はいくる

「宇宙のみなしご」 森絵都

小学校時代、図書室に置いてあった本は、当然ながら子ども向けの児童書が主でした。それから中学、高校と進むにつれて図書室のラインナップは徐々に大人向けになっていきましたし、自分で本屋巡りをして一般書籍を買う機会も増加。大人向けの本の方が生々しく露骨な描写が多いこともあり、イヤミスやホラー好きの私は児童書から遠ざかりました。

しかし、ある程度の年になってから読み返してみると、児童書は<子ども向け>ではあっても決して<稚拙>ではないことに気付きました。特に、ティーンエイジャー向けのヤングアダルト小説は、文章は平易ながら、この世の心理を鋭く衝いていたり、深刻な社会問題を取り上げたりしているものがたくさんあります。いじめ問題をテーマにしたブロック・コールの『森に消える道』、母子の歪んだ愛情を描いた篠原まりさんの『マリオネット・デイズ』、少年少女が様々なトラブルに立ち向かう宗田理さんの『ぼくらシリーズ』等、どれも心に残る面白い作品です。今回ご紹介するのは、森絵都さん『宇宙のみなしご』。私の大好きなヤングアダルト小説の一つです。

 

こんな人におすすめ

中学生が主役の青春小説が読みたい人

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我が道を行く姉の陽子と、おっとりと優しい弟のリン。年子の姉弟である二人は、多忙な両親の留守中、様々な遊びを実践する。中学生となり、退屈な日常にすっかり飽きた二人が思いついた新しい遊び。それは、夜中に無断で他人の家の屋根に上るというものだった。この遊びに夢中になり、夜な夜な近所を回って屋根に上り続ける陽子とリン。ある日、そこに、陽子のクラスメイトであり、リンの部活仲間でもある七瀬さんが加わることになる。タイミング悪く、三人で屋根に上っている現場を、陽子のクラスでパシリ扱いされているキオスクに見られてしまい---――ままならない毎日を生きる中学生達を描いた、瑞々しい成長物語

 

私は本作で初めて森絵都さんを知りました。確か、中学校の図書室に置いてあったんじゃなかったかな。ほんわかした表紙と柔和な文章。にもかかわらず、中学生達の痛みを丁寧に描写した内容にすっかり魅了されたことを覚えています。この小説を、現役中学生の頃に読むことができてラッキーでした。

 

主人公の陽子は、中学二年の女の子。大好きだった担任教師のすみれちゃんは退職して外国に行ってしまい、毎日に飽き飽きしています。陽子にはリンという一歳年下の弟がいて、二人は共働きの両親が留守中、自分達だけの遊びを考えて実践するのが習慣でした。二人が考えた新しい遊び。それは、夜中に勝手によその家の屋根に上ること。もちろん、バレたら冗談では済まされません。そんな秘密の遊びに夢中になった二人は、手頃な屋根の家を見つけてはこっそり上るようになります。ところが、そこに陽子のクラスメイトの七瀬さんが加わったこと、さらにその現場をクラスのパシリ的存在のキオスクに見られたことで、楽しい時間に少しずつ変化が生じ始めるのです。

 

かつて中学生だったことがある読者全員が「あー、あるあるある!」と頷きまくるのではないでしょうか。小学生ほど子どもでいることを許されず、高校生ほど割り切ることもできない。人生で一番と言っていいほど未熟で、尖り、閉ざされた世代です。こう書くと痛々しくギスギスした作品を連想してしまうかもしれませんが、そこはやっぱり森絵都さん。優しくユーモラスな書き方のせいで、終始穏やかな気持ちで読み進めることができました。

 

何と言っても、主人公姉弟のキャラが魅力的すぎるんです。姉の陽子は人目を気にしない行動派で、女子特有のグループ抗争に目もくれず、どんな時も胸を張って堂々としています。対する弟のリンは、誰にでも分け隔てなく優しく、細かいところに気が付くおっとりタイプ。この二人の丁々発止のやり取りや、子どもの頃から実践してきた遊びの数々が面白すぎて、油断すると噴き出してしまうこと必至です。

 

物語が進むにつれ、ここに、陽子のクラスメイトである七瀬さんとキオスクが関わってきます。七瀬さんはクラスでも一番物静かな女子グループに属する大人しい女の子。キオスク(あだ名)は、「自分は世紀末の大戦で戦う戦士だ」という妄想を抱えており、男子達のパシリにされています。この二人を通して垣間見える、グループ内での嫌がらせとか、はみ出し者に対する残酷な扱いとかがめちゃくちゃリアル!<集団での殴る蹴る>とか<何十万もの金銭を巻き上げる>とかいった明確な犯罪行為がない分、親も教師も助けてくれないんですよね。キオスクの<人をパシリ扱いするのはダメだけど、こんな立ち居振る舞いじゃ友達できないよね>と思わせる描写も上手かったです。そりゃいきなり「君も戦士なんだ」とか言われたら、陽子だってウンザリするよなぁ・・・

 

この手の作品の場合、大多数の大人キャラクターは傲慢だったり無神経だったりするものですが、本作に出てくる大人は、多少鈍感ではあっても悪人じゃありません。海外に行ってしまった元担任・すみれちゃんは別格として、基本的に全員、まっとうな人ばかりです。そういう意味でも後味が良く、読後感はすっきり爽やかでした。唯一にして最大の欠点は、<夜中に他人の家の屋根に勝手に上る>という行為が、危険すぎる上にそもそも犯罪である点でしょうね。ここをちゃんとフィクションと理解した上でお楽しみください。

 

この場にいないすみれちゃんの存在感が大きすぎる度★★★★☆

彼らの挑戦が続きますように度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    最近読んだ奥田暎朗さん「沈黙の町で」~中学生が最も残酷で不安定な年代であるという文章を見て共感しました。
    不安定な年代を描いた辻村深月さんの作品や宮部みゆきさんの「ソロモンの偽証」など中学生を主人公にした小説も多いですが読んでいて思ったのはこの時期の経験が学生時代で最も人生に影響するのではないか?
    この作品も何となくそういう雰囲気を感じます。
    森絵都さんは「みかづき」以来何冊か読んでますが、子供たちの成長を見れるのが特に面白そうです。これも読んでみたいですね。

    1. ライオンまる より:

      中学生が抱えるもどかしさ、ままならなさの描写が秀逸でした。
      「沈黙の町で」「ソロモンの偽証」のように人死にが出るわけではなく、何気ない日常を試行錯誤しながら
      生きる主人公達の姿が瑞々しかったです。
      個人的には「みかづき」よりこちらの方が好きだったりします。

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