ミステリー

はいくる

「こうして誰もいなくなった」 有栖川有栖

一口でミステリーと言ってもそこには様々なジャンルがあり、人それぞれ好みが分かれます。刑事が地道な捜査で真相を暴くモダンなものが好きな人がいれば、時刻表トリックが駆使されたトラベルミステリーが好みだという人、殺人鬼が暴れ回るホラー寄りの作品に目がないという人もいるでしょう。私はといえば基本的にどんなジャンルも好きなのですが、一番心惹かれるのは吹雪の山荘や絶海の孤島を舞台にしたクローズド・サークル作品です。

この手のジャンルで最も有名なのは、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』ではないでしょうか。陸地から遠く離れた孤島、どことなく不気味な童謡、その歌詞通りに殺されていく招待客たち・・・この設定を見ただけでワクワクしてきます。超有名小説なので影響を受けた作品もたくさんあるのですが、今回はその中の一つを取り上げたいと思います。有栖川有栖さん『こうして誰もいなくなった』です。

 

こんな人におすすめ

ホラー、ミステリー、ファンタジーなど、バラエティ豊かな短編集が読みたい人

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「あぶない叔父さん」 麻耶雄嵩

<身内同士が協力して(あるいは影響を受けて)事件に挑む>という設定は、バディ系ミステリの王道パターンです。刑事や探偵というならともかく、素人が謎解きに挑戦する場合、「そもそもなぜ彼らは組んで事件を追うのか→身内で信頼できるから」という理由づけがしやすいからかもしれません。

このパターンの場合、親兄弟が協力するケースって少ない気がします。私が知る限り、親子で協力し合うのは都築道夫さんの『退職刑事』、兄弟は綾辻行人さんの『殺人方程式シリーズ』くらい。あとは、中山七里さんの『TAS 特別師弟捜査員』での従兄弟、宮部みゆきさんの『淋しい狩人』での祖父と孫のように、親兄弟より少し離れた関係の方が多いように思います。親兄弟だと繋がりが近すぎる分、色々と面倒も多いからでしょうか。この作品の場合は、<叔父と甥>でした。麻耶雄嵩さん『あぶない叔父さん』です。

 

こんな人におすすめ

皮肉の効いたミステリが読みたい人

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「鬼の跫音」 道尾秀介

<鬼>という言葉を聞くと、頭に角を生やし、口から牙がむき出しになった猛々しい姿を想像する人が多いと思います。意外かもしれませんが<鬼>の語源は<隠(おぬ)>が転じたものであり、本来は<姿が見えないもの>という意味なんだとか。能楽で鬼が<人が孤独や憎悪などから怨霊と化したもの>として描かれるのは、案外、この辺りに理由があるのかもしれません。

現代を生きる身としては、角を生やして棍棒を振り回す鬼よりも、何らかの理由で鬼になってしまった人間の方が恐ろしいです。この短編集の中には、鬼になった、あるいはならざるをえなかった人間がたくさん登場します。道尾秀介さん『鬼の跫音』です。

 

こんな人におすすめ

人間の怖さをテーマにしたホラーミステリが読みたい人

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「黒いシャッフル」 松村比呂美

あいつさえいなければ・・・誰しも一度や二度、そんな思いを抱いたことがあると思います。とはいえ、実際に憎い相手を<消す=殺す>決断をする人間は少数派。理由は色々あると思いますが、その一つは「殺してやりたいが殺人犯として逮捕されるのは嫌」というものでしょう。そこでフィクション界の登場人物たち(もしかしたら現実の人間も)は、自分が逮捕されずに済むよう、様々なトリックを駆使するわけです。そのトリックの一つに<交換殺人>があります。

殺意を持った複数の人物が、互いの標的を交換して殺害する交換殺人。実行者自身は標的に殺意を持っていないため動機の線から辿られることはなく、殺意を持っている人物が犯行時に強固なアリバイを作っておけば、警察も逮捕することはできません。ミステリーとしては面白いテーマですが、扱っている作品は意外と少ない気がします。ダイイングメッセージや見立て殺人などと比べると視覚的なインパクトに欠ける上、<裏切られるリスクを抱えてまで、なぜ交換殺人を行うのか>という疑問をクリアするのが難しいからでしょうか。最近読んだ交換殺人ものの小説と言えば、松村比呂美さん『黒いシャッフル』。上記の疑問を上手くさばいていたと思います。

 

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女性目線のイヤミスが読みたい人

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「本と鍵の季節」 米澤穂信

子どもの頃から本好きだった私は、当然ながら図書室や図書館も大好きでした。本屋も好きですが、やはり<その場で好きなだけ本が読める>というシチュエーションは魅力です。学生時代の委員会は当然のように図書委員。紙の劣化防止のためエアコンが設置されていた快適さもあり、半ば<ぬし>扱いされるほど図書室に入り浸っていたものです。

ここでふと思うのは、<図書館>をテーマにした小説は数多くあれど、<図書室>がテーマのものが意外に少ないということです。私が今まで読んだことのある小説に限って言えば、瀬尾まいこさんの『図書館の神様』と竹内真さんの『図書室のキリギリス』くらいしか思いつきません。ですから、この作品では図書室がメインの舞台と知り、読むのを楽しみにしていました。米澤穂信さんの『本と鍵の季節』です。

 

こんな人におすすめ

ほろ苦い青春ミステリーが読みたい人

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「ファンレター」 折原一

ファン。それは、特定の人物や事象の支援者・愛好家を指す言葉です。人気商売である芸能人やクリエイターにとって、ファンの存在は有難いもの。ファンなくして彼らの生業は成り立たないと言っても過言ではないでしょう。

しかし、すべてのファンが善良とは限りません。<ファナスティック(熱狂的な)>を略してできた言葉なだけあり、情熱を募らせるあまり狂気の域に達するファンも存在します。この手のファンが登場する作品と言えば、スティーヴン・キングの『ミザリー』が一番有名ではないでしょうか。あちらは長編ですし、海外小説は敷居が高いと感じる方もいるかもしれませんので、今回はもう少し手を出しやすい作品をご紹介します。折原一さん『ファンレター』です。

こんな人におすすめ

曲者ファンが登場するブラックユーモア小説が読みたい人

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「殺人鬼がもう一人」 若竹七海

ミステリー系の小説や漫画、ドラマなどを見ていると(特にシリーズもの)、しばしば「この町、凶悪事件が起こりすぎでしょ」という突っ込みが発生します。もちろん、人在る所にトラブル有り。それなりの人口を有する町なら犯罪件数が多くても仕方ないですが、それにしたって、そうそう頻繁に<血塗られた復讐劇>だの<阿鼻叫喚の惨劇>だのが起こっていては、住民は堪ったものじゃありません。

とはいえ、あくまでフィクションなら、複雑な謎や衝撃的な事件がしょっちゅう発生した方が面白いもの。ミステリー漫画界で有名な子ども探偵だって、あの町が事件だらけだからこそ能力を発揮できるのです。事件だらけと言えば、ここも負けていません。若竹七海さん『殺人鬼がもう一人』に登場する辛夷ヶ丘(こぶしがおか)です。

 

こんな人におすすめ

ブラックユーモアの効いたミステリー短編集が読みたい人

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「ふたたび嗤う淑女」 中山七里

面白い作品を読んだ時、こう思うことはないでしょうか。「これ、シリーズ化されないかな」特に、内容だけでなくキャラクターが気に入った場合、彼ないし彼女の活躍をもっと見たくなるのが人情というもの。私自身、このブログ内で「続編希望します」と書いた作品がいくつもあります。

とはいえ、実際にシリーズ化された場合、前作と同じかそれ以上のクオリティかどうかは分かりません。悲しいかな、一作目はすごく面白かったのに二作目はメタメタ・・・という例も存在します。でも、この方に関してはそんな心配無用でした。中山七里さん『嗤う淑女』の待望の続編『ふたたび嗤う淑女』です。

 

こんな人におすすめ

・悪女が出てくるミステリー小説が好きな人

・蒲生美智留の活躍(?)が読みたい人

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「ベルリンは晴れているか」 深緑野分

昔、とあるドイツ人俳優にハマっていたことがあります。ドイツの歴史映画にたくさん出演しているため、彼拝みたさに出演作を鑑賞しまくったり原作小説を読んだりした結果、すっかりドイツという国に魅せられてしまいました。一時期など、特に意味もなくドイツのガイドブックを借りてうっとり眺めていたことさえあるほどです(笑)

そんな私が思うのは、<日本人作家がドイツを舞台に書いた小説って意外と少ない>ということです。アメリカやフランス、中国などを舞台にした小説は色々ありますが、ドイツとなると、帚木蓬生さんの『ヒトラーの防具』、皆川博子さんの『死の泉』くらいしか知りませんでした。ですので、この作品の存在を知った時は嬉しかったです。深緑野分さん『ベルリンは晴れているか』です。

 

こんな人におすすめ

第二次世界大戦後のドイツを舞台にした小説が読みたい人

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「すみれ屋敷の罪人」 降田天

子どもの頃、友達とよくごっこ遊びをしました。お母さんごっこ、学校ごっこ、レストランごっこ、スパイごっこ・・・お嬢様ごっこもその一つ。この場合の<お嬢様>は、現代でなく戦前の設定であることが多く、「お姉様、舞踏会のドレスはどうしましょう?」「馬車の用意ができましたわ」などと言い合っていたものです。子ども心に、古き良き時代の香りを楽しんでいたのかもしれません。

ドラマを作りやすいからか、そういう時代の上流階級はよく小説でも取り上げられます。太宰治の『斜陽』や三島由紀夫の『豊饒の海』など、読むと自然と言葉使いが「~かしら?」「〇〇だわ」なんてちょっと改まった風に変化していたっけ。この二つは教科書に載ってもおかしくないほど有名なので、今回は別の作品をご紹介します。降田天さん『すみれ屋敷の罪人』です。

 

こんな人におすすめ

戦中戦後の名家が出てくるミステリーが読みたい人

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