はいくる

「パズラー 謎と論理のエンタテイメント」 西澤保彦

二〇二五年最後の一日となりました。今年も色々あったものの、無事にブログを続けることができて感無量です。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

何かと慌ただしいご時世ですが、小説界隈に関していえば、個人的に一番衝撃的だったのは作家・西澤保彦さんが亡くなられたことです。まだ六十代。多作な作家さんだし、てっきり今後も新作がたくさん楽しめると思っていたのに、本当にショックです。心よりご冥福をお祈りするとともに、哀悼の意を表するため、今年の「はいくる」は西澤保彦さんの短編集『パズラー 謎と論理のエンタテイメント』で締めようと思います。

 

こんな人におすすめ

アクロバティックなミステリー短編集が読みたい人

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久しぶりの帰郷で突き付けられた夢と現実、遺体に付着した卵が語る意外な真相、不可解な書き込みが導く過去の秘密、ありふれた殺人事件から浮かび上がる業と欲、消えた少女と首なし死体から連なる戦慄の連続殺人、無実にも関わらず沈黙を続ける女生徒の胸中・・・絡み合うこの謎を、あなたは見破ることができるだろうか。二転三転する推理の行方を描く本格ミステリー短編集

 

高校時代、友達に勧められたのを機に夢中になった西澤保彦さん。SF要素を取り入れつつ論理で謎解きできる作風といい、濃密な心理描写といい、登場人物がなぜか珍名ばかりのセンスといい、私のツボに入りまくり。近年は、セクシャルな描写が増えたせいか、より好き嫌いが分かれる傾向にあった気もしますが、それでも変わらず大ファンです。本作は、SF要素のない純度一〇〇%のミステリー。相変わらず、人間の負の側面の描き方も巧みで、イヤミス好きの心をくすぐってくれました。

 

「蓮華の花」・・・職業作家の主人公・日能は、学生時代の同窓会に参加するため、妻を連れて帰郷する。そこでかつてのマドンナ・万理子と再会するが、なぜか日能は万理子が交通事故死したと思い込んでいた。なぜこんな勘違いが生じたのか。あれこれ考えを巡らせるうち、日能はある可能性に気づき・・・・・

古い知人の消息を勘違いするくらい、誰にでもよくあること。そんな<よくあること>から可能性が浮かび、主人公の人生を根底から揺るがしていく流れが見事でした。合間合間に語られる、主人公の母や妻の執着・束縛心が怖いなと思っていたら・・・こう来たか。残酷な現実と、ラストシーンの蓮華の美しさがいい対比になっています。

 

「卵が割れた後で」・・・アメリカ西海岸の某所にて、日本人留学生が撲殺される事件が発生。遺体には、なぜか腐った卵が付着していた。この被害者、お世辞にも生活態度が良いとはいえず、関係者の中には含む所がある者もいたらしい。事件の担当となった刑事コンビは、早速捜査を開始するのだが・・・・・

これは事件そのものよりも、アメリカにおける日本人留学生の立ち位置の描写の方が印象的でした。『人格転移の殺人』でも同じことを思いましたが、留学経験のある西澤保彦さんは、この辺りの描き方が本当に上手いです。謎解き役を務める刑事のキャラクターはすごく魅力的なので、他作品にも登場してほしかったなぁ。

 

「時計じかけの小鳥」・・・かつて馴染みだった本屋に久しぶりに立ち寄った女子高生・奈々。気まぐれで買った文庫本をめくる内、ページの間に不可解なメモが挟まっていることに気づく。おまけに、本の中には、奈々の母親とそっくりな筆跡の書き込みが・・・なぜ、母親が書き込みをした本が書店で売られていたのか。実は奈々は、書いてあった日付に覚えがあって・・・・・

まだ高校生で、未熟な面が多々ある奈々。そんな彼女が、誰に相談するでもなくひたすら脳内で推理をこねくり回して結論に至る過程、なかなか面白かったです。結論を出した後の行動も、いかにも現代っ子の成長らしくて共感できました。ミステリーでティーンエイジャーが主人公になる場合、「絶対に真実を世に知らしめるべき!!」と燃えるパターンが結構あるけど、実際はこんなものなのかもしれませんね。

 

「贋作『退職刑事』」・・・都内で主婦が絞殺体となって発見された。逮捕されたのは、現場から逃げるところを目撃されていた、被害者の元夫。自供も取れ、無事に事件解決・・・と思いきや、担当刑事の五郎に対し、元刑事の父親はある疑問を投げかけてくる。親子で語り合ううち、事件は別の面を見せていき・・・・・

都筑道夫さん『退職刑事』のパスティーシュ作品です。二人の話し方や文章の調子が本家そのままで、読んだことのある方は「おお~」と思うかもしれません。その分、いつもの西澤節は薄れている気もしますが、安楽椅子探偵モノとしては十分面白いです。こういう打算って、現実に絶対ないと言い切れないところが怖い怖い・・・

 

「チープ・トリック」・・・アメリカのとある街で、閉鎖された教会に女性を連れ込み、強姦するという悪行を繰り返してきた不良三人組。その夜は、街でも有名な美女・ナタリーを拉致するも、なぜかナタリーは教会内から消失。おまけに、誰も指一本触れていない状況だったにも関わらず、三人組のリーダー格・スパイクが首を切断されて殺害され・・・・・

西澤保彦さんの作品には、性行為ないし性的指向に関するどぎつい描写が出てくることがしばしばありますが、それが収録作品中一番顕著に現れているのがこの話です。とにかく生々しい場面が続くので苦手な方にとってはしんどいかもしれません。ですが、その実、話としては技巧を凝らしたトリック重視のミステリー。しっかり論理で謎解きできる構成になっているため、よく読み込むことをお勧めします。性的だけでなく猟奇的な描写もありますが、犠牲者三人がタチ悪すぎて全然同情できないので、ある意味、安心して読めますよ。

 

「アリバイ・ジ・アンビバレンス」・・・主人公の同級生・高築が殺された。高築は、同じ学校に通う女生徒・淳子を襲おうとしたところ、返り討ちにされたという。淳子が犯行を認めていると知った主人公は仰天する。実は主人公は、事件発生時刻、淳子が現場から遠く離れた場所にいるところを目撃しているのだ。犯人でないにも関わらず、なぜ淳子は犯行を認めたのだろう。困惑する主人公の前に、同級生の琴美が現れて・・・・・

一番お気に入りの話です。<誰が/どうやって殺したか>ではなく<真犯人であるはずがないのに、なぜアリバイを主張しないのか>に焦点が当てられているのが、この話のミソ。淳子の覚悟があまりに悲壮かつ残酷で、今後、救いがあるよう祈らずにはいられませんでした。主人公と琴美の造形は、もしかしたら『エミール&ユッキーシリーズ』の原型かな。主人公の両親も含め、かなり好きなキャラクターです。

 

改めて調べてみると、西澤保彦さん、未完のシリーズもたくさんあるんですよね。登場人物達が年を重ねていく『タック&タカチシリーズ』、超能力犯罪を描いた『神麻嗣子の超能力事件簿シリーズ』、最近の作品では恐らく一番筆が乗っていたであろう『腕貫探偵シリーズ』・・・もう新作が読めないことが残念でなりません。もしかしたら短編なら、単行本未収録のものを集めて短編集出版!ということもあり得るので、希望を持って待とうと思います。それでは皆様、良いお年を!

 

<論理のアクロバット>←この表現、お見事!度★★★★★

会話もいちいち面白いんです度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

     西澤保彦さんのアメリカを舞台にしたSF、人格転位の殺人が1作目でした。
     先ほど、必然という名の偶然を読み終えました。短編集の中に二転三転の逆転劇はスリルがありました。腕貫探偵が出てこないのが残念でした。
     今回は学園が主体でしたがアクロバットの展開は面白そうです。
     来年もよろしくお願いします。

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