はいくる

「ゆうべ、もう恋なんかしないと誓った」 唯川恵

物語が幸せな結末を迎える<ハッピーエンド>、主要キャラクターが不幸になる<バッドエンド>、傍から見れば不幸だけど当事者は満足している<メリーバッドエンド>、これまでのすべてがリセット・一からやり直しとなる<世界再編成エンド>・・・・・物語には、様々な結末があります。このエンディングが素晴らしいか否かで、作品の評価が決まると言っても過言ではありません。

こうしたエンディングの種類の一つに、<ビターエンド>というものがあります。読んで字のごとく、ほろ苦いエンディングのことで、バッドエンドほど不幸ではないがハッピーエンドとは言い難い・・・という結末を指します。個人的に、一番読者が身近に感じるエンディングはこれではないでしょうか。今日は、ビターエンドの恋愛小説を集めた短編集をご紹介したいと思います。唯川恵さん『ゆうべ、もう恋なんかしないと誓った』です。

 

こんな人におすすめ

ほろ苦い読後感の恋愛ショートショートに興味がある人

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ダメ男への恋心から理想の相手を袖にしてしまう女、美貌を誇るあまり歳月を無駄にしていく女、ライバルを意識しすぎて大事なものを見誤ってしまう女、恋人に愛されたいがゆえに暴走していく女、自意識過剰のあまり取り返しのつかない一歩を踏み出す女、ある企みを胸にひたすら夫に尽くし続ける女、理想的な恋人の思いがけない真実を知ってしまった女・・・・・もしかしたら、この中にはあなたがいるかもしれません。恋の苦さと理不尽さを描く恋愛ショートショート集

 

ショートショート大好きな私ですが、恋愛小説のショートショートを読んだのは本作が最初でした。短編とも言えないくらい短い話ばかりながら、どの話も心理描写が濃厚な上、ビターな結末はリアリティたっぷり。読みながら「あ、私も同じ経験した」と思うこともあるかもしれません。全部で二十四話収録されているので、印象に残ったものをご紹介します。

 

「幸福の代償」・・・想いを寄せていた既婚の上司と、不倫の末に結婚した主人公。自身の婚約を破棄しようと、実家や友人と絶縁しようと、前妻に多額の慰謝料を払おうと、あの人の妻になれるなら平気だ。幸せを満喫する主人公だが、ある時、妊娠が発覚し・・・

一言で言えば<略奪婚した女が、現実のままならなさに打ちのめされる話>。要するに自業自得なわけですが、後半、主人公の追い詰められ方があまりに切実で、「こりゃ辛いだろうなぁ」と、理解はしないまでも想像はしてしまいました。一番悪いのは、いい年して配偶者を裏切った男なんだけどね。前妻家族は幸せそうで何よりです。

 

「壊れゆく女」・・・主人公は遠距離恋愛だった恋人にフラれ、愕然とする。そんな馬鹿な。私たちは結婚するはずじゃなかったのか。動揺する主人公をよそに、彼にはとっくに新しい恋人がいるらしい。優しい彼はしつこい女を拒みきれないだけで、本当は私を求めているはず。怒りに駆られた主人公は、新しい恋人への嫌がらせを始め・・・・・

実はこの主人公、彼氏から過去にプロポーズされた時、「もう少し自由でいたい」と断っています。これを「自分が一度断ったんだから、フラれても仕方ない」と取るか、「結婚時期を考えたかっただけで、別れたいなんて言ってない」と取るかで、主人公の捉え方も変わりそうですね。後半のストーカー行為、ラスト一行の空虚さが不気味でした。

 

「美人の顛末」・・・主人公は幼い頃から美貌を誉めそやされて生きてきた。どんな場面でも、一番美しく、注目されるのは私。当然、パートナーとなる男も、それ相応の条件を備えていなければならない。ところが、なかなか主人公を満足させるレベルの男は見つからず・・・

幸か不幸か、私はこの主人公のように美貌でちやほやされた経験はありません。それでも、時間ばかりが過ぎていって感じる焦りは、多少なりとも理解できてしまいます。この感覚は、男性より女性の方が共感しやすいでしょうね。最後、後輩男子から突き付けられた無邪気な一言(恐らく本人は誉め言葉のつもり)が、あまりに残酷です。

 

「嘘つき」・・・家族には厳格だったくせに、愛人を作っていた父。賑やかで話し上手なところが好きと言ってくれたくせに、最後は「君のうるささにうんざりした」と去っていった恋人。対等な関係でいようと約束したくせに、家事も育児も押し付ける夫。主人公の周りにいる男は嘘つきばかりだ。虚しさを埋めるかのように、主人公は一人息子を溺愛し・・・

男達が本当にダメ男ばかりなのか、それとも主人公の独りよがりなのか、解釈が分かれそうですね。でも、確実に父親の罪は重いよなぁ。主人公がなかなか異性とうまく関係を築けないのは、父親の裏切りが原因な気がしてなりませんでした。母親や女友だちといった同性の存在が徹底して排除して描かれているところが、なんとも意味深です。

 

「天敵」・・・主人公には、どうしても受け付けない同僚がいる。主人公が髪を振り乱して仕事をこなす傍らで、いつものんびり笑っている女。仕事は遅く、ミスも多いのに、なぜか周りに愛される女。やがて主人公は、自分と彼女が同じ男に片思いしていることを知ってしまう。出遅れたら、きっと彼もあの女を選ぶ。そうはさせじと猛アプローチを行う主人公だが・・・・・

このライバル、裏表の激しい計算女かというとそうでもなく、バリバリ仕事をこなす主人公のことを「私の何倍も優秀ですごい人」「本当に、いつも負けっぱなし」と、影に日向に擁護・賞賛します。いっそ、陰で悪口を言うような相手なら、主人公もここまでこじらせなかったのかもしれないのにね。築いてきたものを手放す羽目になった主人公が、自暴自棄にならないか心配です。

 

「計画」・・・夫は、妻である主人公にてんで無関心。もはや女としても人としても興味を失くし、道端の石ころ程度にしか思われていない。それならそれでいい。私は私のやるべきことをする。主人公は理想の妻として振る舞い、夫に徹底的に尽くし続け・・・

唯川恵さんの短編集『ため息の時間』収録の「バス・ストップ」を彷彿とさせます。ただ、あちらは尽くされる夫側視点だったのに対し、この話は尽くす妻側視点。見方が変わることで、秘めた感情の生々しさがより強く感じられました。これだけの計画性と実行力があるのだから、主人公にはこれから再出発を果たしてほしいです。

 

「部屋」・・・彼が本当に愛しているのは私だけ。そう信じ、既婚の男との不倫を続ける主人公。彼は冷え切った結婚生活を送っているのだから、せめて私の所にいる間は居心地良く過ごさせてあげよう。そのため、いつも部屋を快適に整えている。そんなある日、主人公の部屋に来た男が体調を崩し・・・・・

「幸福の代償」では略奪婚を果たした女性が主人公ですが、この話の主人公は都合のいい愛人のまま。それでも男を信じ、時間と労力を捧げ続ける主人公は、滑稽かつ哀れです。思いがけない形で男の本音と自身の現状を知ってしまった彼女が、これから一体どうするか・・・きちんと生活基盤はある人のようなので、一線を超えずに踏みとどまってほしいと願わずにいられません。

 

「勝負」・・・エリートと結婚して寿退社し、専業主婦生活を送る女。独身を貫きながら仕事に邁進し、やがて起業家となる女。あの女にだけは、絶対に負けたくない。あの女より幸せになりたい。二人の女は、常に互いを意識しつつ歳月を重ねていくが・・・・・

もしかして、本作の三年後に刊行される長編『永遠の途中』の原型なのでしょうか。対照的な人生を送りつつ、いつもお互いをライバル視し、「彼女に勝ちたい」と思い続ける二人の女。でも、そう簡単に勝敗が決まるわけないのが人生なんですよね。どちらも真っ当な人生を送ってきたにも関わらず、あまり幸せそうじゃない姿が印象的でした。

 

「運命の人」・・・夫とのつまらない日々にうんざりする主人公。夫と結婚して本当に良かったのか。そういえば昔、海で溺れかけた時に通りすがりの男が助けてくれた。もしかしたら、彼が運命の人だったのかも。そんな風に夢想する毎日だ。ある時、主人公と夫はサイパン旅行に出かけるのだが・・・・・

作中唯一、手放しで後味がいいと言える話でした。どこかに運命の相手がいるのかも。そんな夢想に耽る主人公が、ピンチを経て、傍にあったものに気づいた・・・私はそう解釈しました。まあ、張り切って来た海外旅行で、パートナーが「疲れた」と言って寝てばかりじゃ、がっかりする気持ちも分かるけどね。

 

前述の通り、基本的に収録作品はビターエンドが大半です。ただ、人が死ぬといった明確なバッドエンドはないので、イヤミス等が苦手な方でも大丈夫だと思います。鎌田敏夫さんの解説も読みごたえあるので、できれば飛ばさず読むことをおススメします。

 

同じ経験をした話が一つはありそう度★★★★★

恋が成就した後の現実の描写が秀逸です度★★★★★

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