ホラー作品は、大きく分けて二つのタイプがあると思います。それは<自業自得>系と<理不尽>系。前者は、恐怖体験をする原因が(善意悪意は問わず)自分自身にあるタイプで、五十嵐貴久さんの『リカ』や今邑彩さんの『赤いべべ着せよ・・・』などがこれに当たります。
後者の<理不尽>系はというと、主人公サイドには何の落ち度も因果もなく、「そこにいたから」「怪異に目を付けられたから」という理由で恐ろしい思いをするタイプの作品です。登場人物が何か原因となる行動を取ったわけではないので、読者に「もしかしたら私もこんな目に遭うかも・・・」と思わせる怖さがありますね。例を挙げると、明野照葉さんの『棲家』や、ブログでも紹介した小池真理子さんの『墓地を見おろす家』などがあります。先日読んだホラー小説も、このタイプの作品でした。澤村伊智さんの『ひとんち』です。
こんな人におすすめ
バラエティー豊かなホラー短編集が読みたい人
我が家でだけ通じる不思議な習慣、小学生たちを苦しめる不気味な悪夢、異様な風体の母子の謎、平凡な映像の中に紛れ込んだ禍々しい影、善良な青年が抱える驚愕の秘密、とある妖怪を追いかける男たちが見た恐怖、友人の頼み事を引き受けた男の末路、合宿から帰宅した少年を待ち受けていたもの・・・・・何気ないきっかけから異界へ踏み込む人間たちの運命を描いたホラー短編小説集
澤村伊智さん、初のノンシリーズ短編集です。前回の短編集『などらきの首』は『比嘉姉妹シリーズ』の中の一作でしたが、これは収録話すべてシリーズ外作品。他作品との繋がりはまったくないので、これまで澤村さんの小説を読んだことがない方でも安心ですよ。
「ひとんち」・・・ひょんなことから再会した幼馴染の女三人。一人の家に集まって昔話に花を咲かせる内、互いの家の話になる。「どの家にも、そこでだけ通じる言葉や習慣があるよね」と盛り上がるのだが・・・・・
<よその家にはその家独自のルールがある>という、ありふれた話をうまく利用したホラーです。家族間でしか通じない言い回しや風習。「うちもそういうのあるよ!」「うちもうちも」という和やかなやり取りが段々通じなくなっていき、恐ろしい誤解が明らかになる瞬間と来たら・・・終盤の流れも怖いですが、最後数行で予想外の真実が分かる展開は鳥肌ものでした。
「夢の行き先」・・・不気味な老婆に追い回される夢を見て悩む小学生・晃。おまけに夢は一晩では終わらず、繰り返し晃を苦しめる。ある時、夢の話をクラスメイトにこぼした晃は、驚くべき事実に気付き・・・・・
薙刀を持って追いかけて来る老婆の描写が超怖い!<眠る>という絶対不可避な行為に怪異が侵食してくると、恐ろしさもひとしおですね。おまけにその夢を見たのは晃一人ではなく、どうやら見る人間にはある<法則>があると分かって来るのですが・・・いかにも夢をテーマにしているらしい、あやふやでもやもやした不気味さが印象的です。オチは色々と解釈できそうですね。
「闇の花園」・・・小学校に臨時教師として赴任した吉富は、受け持ちのクラスで飯降沙汰菜(いぶり さたな)という女生徒の異様さに気付く。季節を問わずゴスロリファッションに身を包み、生徒とも教師ともまったく交流を持たない沙汰菜。調べたところ、どうやら原因は沙汰菜の母親にあるようで・・・・・
まさかこう来るとは!という感じです。澤村さんと言えば、土着的・民族的なホラーというイメージがあるので、同じホラーでもこういう分野に切り込むとは意外でしたね。いかにも問題ありそうな母子と関わり、少しずつ事態が好転していくと思いきや、終盤で明かされるまさかの真相。主人公の吉富が、少々独りよがりながら善良な教師である分、この末路は哀れでした。
「ありふれた映像」・・・ママ友と一緒に互いの子どもを連れてスーパーを訪れた主婦。ふと気づくと、子どもが店内のテレビをじっと眺めている。何の変哲もない映像が流れているように思えたが、子どもに言われるがまま目を凝らして見てみると・・・・・
私が一番気味悪いと感じたエピソードです。待ち合わせなど、手持無沙汰な時、店内テレビで流れるCMをぼーっと眺めることって結構ありますよね。もしその映像の中に恐ろしいものが映っていたら。そんな、絶対あってほしくないけどありそうな恐怖が臨場感たっぷりに描写されてました。ちなみにここで出て来るスーパーは、第一話にも登場しており、これらがすべて同じ世界での出来事なんだと感じさせます。
「宮本くんの手」・・・とある編集部で働く宮本くん。社員としては何の問題もないのだが、唯一、手が異常に荒れるという悩みを抱えている。病院でも原因が分からないという彼の手荒れは、日を追うごとにどんどん酷くなっていき・・・・・
宮本くんの手荒れから導き出される秘密も怖い。その秘密を自覚してしまった宮本くんの行動も怖い。でも、一番怖いのは、目を覆いたくなるほど酷い手荒れの描写(汗)!ぼろぼろにヒビ割れ、皮が机の上にこんもり積もるくらい剥けるだなんて、想像しただけでゾッとします。幽霊でも妖怪でもない、ただの手荒れシーンにこれだけ嫌悪感を抱かせられるなんて、正直、予想外でした。今後、自分の手荒れを見るのが怖いです。
「シュマシラ」・・・かつて販売されていた、UMAをモチーフにした食玩シリーズ。その中に唯一、元ネタがまったく分からないキャラクターがいるという。主人公らはあれこれ調べた末、どうやらとある妖怪が原型らしいと突き止めるのだが・・・・・
ここまでの話は、いまいち正体が分からない怪異が主役でしたが、このエピソードでは<シュマシラ>という妖怪が恐怖の原因だとはっきり分かっています。分かっていても有効な対処法がなく、おろおろと巻き込まれていく人間たちの描写が秀逸ですね。中盤、主人公たちが恐らく異世界らしき土地に迷い込む場面があるんですが、その不気味さ、緊張感や不安感の描き方がすごくすごく丁寧で恐怖度倍増でした。
「死神」・・・主人公は急用で一カ月里帰りする友人から、植物とペットの世話をしてくれないかと頼まれる。快諾する主人公を襲う奇妙な現象。突如として消える記憶、次々死んでいくペット、おまけに友人と連絡も取れなくなり・・・・・
チェーンメールやテレビから化け物女が這い出して来る某ホラー作品と同じく、<誰かに押し付けることで回避できる不幸>をテーマにしたエピソードです。そういえば私も子どもの頃、不幸の手紙が本気で怖かったなぁ。全体にじめ~っとした不気味さが漂っていて、正統派ジャパニーズホラー感を味わえました。この手の話の<誰かに押し付けたところで結局不幸になる>というお約束を踏襲しているところも良かったです。
「じぶんち」・・・合宿を終えて数日ぶりに帰宅した主人公は、すぐさま自宅の異変に気付く。家の中の電化製品はすべて動いているのに、家族の姿が見えないのだ。おまけに主人公宛の謎めいた書置きが残されていて・・・・
第三話とは違った意味で「澤村さん、こういうホラーも書くんだ!」と驚かされました。安心できるはずの我が家に漂う違和感、見慣れた調度品に生じる微かな異変、行き先も告げず消えてしまった家族・・・泣くでしょ、こんなの!主人公がこの先味わわなくてはならない絶望を思うと、私まで気が滅入ってきます。タイトルが「じぶんち」で、第一話であり表題作の「ひとんち」と対になっている点も面白いですね。
<こんなことが現実に起きたら>という恐怖感を演出するためか、収録作品すべて明確な謎解きはありません。その効果は抜群で、いかにも日本の怪奇譚らしい陰湿な恐ろしさを堪能できました。暑い夏、背筋をひんやりさせるのにぴったりです。
どれもこれも得体が知れない度★★★★★
怪奇現象とは理不尽なもの度★★★★☆
澤村伊智さんの作品はまだ未読です。
この短編集なら初読みに良さそうです。
「家守」が物理的、人為的な要素に対して理不尽で非科学的に巻き込まれる~どれも怖いですが面白そうです。
他の澤村作品とのリンクが一切ないので、初読みでも楽しめると思います。
ただ、「こんなことが本当にあったら・・・」という臨場感を重視しているせいか、謎解きや種明かしのようなものはほとんどありません。
きちんと謎解きのあるホラーが好きなら、消化不良に感じるかもしれませんね。