誰しも「こういう人間になりたい」という理想があると思います。依存心が強く運動神経ゼロの私の理想は、男性顔負けの戦闘をもこなす強い女性。映画『バイオ・ハザード』シリーズのミラ・ジョヴォヴィッチなんて、まさに理想そのものでした。
映画のキャラクターなどは難しいにしても、理想に向けて邁進する人は素敵です。努力する姿は美しく、周囲の尊敬を集めることでしょう。ですが、あまりに「理想」を追い求めるあまり、「本当の自分」が押し潰されてしまったら・・・?それはもう妄執としか言えないのではないでしょうか。この本を読んで、そんなことを考えました。春口裕子さんの『女優』です。
こんな人におすすめ
女性の嫌な面を扱ったサスペンス小説が読みたい人
美しい容姿、洗練された立ち居振る舞い、世間でも名の知れた勤め先。それらすべてを持つ平川佳乃は、周囲の誰をも魅了する才色兼備の女性・・・・・のはずだった。完璧であるべき佳乃の人生が、些細な出来事の積み重ねで歪み始める。予想外の人事異動、付きまとってくる男、不穏な投書、そして女友達の不審死・・・翻弄され、仮面が剥がれ落ちたその先で佳乃を待ち受けていたものとは。
これは褒め言葉ですが、読んでいて疲れる作品でした。決して読みにくいわけではなく、それどころかむしろ文章自体はとても平易で柔和。ですが、主人公の狂気すら感じる努力の仕方が凄まじく、読みながらゲンナリしてしまうのです。
主人公・佳乃は大手化粧品メーカーに勤めるキャリアウーマン。美人で聡明、気立ても良い彼女は友人や恋人、良き仕事仲間にも恵まれ、活き活きと人生をエンジョイしている・・・というのが佳乃の理想の人生。そんな理想像を守るため、佳乃は長年に渡り、尋常ならざる努力を続けてきました。そうして手に入れた<パーフェクトウーマン>という周囲からの評価。ところが、人事異動で華やかな広報部から味気ない(と佳乃が思っている)法務部に移ったことで、佳乃の人生設計が少しずつ狂い、綻びていくのです。
とにもかくにも、佳乃の執念の凄いこと凄いこと。地味な法務部に異動したことを隠そうと、広報部時代の名刺を配りまくり、家族や友人には「絶対に会社に電話しないで。用があるなら携帯電話にかけて」と念押しする。料理教室で「さすが佳乃さん、料理上手ね」と言われたいがために、レッスンで作る料理を事前に自宅で練習する。「語学に堪能な才女」と思われたいがために、知人の白人男性を雇って人前で英語で話しかけてもらうetcetc。自分磨きに惜しげもなく散財するため、自宅は汚部屋化、貯金も尽きかけている有様ですが、まったく気にも止めません。
佳乃の凄いところは、自宅以外のすべての場所で自分を美しく華やかに見せようと装っている点です。「異性や上司の前でだけ恰好つける人」は結構いますが、佳乃の場合は老若男女すべてに憧れられ、褒め称えられる人になりたいと真剣に願っています。そんな彼女が、異動やストーカー一歩手前の男、とある投書騒動などで少しずつ追い詰められ、理性を失っていく様子は痛々しかったです。
冷静に考えれば、佳乃は何一つ失ってなどいません。広報部から法務部への異動は別に左遷というわけではなく、上司や後輩から嫌われているわけでもない。美人で健康、勤め先は有名企業で定期的に会う女友達もいる・・・客観的に見て平均以上に恵まれた立場にいるはずなのに、ただ「自分の理想と違う」というだけで神経を尖らせ、疲弊していく佳乃。ここまで来るともはや「理想」ではなく「呪縛」だなと思わせるほどの追い詰められっぷりでした。
で、ここで絡んでくるのが、佳乃と女友達との関係です。特に注目したいのは、料理教室仲間でもある沙耶とのやり取り。美人な上に大企業勤務という共通点を持つ二人は、表面上は親友同士というスタンスを取りつつ、隙あらば互いの粗を見つけ、自分が優位に立とうと躍起になっています。このマウンティングの応酬がネチネチと嫌らしいったら!同じ女として、女友達とはこんなんばかりじゃありませんよと、世間に訴えたくなるほどの陰険さなんです。この沙耶が不審死を遂げ、警察が事情聴取を始めた時、周囲には二人の確執がバレバレというのがなんとも皮肉でした。
佳乃の怨念すら感じる頑張りようが目立つ作品ですが、他にも見所はあります。プロローグに登場する孤独な少女、家族にさえ荒々しく接する引きこもりの女性、佳乃が唯一弱味を見せられるネット仲間<キョウコ>などなど、心に闇と傷を抱えた女性たちが目白押し。ミステリーとしてはビックリ仰天の大どんでん返しがあるわけではありませんが、女性の見栄や計算を嫌と言うほど味わえる名サスペンス小説でした。
演じたい気持ちは誰にでもあるよ度★★★★☆
なるほど、だからこのタイトルか度★★★★☆
湊かなえさんと垣谷美雨さんと新津きよみさんのストーリーを合わせたようなイメージですね。
八方美人で容姿にも頭脳にも恵まれているのにそれが返って重荷になってしまうイヤミスはありがちなストーリーですが、それから一歩踏み込んだ展開が期待出来そうです。
雰囲気としては新津きよみさんに一番近い気がします。
「恵まれていないのにプライドだけ高い」ではなく「恵まれているのに満足できない」という設定がユニークでした。
見事なホラーサスペンスでした。
恵まれているのに満足出来ない欲望そのものが他人から妬まれるだけでなく嫉妬までかう~ということをリアルに見せつけられました。
ここまでお金や時間を使って見栄を張るのは呪縛や中毒だとだえ思いました。
ラストの母校での展開で、美紀子や沙耶、恵の意外な本音や裏でも複雑な事情もまたリアルでした。
そんな大ピンチに刑事がかけつけると思ったらストーカーが助けに来るというラストも意外でした。
少しは呪縛から逃れられ佳乃の今後をもう少し詳しく描いて欲しいと思いました。
これから春口さんの作品にハマりそうです。
好きな作品なので、しんくんさんが気に入ってくれて嬉しいです(^^)
人間の底なしの欲望がリアルに描かれていましたよね。
あのストーカー、最後は絶対に佳乃に危害を加えに来るかと思ったら、まさか命の恩人になるとは・・・
春口さんは多作な方ではありませんが、作品のレベルは総じて高いと思うので、楽しんでくださいね。