はいくる

「モノマネ芸人、死体を埋める」 藤崎翔

フィクション作品、特にミステリーやサスペンスの世界において、数多くの登場人物達が死体と出くわします。常識的に考えれば、そこで真っ先にすべきことは<救急・警察に通報する>一択なものの、創作の世界となると話は別。主人公がどうにか死体を処分しようと苦悩するところから物語が始まる、という展開も珍しくありません。

ここで問題となるのが、死体の処分方法です。燃やす、沈める、バラバラにする等々、様々なやり方がありますが、一番よくあるのは<埋める>ではないでしょうか。土がある場所を掘りさえすればOK!とにかく死体を見えない状態にできる!というお手軽感(?)のせいかもしれませんね。とはいえ、物事はそんなに都合良く進まないのが世の中の常。目先の欲に振り回されたおかげで、とんでもない事態に陥ってしまうこともあり得ます。今回取り上げるのは、そんな修羅場に巻き込まれてしまった人間の悲喜劇、藤崎翔さん『モノマネ芸人、死体を埋める』です。

 

こんな人におすすめ

コミカルなクライムサスペンスが読みたい人

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こいつが逮捕!?ヤバイ、オレ廃業じゃん!!-----かつて一世を風靡し、今はすっかり落ち目となった元野球選手・竹下竜司。浩樹は、そんな竹下の物真似で人気を博すお笑い芸人だ。幸いにして仕事の入りは上々。竹下本人からも気に入られ、芸能人生活はまずまず順調・・・のはずだった。竹下が不倫相手を殺した現場に居合わせてしまうまでは。これで竹下が逮捕されれば、彼の物真似芸の仕事は激減。竹下の太鼓持ちをすることでもらっていた小遣いももらえなくなり、崖っぷち生活になることは不可避。そうはさせじと焦った浩樹は、死体を埋め、事件を隠滅してしまおうと目論むが・・・・・思わぬ事態に右往左往する浩樹の明日はどっちだ!伏線に次ぐ伏線に翻弄される、抱腹絶倒ミステリー

 

前回読んだ『三十年後の俺』は、最後にちょっぴりしんみりした気分になるヒューマンストーリーでした。本作は一転し、『指名手配作家』や『あなたに会えて困った』を思わせるユーモラスなミステリーです。藤崎翔さんのこういう<ものすごく深刻な状況だけど、妙に笑える>という状況設定、大好きなんですよ。

 

主人公・関野浩樹は、二流どころのお笑い芸人です。持ちネタは、名投手と言われた元野球選手・竹下竜司の物真似一つのみ。とはいえ、コンスタンスに仕事は入る上、なぜか浩樹を気に入った竹下からご機嫌取り要員としてしょっちゅう呼び出され、そのたびにたっぷり小遣いをもらえるので、不自由はありません。俺の人生、まあまあ順調だな・・・と思っていた矢先、なんと竹下が不倫相手の女を衝動的に殺した(不倫写真をマスコミにリークしようとしたから)現場に呼び出されてしまいます。竹下が殺人犯になれば、その物真似芸が披露できるはずもなく、芸人生命は終わったも同然。浩樹は大慌てで死体を埋めて事件発覚を防ごうとするものの、脳筋な竹下のポカのせいで計画は穴だらけ。いい加減うんざりしてきたタイミングで、人気ボクシング選手の物真似芸を開発した浩樹は、ふと、こう思ってしまいます。新しい持ちネタもできたし、竹下はもういなくなっていいんじゃね?と・・・・・

 

あらすじを書いていて、「罪を犯しておきながら、浩樹も竹下も身勝手だよな」と思いましたが、実際の身勝手度合はこれを遥かに上回ります。金目当てに竹下との不倫写真を盗撮する女は確かに悪いけど、じゃあ殺していいのかと問われれば答えはノー。にもかかわらず、竹下は保身、浩樹は収入源確保のことしか考えず、ドタバタと証拠隠滅に勤しむ始末。おまけに浩樹など、新たな物真芸を開発するや否や竹下を切り捨てるわけですから、身勝手を通り越して人でなしと言っていいレベルです。

 

その割に、読んでいる途中に浩樹・竹下に対して<極悪人>というイメージが湧かないのは、二人のてんやわんやっぷりがコミカルだからでしょうね。浩樹が必死に考えた計画を、単純おバカな竹下がことごとく台無しにしていくところなんて、つい噴き出してしまうこと請け合いです。途中、警察の聴取を乗り切る場面なんて、あまりに力技すぎて「ええーっ!」という感じでした。

 

とはいえ、多くの藤崎作品がそうであるように、本作はただ笑えるだけのコメディではありません。<元有名人>に成り下がってしまった人間の悲哀や、感情の行き違いの切なさもしっかり描かれています。特に、竹下にとって浩樹は便利な使いっ走りというだけではなく友人でもあったんだろうと思わせる描写が、哀れというか愚かというか・・・浩樹だって、それなりに面倒見てくれた竹下を思う気持ちがまったくなかったわけじゃないんだよなぁ。最後の最後、完全ノーマークだった登場人物が笑うオチ、そこに至るまでの伏線回収の見事さを含め、藤崎翔さんらしい皮肉さを堪能できました。

 

加えてもう一つ、本作の見どころを挙げるとすれば、芸能界に関する小ネタの数々でしょう。物真似する側とされる側との関係とか、芸風による活躍場所の違いとか、「へえ!そういうものなんだ」と思わせられるネタのオンパレード。浩樹の仕事仲間である芸人さんの芸名なんて、一度見たら忘れられないレベルで面白いです。役所広司の物真似をする役所狭司に、多部未華子の物真似をする多部すぎ未華子なんて、一体どうやって思いつくんだろう・・・チラ見せながら濃いキャラ揃いだったので、いずれ別作品で、これらの芸人さん達が再登場してほしいです。

 

伏線回収のスピード感が凄い!度★★★★☆

もしかしたら友達になれたかもしれないのになぁ・・・度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    お梅は呪いたいに近いイメージです。
    二流でも人間関係が円滑で世渡り上手の典型で、犯罪まで巻き込まれてしまうのは藤崎さんらしい設定だと感じました。
     ダークとコミカルと日常の組み合わせに人間の本音の描写が見事な内容のようでこれも楽しみです。
     つい大量に借りてしまい10冊もあるので全て読み終えてから借りようと思います。
     櫛木理宇さんの死蝋の匣読み終えました。
     元家裁調査官の白石洛の続編で重たい内容でしたが一気読みでした。
     もう1冊も借りて来ました。
     最近、小学生の頃読んだズッコケ三人組シリーズの中年偏を読んで懐かしくなり全巻読破しようと今読んでます。

    1. ライオンまる より:

      仰る通り、「お梅は呪いたい」と同様、シニカルなユーモアたっぷりの作品でした。
      この手の作品にしては珍しい、どん底ではなくそこそこ人生うまくやっている主人公という設定が面白かったです。
      「ズッコケシリーズ」、昔は熱心に読んでいましたが、最近はご無沙汰・・・もともとシビアな展開が多い作風ですが、中年篇はリアルな後味悪さが増すんですよね。
      久しぶりに再読したくなりました。
      こちらは近藤史恵さんの新作が届いたので、近日中に読み始める予定です。

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