頑張ってください。
「隠れた殺人」・・・絵に描いたような堅物の父が死んだ。法要の席に集まった子ども達は、それぞれ思いを語り合う。そのうち、遺品の中に開かない箱があることが分かり、どうにか開けてみようという話になる。やがて蓋が開くのだが、中には意外なものが入っていて・・・・・
どちらかどいえばイヤミス寄りの本作中、この話のどす黒さは群を抜いていました。よく読めば序盤からしっかり伏線が張ってあるところが、余計に憎らしいというか何というか。今後、主人公が打ちのめされること、今更真実が分かってももはやどうにもならないであろうことが想像できてしまい、いい意味で胸糞悪さを味わえました。
本作の場合、内容だけでなく、編集も凝っているんですよね。各話の最後の一ページをめくると、どどーんと最後一行だけが書いてあるという構図。百田尚樹さんも、編集部の方々も、そうなるようあれこれ考えたんだろうな。調べたところ漫画化もされているようなので、ぜひとも読んでみたいです。
胸糞系、スカッと系、ニヤリ系とバラエティ豊か度★★★★★
表題と内容のギャップが凄い度★★★★★







