はいくる

「夜夢」 柴田よしき

<夜>という時間帯には二つの顔があります。一つは、太陽の光が消え失せ、(場所にもよりますが)昼と比べて人気が少なくなり、なんとなく不気味さや心細さを感じさせる顔。キリスト教において夜は神の救済が届かない闇の領域ですし、日本神話でも、ツクヨミという神が殺生を犯して追放されたことで夜の世界が生まれたとされています。その一方、夜には安らぎや落ち着きを感じさせる顔もあります。実際、一日の仕事を終えて自宅で寛いだり、眠ったりできる夜が一番好きという人は結構いるのではないでしょうか。

夜をテーマにした小説は数えきれないほどありますが、私が印象に残っているのは赤川次郎さんの『夜』と、恩田陸さんの『夜のピクニック』。前者は大地震で孤立した人々の夜を描くパニックサスペンス、後者は<歩行祭>という行事を通して成長していく高校生達を描いた青春小説でした。どちらも読み応えある良作ですが、そこそこボリュームがあるため、空き時間にさらりと読むには不向きかもしれません。というわけで今回は、夜をテーマにした読みやすい短編集を取り上げたいと思います。柴田よしきさん『夜夢』です。

 

こんな人におすすめ

人の業を描いたホラー小説が読みたい人

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月明りの下で男が披露する舞台の行方、旧友の招待に応じた男を待つ恐ろしい運命、すべてを手に入れたはずの権力者が直面した恐怖、頑なに海へ行くことを拒む夫の秘密、アイドルと同姓同名の女性を襲う悲劇、男に騙され転落していく女が唯一望んだもの・・・・・日常を踏み外し、狂気の世界に堕ちていく人間たちを描いた愛憎ホラー短編集

 

あとがきで柴田よしきさん本人が書かれている通り、本作のテーマは<夜>です。ただし、単に時間としての夜ではなく、<人々が普通に生活を営む世界=昼>とした場合の<夜>。明るい日の差す世界が遠ざかり、暗闇がじわじわ侵食してくる描写が秀逸でした。短編集なだけあって『RIKOシリーズ』や『麻生龍太郎シリーズ』のような重厚感はないものの、サイコホラー好きなら堪らないと思います。

 

「月夜」・・・真っ暗な山中、一人で車を走らせる主人公。突如、目の前に血まみれの女性が現れる。山道に不似合いなワンピース姿を不審に思いつつ、主人公は彼女を助けることにするのだが・・・・・

夜中に出くわした不審な女性と車内で二人きり、という怪談話の王道を行くエピソード。とはいえ、単純に<彼女は幽霊でした>という話ではなく、主人公側にも暗い影を背負わせる辺りが巧いですね。オチの意味は解釈が分かれそうだけど、要するにそういうことなのかな?ラストのお年寄りの会話がなかなか不気味です。

 

「フェアリーリング」・・・主人公は結婚した元同僚の招待を受け、新婚夫婦の家を訪れる。あまり乗り気ではないながら泊まっていくことになり、翌日は三人で登山をすることに。そこでは、想像を絶する恐怖が主人公を待ち受けていた。

ファンタジックなタイトルとは裏腹に、状況を想像するとけっこうグロテスク・・・まあ、この主人公の身勝手さもかなりのものだし、自業自得・因果応報の自滅譚と言えるのかな。ちなみにタイトルの<フェアリーリング>は実際に存在する科学現象で、ネットで検索するとその名にふさわしい、ちょっとミステリアスで可愛い画像が出てきます。ただ、このエピソードを読んでから画像を見ると、また違った感想が生まれるかもしれません(汗)

 

「ウォーターヒヤシンス」・・・子どもの頃から母に疎まれ、失敗続きの人生を送ってきた主人公。そんな主人公にも恋人ができるが、恋敵に奪われそうになった挙句、彼の子どもを流産してしまう。私は幸せになれない運命なのか。打ちのめされる主人公だが・・・

基本的にバッドエンドで終わる話ばかりの中、辛うじて希望を感じるエピソードです。幼少期からの主人公の不運人生がかなり気の毒な分、彼女が強い意志を持って行動しようとする姿に救いを感じました。まあ、傍目にはかなり茨の道なんでしょうが、本人が承知の上ならいいのかな。

 

「つぶつぶ」・・・主人公は小学校時代、靴底の隙間にびっしり挟まった小石を見て以来、つぶつぶのものが怖くて仕方がない。だが、成長するにつれ対処法を見つけ、恐怖を克服したかに見えた。そして、人生の転機となるはずの日、意気揚々と進み出た主人公が見たものとは・・・・・

つぶつぶつぶつぶつぶつぶ・・・繰り返されるつぶつぶ描写に、苦手な人は本気で気分が悪くなるのではないでしょうか。蓮コラなどでも知られる通り、穴や点の集合体が嫌いな人って結構多いですからね。あと、作中ではさらりと触れられるだけですが、終盤の主人公が置かれている状況って一体・・・?想像すると、つぶつぶとは別のベクトルで怖いです。

 

「語りかける愛に」・・・お見合いで結婚した夫と程々に平穏な日々を送る主人公。夫は誠実で優しいが、なぜか海に行くことを嫌がる。そんなある日、主人公のもとに、夫がかつて婚約していた女性の妹を名乗る女性が現れて・・・

第三話同様、「本人はいいんだろうけど、これって幸せなの?」と思ってしまうエピソードです。前半では穏やかだった夫の豹変ぶりも怖いけど、真意を知ってしまえば少し気の毒なような気も・・・ちなみにこの話、クトゥルフ神話の設定が根底にあります。知っていれば面白さが増すと思うので、お時間がある方は調べてみてはいかがでしょうか。

 

「夕焼け小焼け」・・・幼い頃、母が自殺した光景を見たことがきっかけで、主人公は赤い夕焼けに恐怖心を抱くようになる。成長後、都会に出て恋人と暮らし始めても、夕焼けの記憶が消えることはない。そんな主人公をよそに、恋人はどんどん道を踏み外していき・・・

これは怖いというよりも哀れで切ないなぁ。身勝手さが原因で転落する主人公が多い中、この話のヒロイン・春菜は、ちょっと軽率ながら悪人というわけではないので尚のこと可哀想です。恋人だって、賢くはないにせよ、春菜のことはちゃんと好きだったみたいなのに・・・哀愁漂う物語に、真っ赤な夕焼けの描写がよくマッチしていました。

 

「顔」・・・美少女アイドルと同姓同名だったことで、今まで何度も恥ずかしい思いをしてきた主人公。だが、同僚から化粧を褒められたことで彼女の人生は一変する。化粧さえ上手になれば、私もあのアイドルと同じくらい美しくなれる。主人公は日に日に化粧にのめり込んでいくが・・・・・

得体の知れない恐怖が目白押しの本作の中、このエピソードは人間の狂気の恐ろしさが描かれています。内気で地味だった女性が化粧にハマるにつれて正気を失っていき、越えてはいけない一線を越える描写は鳥肌ものでした。ラストの光景なんて、文章で読んでも怖いんだから、実際に見た日には一生トラウマになること確実です。

 

「毒殺」・・・主人公は、自分が毒殺されるのではないかという恐怖を抱えている。その原因は、かつて父親が毒入りの飲み物で死にかけたことがあるから。恐怖に耐えかね、知り合いに相談する主人公だが・・・・・

結局、諸悪の根源は一体誰だったのでしょう。主人公の狂気は凄まじいけれど、彼女の父親も相当なもの。当人同士は自業自得ですが、巻き込まれた人は堪ったものじゃありません。終盤の光景を思い浮かべるとなかなか壮絶ながら、やったことを考えればふさわしい末路と言えるのではないでしょうか。

 

「願い」・・・欲張らず、人に譲ることでつつがなく暮らせてきた主人公。そんな彼女が恋した男は、あの手この手で彼女から金を引き出していく。甘い言葉が嘘だなんて百も承知。それでも彼に求められたい。貢ぎ続ける主人公だが、やがてすべてが露見する日がやって来て・・・・・

正直、このラストは予想外でした。母親の再婚により異父妹ができた主人公が、家庭内に居場所を得るため、すべての欲求を押し隠して<いい子>を演じ続けてきたというのがやるせない・・・でも、継父や異父妹、職場の同僚達ともいい関係を築けていたようだし、もっと前向きなやり方で欲求を表す術を学んでほしかったな。クズ男の末路がもう少し見たかったです。

 

この九話は、どことも知れぬ地に集まるホームレス達が一話ずつ語っているという設定で、話の合間合間に彼らの会話が挟まります。最初は分からなかった語り部達の素性が、話が進むにつれ少しずつ分かってくるという構成が面白いですね。ただ、どの話も過去にアンソロジー等に収録されたことがあるので、場合によっては「読んだ話ばかりじゃん!」となってしまうかもしれません。収録作品をよく確認してから手を出すことをお勧めします。

 

怖いのに、情景描写はどれも美しい度★★★★★

あとがきも読んだ方がいいですよ度★★★★☆

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コメント

  1. しんくn より:

    柴田よしきさんがサイコホラーとは珍しい印象です。
    「風のベーコンサンド」のように爽やかなイメージがありますが、濃厚な人間関係と心理を細かく描いた、それでいて爽やかな作風が好きでしたが、この作品はかなり辛辣そうで重たい内容ですが読んでみたいですね。
    どの短篇集も興味深いです。
    公転と自転による物理現象の朝と夜~そんな宇宙神秘が人間の心理に関わっているようでどこか壮大なイメージも期待出来そうです。

  2. しんくん より:

    柴田よしきさんの作品は風のベーコンサンドや女子大生の鉄道のシリーズなど爽やかで情緒溢れる作品のイメージでしたが、ホラーとは珍しい。
    仕事がら夜勤が多かったので昼より夜の方が好きですが、現代だからこそ~昔の夜は恐怖の対称だったと思います。
    どれも重たそうな内容ですが柴田よしきさんらしい作風が含まれていることに期待したいです。
    中山七里さんの毒島刑事最後の事件を借りてきました。

    1. ライオンまる より:

      数こそ少ないですが、柴田よしきさんのホラーは人間の暗部を鋭く衝いた佳作揃いですよ。
      特に女性の心理描写が秀逸で、読みながらハッとさせられることが多かったです。

      毒島刑事の新作をもう借りられたなんて羨ましい!!
      私的・好きな中山ワールド登場人物ランキングで第一位のキャラなんですが、こちらの図書館にはまだ入荷すらしていません(涙)
      もう買っちゃおうかなぁ・・・

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