はいくる

「なんとかしなくちゃ。青雲編」 恩田陸

とある人物の生涯について書いた本を<一代記>といいます。主人公は実在の人物のこともあれば架空の人物のこともありますが、どちらにせよ社会を大きく動かす出来事に関わったり、歴史上の人物に出会ったりと、波乱万丈な人生を送ることが多いです。最近の作品では、森絵都さんの『みかづき』や柚木麻子さんの『らんたん』などが挙がるでしょう。

しかし、人間、歴史上のビッグイベントに関わる機会がそうそうあるわけではありません。全体的な比率でいえば、波乱万丈とは程遠い、平々凡々な人生を送る人の方がきっと多いはずです。そんな人間の人生を描いた小説はつまらないでしょうか。それがそうとも言い切れないと、この作品が証明してくれました。恩田陸さん『なんとかしなくちゃ。青雲編』です。

 

こんな人におすすめ

問題解決に邁進する女性の一代記が読みたい人

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キモチワルイことを見過ごすなんて到底できない---――四人兄妹の末っ子としてこの世に生を受けた主人公・梯結子(かけはし ゆうこ)。幼い頃から彼女が看過できないのは、身の回りにあるモヤモヤする状況やすっきりしない事象、すなわち<キモチワルイ>状況。では、それらをすっきり片づけるにはどうすればいいか?観察眼を磨き、知恵を絞り、結子は今日も<キモチワルイ>を解決するため邁進する。加熱するお誕生日会問題、生徒会長選挙での応援演説、部活の練習スペースの割り当て騒動、サークル活動で白熱する城攻め論議・・・恩田陸が描く清々しい女性の一代記、青春編

 

未だかつて、これほど作中で事件が起きない恩田作品が存在したでしょうか。『ネバーランド』然り『黒と茶の幻想』然り、恩田陸さんの著作で平凡な一般人が主役だったことは多々あります。しかし、そのどれも、主人公達は大きな出来事に直面し、過去のトラウマを乗り越えたり、人生観を変えたりしました。一方、本作の主人公・結子が出くわすのは、多くの読者が経験したことがあるであろう、ちょっとした出来事やトラブルばかり。それをこれほど生き生きと面白く描ける辺り、恩田陸さんの筆力の高さを感じます。

 

主人公は、商人の家系に生まれた四人兄妹の末娘・結子。幼い頃から合理的な視点を持っていた彼女は、ちょっとしたモヤモヤや引っかかりを<キモチワルイ>と感じ、それらを解決することに喜びを感じる性格でした。なぜ急によその地域の子供達が公園にやって来るようになったのか、経済的に苦しい家庭の子がお誕生日会で恥をかかないようにするためにはどうすればいいか、生徒会長に立候補した友人を勝たせるためにはどんな応援演説が効果的か、夏休み中に客足が減る学生御用達飲食店を盛り上げる秘策とは・・・・・これらの<キモチワルイ>に出くわすたび、結子は周囲の状況を利用し、機転を利かせ、問題解決を目指していきます。

 

結子が考え出すアイデアの数々が、とても現実的かつユニークなんですよ。結子は、聡明で行動力ある少女なのは確かだけれど、特殊能力の類を持っているわけでもなければ天才児というわけでもありません。そんな彼女の武器は、優れた観察眼と発想力。映画『大脱走』で、ジェームズ・ガーナー演じる<調達屋>に憧れているというだけあり、とにかく身近にあるものを利用して状況を好転させようとします。この辺りのプロセスはとても堅実で、本作が小説ではなくビジネス書と言っても通用しそうなほどでした。

 

恩田陸さんが一番力を入れたのは、結子の大学入学後、城郭愛好会での城攻め(会員同士がシミュレーションして討論する)の箇所なんでしょうけれど、私としては小学校~高校までの諸々の方が印象的でした。中でもお気に入りは、仲良しの友達とのお誕生日会の下り。当時、子ども達の間ではお誕生日会を開くことが流行りであり、<いかに高価でセンスのいいプレゼントを持ってくるか>が争いの種になることがありました。これでは、お金に余裕のない家の子は恥をかいてしまいますし、ホスト側にしても、お返しを用意するのが大変です。こうした状況を<キモチワルイ>と感じた結子が考え出した、誰もが気兼ねなくお誕生日会を楽しめるアイデア。これがものすごく優しい上に地に足がついていて、お誕生日会マニュアルとして全国の小学校に配布すべきでは?と思うほどです。我が子がこれほどのアイデアをひねり出せたと知ったら、親御さん、感涙ものだろうなぁ。

 

また、結子を取り巻く登場人物達も、いい感じにキャラが立っています。それも、漫画的な派手さはなく、結子同様、あくまで地に足がついたキャラの立ち具合。結子を温かく見守る個性豊かな家族に、結子にフランス語を教えるS気質たっぷりなフランス人女性、<絶対に笑顔を見せない>と噂の中華料理店店主、城攻め談義を熱心に行うサークル仲間達。人気が集まるのは、宝塚レベルの美人ながら「げへげへげへ」と笑う高校の先輩・歌子かな。冷静で思慮深い結子といいコンビでした。

 

ところで、本作は<私>なる人物の語りで物語が進んでいきます。当初、この<私>は結子本人かと思っていましたが、読み進めるうち、著者の恩田陸さんだと気づきました。作中でちらほらと、恩田陸さん自身が体験した出来事も語られていて、そちらもなかなか興味深いです。<青雲編>と銘打たれているだけあって、本作には結子の就職後を描く続編の構想もある様子。執筆の際は、結子の活躍だけでなく、恩田陸さんに関するエピソードもたくさん取り入れてほしいです。

 

結子の存在は、まさに架け橋(梯)!度★★★★★

恋愛についても触れてほしい度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

     時代小説かと思ったら現代のストーリーでしょうか。
     一見面倒くさいとすら思う主人公の奮闘記が面白そうです。
     夜のピクニックを思い出すような青春ストーリーもありそうです。
     久しぶりに恩田陸さんの作品を読みたくなりました。
     「

    1. ライオンまる より:

      時代小説のようなタイトルが、現代が舞台です。
      ありふれた日常トラブルを知恵で乗り切るヒロイン、好感度大!
      恩田陸さんの、壮大なSF小説も面白いけれど、個人的にはこういう現実世界を舞台にした作品の方が好みです。

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