はいくる

「すみせごの贄」 澤村伊智

クリエイターは作品を創り出して当然と思われがちですが、人間である以上、創作ペースには個人差があります。心身や周辺環境等の事情により、思うように仕事ができないことだってあるでしょう。シリーズ作品の連載が中断されたり、新作が出ないことがあっても、あまりピリピリせず気長に待った方が、消費者にとっても気楽です。

とはいえ、好きな作家さんの作品がどんどん出たら嬉しいのが人情というもの。おまけにそのレベルが高いなら、これほど幸せなことはありません。多作な作家さんと言えば、最近なら中山七里さん辺りが挙がりそうですが、この方だって負けてはいませんよ。今回ご紹介するのは澤村伊智さん『すみせごの贄』です。

 

こんな人におすすめ

『比嘉姉妹シリーズ』が好きな人

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魔除けの人形に秘められた凄惨な過去、迷宮に閉じ込められた者達の戦いの行方、異様な女性客から垣間見えた酷い運命、不可解な噂のある映画の真実、怪談話が伝わる島で見た悲しい夢、消えた男が失踪前に見せていた奇妙な言動・・・・・謎と恐怖が止まらない、大人気ホラーシリーズ第八弾

 

澤村伊智さんは作品自体の面白さもさることながら、コンスタンスに新作を出してくれるので、とても嬉しいです。今回は、代表作とも言える『比嘉姉妹シリーズ』の八作目。このシリーズにしては、どの話も比較的読後感が良かったことが印象的でした。

 

「たなわれしょうき」・・・いじめにより不登校となった翔太は、気分転換のため、父の知人であるライター・野崎の取材旅行に同行することとなる。取材対象は、滋賀県の某所に存在する<たなわれしょうき>。全国各地に伝わる魔除けの男性像だが、なぜかこの地方のものだけは、掌から肘までが引き裂かれた形をしているらしい。それは、かつて起きた悲惨な事件に由来するようなのだが・・・

あああああ、痛い痛い痛い痛い痛い・・・!!このシリーズには非業の死がわんさか登場しますが、その中でも上位にランクインする痛ましさではないでしょうか。狭い世界特有の陰湿さと相まって、ものすごく嫌な気分にさせられます。とはいえ、翔太や野崎が真っ当な人間であること、<たなわれしょうき>という魔除けアイテムが登場することもあり、後味はそう悪くなかったです。

 

「戸栗魅姫の仕事」・・・主にYouTube上で活動する人気霊媒師・戸栗魅姫。ある時、除霊の依頼により、客が何人も神隠しに遭った旅館を訪れるも、なんと居合わせた少女と共に異空間に囚われてしまう。脱出路は見つからず、飢えと渇きに苦しむ二人の前に、一人の女性が現れて・・・

どれだけ歩き回っても出口のない旅館描写がやたらと不気味で、閉所恐怖症気味の私はゾワゾワしっぱなしでした。それだけに、中盤で比嘉琴子(偽名を使っているけど、絶対にそう)が出てきた時は、まさに地獄に仏状態。また、この手の話にしては珍しく、インチキ霊媒師の魅姫がインチキなりに信念を持っており、予想外の活躍を見せてくれます。いずれ再登場してくれることを期待!

 

「火曜夕方の客」・・・野崎と真琴は、知人のカレー店店主から相談事を持ちかけられる。毎週火曜の夕方、必ず店にやって来る女性客がいるのだが、風体も挙動もなんだか異様。不信感を覚えた店主がこっそり尾行してみると、墓地の近くで姿が消えたらしい。「まさか、彼女は幽霊なのでは」と不安がる店主だが・・・・・

恐怖より悲哀の方を強く感じる話でした。夕方訪れる女性客が、なぜこのような状態になってしまったか、事情を知った後だと哀れで哀れで・・・この客にとって、カレーがどれだけ救いだったことでしょう。どうにか救いのあるラストと思わせて、最後にガクッと落ちる展開、いかにも澤村ワールドですね。

 

「くろがねのわざ」・・・一部の愛好家達の間で語り継がれる映画『惑乱の夏』。有名な特殊造形師・鉄(くろがね)が制作に参加しているのだが、なぜか『惑乱の夏』や鉄を褒めた人間は、命すら危ぶまれるほど体調を崩すらしい。鉄本人は、映画完成後、自殺を遂げているそうで・・・・・

澤村伊智さんの作品の場合、怪異が理屈もへったくれもなく無双するという展開がしばしばあるのですが、この話は謎解きの構成もしっかりしていました。死してなお信念を貫き続ける造形師を、妄執に囚われたエゴイストと見るか、生業に殉じた天才と見るかで、話に対する評価が変わるかもしれません。あと、特撮に関する小ネタがちりばめられているので、詳しい方はきっと楽しいと思います。

 

「とこよだけ」・・・取材のため、先輩ライターとともに無人島を訪れた野崎と真琴。島には奇妙な噂がある上、上陸した人間の中には行方知れずとなった者までいるらしい。探索を続ける三人だが、間もなく先輩ライターの様子に異変が生じ・・・・・

そういうことか!!叙述トリックに見事に騙されました。てっきり先輩ライターさんが話の中心になるかと思いきや、ホンボシはそちらだったとは・・・・・『比嘉姉妹シリーズ』をすべて読んだ身としては、明らかになった真相が恐ろしくも悲しいです。小道具として登場する、島で行方不明になった老人の日記も超不気味でイイ感じ!

 

「すみせごの贄」・・・料理研究家の辻村ゆかりは、失踪した料理人の代理として、とある料理教室の講師を務める。和やかにレッスンが進む中、受講者達は、料理人が失踪直前に見せた奇妙な言動について話し出した。曰く、料理人は、<背が高く痩せた棒のようなお化け>が見えると言い、ひどく怯えていたそうで・・・・・

もはやシリーズ準レギュラーと化した感のある辻村ゆかりが登場します。思えば、表題作に野崎も真琴も琴子も出ないのって、今回が初では?ゆかりが出てきた時点である程度の予想ができる通り、ラストの絶望感は恐らく収録作品中随一です。化物の仕業と見せかけて人怖系・・・と思わせてからの化物オチという畳みかけ方がスリリングでした。とりあえず、ゆかり、お前はもう口を開くんじゃない!

 

『比嘉姉妹シリーズ』の短編集すべてに言えることですが、本作収録作品の時系列はばらばらです。「とこよだけ」は『ばくうどの悪夢』後の話ですし、「すみせごの贄」の意味を理解するためには『ずうのめ人形』と『などらきの首』収録の「悲鳴」を読んでおく必要があります。本作から読み始めるのはお勧めできないものの、先に他のシリーズ作品を読破しておくだけの価値のある、質の高い一冊でした。

 

ホラーとミステリーの混ぜ方が見事!度★★★★☆

シリーズの名キャラクター揃い踏みです度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

     音楽や小説では次から次へ溢れるように出てくる人もいますが、いつか枯れ果てるものかも知れません。
     比嘉姉妹シリーズですね。
     ずうのめ人形しか読んでいませんが、準レギュラーというのが主役になりかわったり意外な伏線だったりするのが良いですね。
     

    1. ライオンまる より:

      現時点における比嘉姉妹シリーズの最新刊です。
      このシリーズ、作品を順に読んでいないと意味が分からない話があるのが難点ながら、本当に面白くて大好きなんですよ。
      過去の作品に出てきた脇役が、後の短編の主役を張ることもしばしばなので、ファンとしては非常に嬉しいです。

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