はいくる

「神さま、お願い」 花房観音

自分で言うのもなんですが、私はけっこう信心深い人間です。祖父母の家によく出入りしていたせいもあるのか、里帰りするとまず神棚と仏壇に手を合わせますし、厄年や大きな旅行に出かける時は必ずお祓いをしてもらいます。神仏に手を合わせる。簡単な動作ですが、なんだか落ち着いた気持ちになってきます。

日本は神仏と距離の近い国であるものの、神社やお寺がテーマになった小説はそれほど多くない気がします。ぱっと思いつくのは三島由紀夫氏の『金閣寺』ですが、あれは神仏の力をテーマにしているわけじゃないし、かといって神秘のパワーで神々が大暴れする!みたいな小説はあまり読まないし・・・と思っていたら、いい作品を見つけました。花房観音さん『神さま、お願い』です。

 

こんな人におすすめ

人間の悪意を描いたホラー短編集が読みたい人

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その神社は、どんな願いも叶えてくれる。代償として、自らの血を捧げれば---――意中のあの人と結ばれたい、我が子に幸せになってほしい、恩人の仕事が成功するといいな、親が長生きしてくれますように、家族といつまでも平和に暮らしていきたい・・・・・それは、幸福を祈願する純粋な願いごと、のはずだった。京都を舞台に繰り広げられる、人間の尽きせぬ欲望の末路を描いたホラー短編集

 

舞台となるのは、美と情念の街である京都。下鴨神社の近くにひっそりと立つ、うら寂しい小さな神社が本作で重要な役割を果たします。この神社の社に自分の血を垂らして願い事をすれば、神様が叶えてくれるという噂があるのですが・・・・・もうこの時点で、イヤ~なドロドロホラーの匂いがぷんぷんしますよね。かといって、人知を超えた化物が跋扈するわけではなく、不幸を招くのはあくまで人間の悪意と欲望という描き方が秀逸でした。

 

「安産祈願」・・・主人公・明日菜は、大学の先輩である新倉に片思い中。だが、新倉は明日菜に見向きもせず、別の女性と付き合い始める。二人の間に子どもができたと知った明日菜は、噂の神社を訪れ、二人の子どもが生まれてこないよう祈るのだが・・・

「好きな男と付き合いたい」ではなく「恋敵の子どもが生まれてきませんように」と願う、なかなかショッキングな第一話。こんな願いを、こんな怪しい神社にした時点で、主人公の末路は決まったようなものです。案の定、彼女が迎えた結末は、思い描いた夢とは大きくかけ離れたものでした。ただ、私も主人公のように、ついつい目先の餌に左右されてしまいがちなので、気を付けなきゃな(汗)

 

「学業成就」・・・高校の同級生だった美加子と静香。長じて再会した二人は、偶然にも子どもに同じ小学校を受験させようとしていることを知る。それなら、どちらも受験に成功するよう合格祈願に行こう。二人は北野天満宮に出かけることにするが・・・・・

女同士の間に存在する、見栄や優越感の描写がリアルでした。内心で美加子を見下し、彼女の子が不合格になるよう祈る美加子は、確かに嫌な奴。ですが、彼女の末路を思うと、なんだか哀れさの方を強く感じます。人間、それぞれ身の丈ってあるよねと、実感できるエピソードでした。

 

「商売繁盛」・・・料亭でマネージャーとしてバリバリ働き、新店舗の店長まで任された睦。だが、睦の張り切りとは裏腹に、店の経営状況はあまり芳しくない。尊敬する上司の恩に報いるためにも、もっと売り上げを伸ばさなければ。考えあぐねた睦は、噂の神社に出向き・・・・・

本作のヒロインとなる女性達は、他力本願で視野の狭いタイプが多いのですが、このエピソードの睦は別。誰に頼ることなく職場に居場所を確保し、皆に認められた立派なキャリアウーマンです。そんな彼女の純粋な努力や敬意を踏みにじる者が、一体どんな報いを受けるのか・・・ラストはえらいことになってますが、なんだかハッピーエンドに思えるから不思議です。この話が一番好きですね。

 

「不老長寿」・・・姉に劣等感を抱き、自分はみそっかすだと思って生きてきた主人公・優香。ある時、父が病で倒れたのを機に帰郷し、父の世話をするようになる。その献身的な姿を見た周囲が、自分と姉への評価を逆転させていくのに気づき、密かに満足感を覚える優香だが・・・・・

主人公の願いや行動は怖いんだけど、彼女が長年、姉の陰で小さくなって生きてきたことを思うと、あんまり責める気にはなれません。優香に感情移入してしまったという読者も、案外多いのではないでしょうか。とはいえ、遠方に嫁いだことで今さら薄情娘扱いされる姉も気の毒ですよね。この姉妹、今後どうなってしまうんでしょうか。

 

「縁結び祈願」・・・奈由はクラスメイトの宗太郎のことが大好きな女子高生。高校卒業後、同じ大学に通うようになっても、彼への想いは変わらない。奈由はありとあらゆる神社を巡って縁結びを願うが、効果はいまいち。そんな彼女は、ある時、血と引き換えに願いを叶えてくれる神社の噂を聞き・・・・・

恋愛が絡んでいる点は第一話と同じですが、このエピソードの主人公は、ストレートに片思いの相手との縁結びを願っています。序盤、登場人物達の高校時代から始まることもあって、なんとなくポップで瑞々しい・・・と思わせてからの悲劇エンドが印象的でした。まあ、この神社に願い事した時点で、こんなことになるんじゃないかと思ったけどね。

 

「家内安全」・・・主人公・加奈子の幸せは、夫と息子とともに穏やかに生きていくこと。今年も例年通り一家三人で初詣に行くことができ、ご満悦だ。そんなある日、夫が急に会社を辞め、新しく事業を興すと言い始め・・・・・

ある意味、くだんの神社に祈願したことで一番幸せになったかもしれない主人公のエピソードです。傍から見たら問題山積み、不幸真っ只中なんですが、主人公はそれを丸ごと受け入れてしまっていますもんね。ラスト、満足気な主人公と、彼女を取り巻く光景を想像したら寒気がしました。

 

人を呪わば穴二つ。読了後、そんな一言が浮かぶ一冊です。花房さんの作品にしては官能描写が少ないこともあり、「花房観音さんの小説ってどんな感じ?」と思う方にお勧めですよ。もし仮にこんな神社があったとしたら、私は何を願うのかな・・・

 

もはやそれは願いではなく呪い度★★★★★

神仏に祈る行為は等しく尊いもの度☆☆☆☆☆

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コメント

  1. しんくん より:

     日本人は基本的には仏教・神道だと思いますが、他の国と比べれば信心深いとは言えない気がします。
     我が家は浄土真宗で「南無阿弥陀仏」と唱えれば誰でも極楽浄土に行くことが出来るという親鸞の言葉が印象に残っています。
     受験や就職活動、子供たちが生まれる時は手を合わせました。
     やれるだけのことはやって後は神頼み~人事尽して天命を待つが信条です。
     この作品を読めばそういう考えがどうなるのか?
     内容的にも大変興味深いです。
     人間死んだ後はどうなるのか?と同様、神様は存在するのか?ということは人類の永遠の課題だと改めて思いそうな作品ですね。

    1. ライオンまる より:

      仰る通り、日本人は諸外国と比べ、宗教心が良く言えば大らか、悪く言えば薄い気がします。
      そんな人々が、都合良い時だけ神様にすがればどうなるか?
      そんな身勝手さの行く末が怖かったです。

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