人が誰にも看取られることなく病気・事故等で死亡することを<孤独死>といいます。死に方の性質上、場所は主に当人の自宅なのだとか。概念自体は明治時代から存在していましたが、注目されるようになったのは一九九五年の阪神淡路大震災後からだそうです。被災者が自宅等で誰にも気づかれないまま死亡する事態が問題視され、それに伴い、これまで<自然死>の一言で片づけられてきた孤独死に関心が集まるようになりました。
孤独死の多くは病気や怪我が原因であり、事件性が考慮されることはあまりありません。ですが、人一人が一生を終える。誰かに寄り添われることなく、すべてを胸に秘めたままひっそりと死ぬ。そんな場所に、思いが残らないなどということがあるでしょうか。今回取り上げるのは、孤独死から浮かび上がる思いをテーマにした小説です。中山七里さんの『特殊清掃人』です。
こんな人におすすめ
特殊清掃業がテーマの小説に興味がある人
引きこもり女性の死が語る知られざる苦悩、経営者の死に場所に残されていたわずかな違和感、亡き旧友が秘めていた本当の願い、資産家の遺産を巡って交錯する三姉妹の欲望・・・・・孤独死の発見現場となった部屋を清掃するのが、特殊清掃業者<エンドクリーナー>の役目。依頼に応えるため現場を訪れた彼らは、そこで様々な人間模様を目撃する。特殊清掃業を通して浮かび上がる、死者が抱えていた思いとは---――
読む前の予想と違い、ミステリーとしてよりお仕事小説としての側面が強い作品でした。プライバシーをはじめとする様々な問題から、特殊清掃業の仕事内容が一から十まで詳細に明かされることはまずありません。日本の場合、<死=不吉><孤独死=寂しく不幸な死に方>という価値観が浸透しているせいもあり、孤独死した遺体や遺品に触れる特殊清掃業は長いこと<人目に触れずひっそりと行われる仕事>とされてきました。本作は、そんな特殊清掃業の仕事に深く切り込むとともに、清掃を通じて浮かび上がる死者の物語を丁寧に描いています。ホラーとはまた違った意味でグロテスクな描写があるので、苦手な方はご注意ください。
「一 祈りと呪い」・・・<エンドクリーナー>の新入社員・香澄は、代表の五百旗頭(いおきべ)と共に、一人暮らしの三十代女性が孤独死した現場に向かう。どうやらこの女性は、勤務先を辞めた後、引きこもり生活を送っていたらしい。酸鼻を極める状態の部屋を片付けている最中、香澄は故人が死ぬ前に書いたと思われる「みんな、滅びろ」という文字を見つけ・・・・・
亡くなった女性が鬱屈した思いを抱えていたことや、そこに家族関係が絡んでいるであろうことは、割とあっさり分かります。彼女の絶望は本当に切実で、生前の胸中を思うと胸が苦しくなるほど・・・なんですが、読者目線としては、やはり壮絶な孤独死現場の描写の方が印象に残ります。蛆と蝿だらけになった室内、尿が溜められたペットボトル、床にべっとりと残った故人の体液・・・序盤の就職面接で五百旗頭が香澄に聞く「鈍感力に自信があるのかな」という質問の意味が分かる凄まじさでした。
「二 腐蝕と還元」・・・今回<エンドクリーナー>が請け負うのは、会社経営者の男性が浴槽内で急死した物件の清掃だ。故人は女遊びの激しい人物で、複数の女性と大っぴらに交際していたという。だが、五百旗頭らは、故人が女性の痕跡を慌てて隠したと思しき形跡を見つけ・・・・・
都市伝説<人肉シチュー>そのままの状態となってしまった遺体が強烈・・・複雑な幼少期を送った末、こんな死に方をした男性には同情を禁じ得ません。最後の展開を見るに、ほんのわずかとはいえ良心らしきものを持っていただろうになぁ。また、この話では<エンドクリーナー>代表の五百旗頭が元刑事だったことが明かされます。この辺りは、いずれ深く語られるのでしょうか。
「三 絶望と希望」・・・<エンドクリーナー>社員・白井は、清掃の依頼内容を見て愕然とする。熱中症で孤独死を遂げた男性・川島は、白井のかつてのバンド仲間だったのだ。バンド解散後も音楽活動を続けていた川島は、いくつもの楽曲を書き遺していた。作業を続ける中、白井は、川島の遺作である曲を、同じくバンド仲間だった美香が自作の曲として発表していることを知ってしまい・・・
タイトルに<希望>と入っているだけあり、収録作品中、一番後味の良い作品でした。芽が出ないまま音楽活動を続けていた川島の思い。それを真正面から受け止めた仲間の思い。終盤で出てきた歌詞の一言一言が胸に染み入ります。途中から<氏家鑑定センター>の氏家京太郎が登場した時は、「おっ」という感じでした。
「四 正の遺産と負の遺産」・・・豪邸の中で孤独死した富豪の遺産を巡り、目の色を変えて争う子ども達。富豪はベッドの下に<三人の娘達に資産を均等に分配する>という遺言状を隠していたが、なぜか長女と次女は顔色を変える。実は二人のもとには、父親の名で、それぞれ自分に有利な形で遺産を遺すという遺言状が届いていたのだ。三通の遺言状の内、果たしてどれが本物なのか。おまけに富豪は生前、自分が家族に殺されると疑っていたらしく・・・・・
前の三話とは、少し毛色の違う話です。故人は社会的に成功した富豪であり、家族は健在。この時点で一般的な<孤独死>とはイメージが違う上、相続争いと偽の遺言状騒動まで絡んできて、状況はさながら火サスのよう。こういう場合、<一番怪しくない奴が黒幕>というのがお約束ですが、果たして・・・?故人が高齢だったこと、結構いい性格をしていたらしいこともあり、比較的悲惨さは薄く、どこか小気味良ささえ感じました。
タイトルからも分かる通り、本作で中心となるのは<エンドクリーナー>であり、特定の主人公はいません。語り手となる職員も章ごとに違い、各自の背景もちらりと記されるのみ。このパターン、中山七里さんとしては少し珍しいのではないでしょうか。特殊清掃業という職務柄、警察や鑑識、弁護士等とも絡めやすいので、今後ぜひ他作品の登場人物も出てきてほしいです。そういえば五百旗頭には、法医学教室に勤める知人がいるそうですが、もしかして・・・?
どの死に方も本当にありそう度★★★★☆
家族がいれば孤独ではない度★☆☆☆☆
遺品整理業のエピソードは結構読んできたつもりですが、ここまでえげつない描写は初めてでした。
エンドクリーナーでの社風も雰囲気も良かったですが、遺体がドロドロになったり体液が染みこんでいて原子力発電所どころか宇宙に行くような装備をしないと仕事にならない現場は流石に想像するのも怖いです。
エンドクリーナーのスタッフに「祝祭のハングマン」に登場するキャラクターも今後登場するのが期待出来そうです。
ショッキングな描写のオンパレードで、どうかすると、話の本筋そのものより印象に残っています。
「祝祭のハングマン」とキャラクターが共通するんですか。
それは楽しみです。
でも、「祝祭のハングマン」、いつ図書館に入るのやら・・・
ややこしい書き方で申し訳ありません。
エンドクリーナーのスタッフが祝祭のハングマンに登場するのでなく祝祭のハングマンに登場するキャラクターはエンドクリーナーのような特殊な職業で、他の作品に登場する可能性があるということです。
祝祭のハングマンに中山キャラクターの登場はありませんが大変に興味深い内容です。
それこそ「特殊鑑定人」や「人名探偵」の山崎岳海のような個性的なキャラクターです。
ちなみに藤崎翔さんの「お隣が殺し屋さん」、澤村伊智さんの」「予言の島」借りて来ました。
あ、なるほど!
勘違いしていました。ご指摘ありがとうございます(^^)
中山七里さんの作品を読む時は、どこかに見知った登場人物がいないか、ついつい探してしまいます。
「予言の島」は澤村伊智さんの作品としては珍しく、オカルト要素のないミステリーです。
田舎文化に対する憧れ・思い込みをばっさり斬る描写もあり、土着ミステリーやホラー好きの私は耳が痛かったり・・・
感想、楽しみにしていますね。