一説によると、人間の三代欲求(食欲、睡眠欲、性欲)の中で一番緊急度が高いのは<睡眠欲>だそうです。「あれ、食欲じゃないの?」と思う向きもありそうですが、なかなかどうして、睡眠を侮ることはできません。食欲の場合、<断食>が一部の宗教や健康法に取り入れられていることからも分かる通り、適切な条件下での制限なら、心身を害することはありません。対して睡眠欲の場合、満たされない場合の肉体的・精神的なダメージは計り知れないものがあります。眠らせないという拷問が存在することが、その証と言えるでしょう。
そして、心ゆくまで睡眠欲を満たすために意外と無視できないのが<夢>です。いい夢を見れば、翌朝の目覚めも心地良いもの。一方、たとえ寝ること自体はできたとしても、毎日毎日悪夢ばかり見る羽目になれば、睡眠は地獄と化すに違いありません。意識的に夢を作ることは難しいですが、できるだけ環境を整え、いい夢を見たいものですね。今回取り上げるのは、夢にまつわるホラー小説、澤村伊智さんの『ばくうどの悪夢』です。
こんな人におすすめ
夢をテーマにしたホラー小説に興味がある人
この夢に終わりはあるのだろうか---――東京から父の故郷である田舎町に引っ越してきた中学一年生の<僕>。価値観が違いすぎる住民達と馴染めず、おまけに毎晩、謎の悪夢に悩まされている。どうやら複数の人間が同じ悪夢を見ているらしく、なんと夢の中で怪我をすると、現実の体にも傷ができるという事実が判明。ついには人死にまで出てしまい、恐れ慄いた<僕>は父の幼馴染であるライター・野崎とその妻の真琴からお守りをもらうのだが・・・・・これは夢か、現実か。果てのない悪夢の恐怖を描く、人気ホラーシリーズ第六弾
澤村伊智さんの代表作である『比嘉姉妹シリーズ』第六弾です。三作目の『ししりばの家』は比嘉琴子の過去を描く話でしたし、四作目『などらきの首』、五作目『ぜんしゅの跫』は時系列がばらばらの短編集。久しぶりに野崎と真琴の現在の姿を見ることができ、とても嬉しく思うと同時に、彼らの運命がどんどん過酷なものになっていくことにハラハラゾワゾワしっぱなしでした。
<僕>は、近畿地方の小さな町に一家で引っ越してきた中学一年生。売れっ子文筆家の父と、優しく上品な母を持つ<僕>は、粗野でヤンキー根性丸出しの近隣住民達と打ち解けることができません。ストレスのせいか、毎晩、不可解な悪夢を見るようになります。ところがある日、二つの衝撃の事実が判明します。一つ目は、<僕>とまったく同じ悪夢を見る子どもが複数いること。二つ目は、夢の中で傷を負うと、現実世界でもまったく同じ場所に傷ができるということ。これはただの夢ではないと危機感を抱いた矢先、悪夢を見ていた子どもの一人が死亡。まさかこれは、この地方に伝わる<ばくうどさん>の仕業なのか。不安がる<僕>達に、父の旧友である野崎夫妻はお守りをくれました。その効果なのか、悪夢も一旦収まり、胸を撫で下ろす<僕>。そんな彼の前に、謎の女が現れるのですが・・・・・
取り上げておいて言うのもなんですが、本作は非常に感想が書きにくいタイプの作品です。キーワードとなるのは<夢>。作中で描かれる世界は入れ子構造になっていて、どこまでが夢で、どこからが現実か、簡単には分かりません。深く感想を書くと、どうしてもこの辺りの仕掛けのネタバレになってしまうんですよ。とりあえず、「現実だと思っていた出来事がすべて夢だった!」という驚きが味わえることだけは保証しておきます。
それにしても、澤村伊智さんは相変わらず、<本当に存在するであろう嫌な人間>を描くのが上手ですね。元優等生が持つコンプレックスとか、寄せ集めの知識をひけらかす浅はかさとか、思い通りにならないと爆発する幼稚さとか、うんざりするほどリアル。「なんて不愉快な奴だ」「でも、こういう心理って誰にでもあるよな」を両立させる描写力はさすがと思います。前半の<僕>達の奮闘が、いかにもジュブナイル・ホラー小説らしい分、真相発覚後の落差にやられてしまいました。
さらにもう一つ、強烈に印象的だったのは、最強の霊能力者として戦い続けてきた比嘉琴子の人間らしい弱さが見えたところです。いつもクールで、超然としていて、凶悪な化物相手でも決して冷静さを失わなかった琴子。そんな彼女が見ていた<悪夢>があまりに切なく、やるせなくて・・・琴子もまた人間であり、穏やかな幸福を望む気持ちがあったのだと分かって、やりきれない気持ちで一杯でした。
一応言っておくと、本作は今のところシリーズで唯一、はっきりした形で<次作に続く>という終わりを迎えます。このシリーズは、第一作目『ぼぎわんが、来る』以降、基本的に一作一作が独立した形式だったので、なかなか新鮮でした。短編集『ぜんしゅの跫』収録の「鏡」を読んだ後だと、真琴の今後がめちゃくちゃ不安なんですが・・・必ず救いがあると信じて、続きを待とうと思います。
誰でも夢の中では一人きり度★★★★★
幸せな夢から覚めたくない気持ちは分かる度★★★★☆
比嘉姉妹シリーズも六作目なんですね。
1作目から強烈に印象に残りました。
夢とホラーの関係は切っても切れないのでは?と感じます。
このシリーズか櫛木理宇さんに似ているように思います。
鳥越恭一郎の二作目は一作目が印象的過ぎて物足りなさを感じますが、鴉との関係が見事で事件を解決する場面が良かったです。
大好きなシリーズなんですが、将来の不幸を予感させる描写がちらほらあり、ハラハラさせられます。
七作目も刊行されているものの、これは時系列的には「ばくうど~」より前の出来事を描いた中編小説集とのこと。
今後のことが分かるのは八作目かな・・・展開がすごく気になります。
鳥越シリーズの二作目、図書館入庫を今か今かと待っています。
インパクトという意味では一作目の方が強いようですね。
鳥越と<弟>のその後が、ちょっとでも語られているといいなと思います。