はいくる

「プレゼント」 若竹七海

「一番怖いものは何?」と聞かれた時、どんな答えが思い浮かぶでしょうか。「ニンニクと十字架」なら吸血鬼、「まんじゅうこわい」なら古典落語。そう言えば、作家アンデルセンは就寝中に死んだと誤解されて埋葬されることを恐れるあまり、枕元に「僕は死んでいません」というメモを置いて寝ていたんだとか。人それぞれ、恐怖の対象は十人十色です。

私にも怖いものは色々ありますが、何か一つだけ挙げろと言われたら、「人間の悪意」と答えるかもしれません。だって、ホッケーマスクかぶった怪人やテレビから這い出してくる女幽霊と違い、悪意をまったく受けずに生きていくなんてほぼ不可能ですから・・・今回は、どす黒い人間の悪意を扱った作品を紹介します。若竹七海さん『プレゼント』です。

 

こんな人におすすめ

毒と悪意に満ちたミステリー小説が読みたい人

スポンサーリンク

ホテルの部屋から消失したハードボイルド作家、復讐を果たしたはずの男を待つ運命、自殺者が相次ぐ会社の謎、心中を偽装しようとする企みの結末、一年前の殺人事件を解明するために集まった関係者・・・・・人を底なし沼へと導く悪意に終わりはないのか。クールなフリーターと、ちょっととぼけた警部補が直面する事件の数々を描いた連作ミステリー短編集。

 

若竹さん、どうしてこうも不愉快な人間を書くのが巧いんだろう・・・と、思わずため息をつきたくなります。ただ不愉快なだけじゃなく、「でも、こういう悪意って、多かれ少なかれ誰でも持つかもなぁ」と思わせるリアルさが凄いですね。不運だが図太いフリーター女性・葉村晶と、娘のピンクの自転車を借りて現場に駆けつける警部補・小林舜太郎、二人が主役の短編が交互に収録されているという構成も面白いです。

 

「海の底」・・・フリーターの葉村晶が受けた仕事、それはホテルの一室に付いた染みを取ることだった。依頼主の編集者曰く、この部屋にはハードボイルド作家が宿泊していたという。彼は誰にも目撃されず、霧のように消えてしまったそうだが・・・

初っ端からふてぶてしい<葉村節>全開の一話。短編ということもあって謎の真相自体はいたってシンプルなんですが、それを呆気なく感じさせないのは、若竹さんらしい皮肉の効いた文章のせいでしょうか。終盤、消えたハードボイルド作家に対する葉村の思いがなんとも重く切ないです。

 

「冬物語」・・・幼馴染の男に裏切られ、破滅した主人公。彼は幼馴染を別荘に呼び出し、殺害する。計画は完璧、誰にもバレない完全犯罪のはずだった。あの風変わりな警部補が、ピンクの自転車に乗って現れるまでは。

犯人が犯罪を実行する場面から始まる展開といい、小林警部補のユニークなキャラといい、なんだか某刑事ドラマを思い起こさせますね。犯人目線で話が進むため、一見のほほんとした小林警部補に追い詰められていく感じ、真相を見破られた時の焦りがダイレクトに伝わってきました。あー、そういうことだったのか。

 

「ロバの穴」・・・話し手の悩みや苦しみをひたすら聞く電話サービス<ロバの耳社>で働き始めた葉村。社内では自殺者が相次いでいるらしく、葉村はその遺族から相談を受ける。彼らを追い詰めていったものとは果たして・・・・・

幽霊も妖怪も出て来ませんが、これはもはやミステリーを通り越してホラーと言っていいのでは?出口のない負の感情の吹き溜まりとなった会社も怖いけど、さらにその奥にあった悪意の正体にゾッとさせられます。それにしても葉村、ぶっきらぼうでドライなように見えて、けっこう面倒見いいじゃん。

 

「殺人工作」・・・三杉若葉は、親友の遺体を雇い主である大学助教授の家に運ぶ。そこにあったのは助教授の遺体。若葉の目的は、二人が心中したように見せかけることだ。工作を終えた後、若葉の前に小林警部補が現れて・・・

冒頭と最後の文章にシビれます。読了後に見返してみると、タイトルもなかなか工夫されてますね。純粋にミステリーとして読むならば、これが一番ビックリだったかも。「人を殺すつもりだ」と語っていた若葉が、一体何を成そうとしていたのか・・・最後の「騙された!」感がいっそ痛快なほどでした。

 

「あんたのせいよ」・・・葉村のもとに知人女性から連絡が入る。どうやら恐喝絡みのトラブルに巻き込まれたらしい。その女性とかつて三角関係で揉めたことのある葉村は、連絡を無視するのだが・・・・・

まさに若竹ワールドの象徴とも言える、毒々しい悪意満載の話です。込み入った謎解きがあるわけでもないんですが、とにかく登場人物たちの身勝手さ、傲慢さが強烈で、インパクトという点では収録作品中一番でした。タイトルの台詞、私もつい思ってしまうことがあったりして・・気を付けようっと(汗)

 

「プレゼント」・・・一年前、誕生日パーティー当日に殺された女。彼女を偲ぶため関係者らが再び集まり、事件について語り合う。一体誰が彼女を殺したのか。と、そこでいきなりクローゼットが開き、刑事を名乗る男が現れるのだが・・・・・

「殺人事件後、再び現場に集合する関係者」という、ミステリーではお馴染みのシチュエーションです。絵的にも面白いので、舞台にしたらいいかも・・・と思っていたら、絶対に映像化不可能な仕掛けがされていました。うーん、残念。短編にしては登場人物数が多いので、落ち着いて読まないとこんがらがるかもしれません。

 

「再生」・・・作家がある目的のため仕掛けたビデオカメラ。そこにはなんと殺人事件の様子が録画されていた。おまけに、逮捕されたのは映っていた犯人とは違う人物。相談を受けた葉村は、独自に調査を開始するが・・・・・

一捻りしたオチの多い若竹さんの作品の中では、正道すぎるほど正道を行くオーソドックスなミステリーです。物足りないと思うファンもいるかもしれませんが、若竹作品の取っ掛かりとしてはこのくらいがいいのかもしれませんね。続編に続く、探偵としての道を見つけ始めた葉村は相変わらずクールで渋いです。

 

「トラブル・メイカー」・・・意識不明となって発見された一人の女。彼女の名前は<葉村晶>と判明し、小林警部補が捜査に乗り出す。事件発生前、葉村はとある尾行の仕事を受けていたのだが・・・・・

最終話にして、葉村晶と小林警部補がようやく対面を果たします。ファンなら興奮していいはずですが、あまりに救いのない登場人物と展開に終始憂鬱な気分・・・葉村の実姉・珠洲の外道っぷりは、あまりに突き抜けていて清々しいほどです。続編『依頼人は死んだ』に繋がる部分がちらほらあるのが、シリーズファンとしては嬉しいですね。

 

追い詰める側の話(葉村晶)と追い詰められる側の話(小林警部補)、両方を楽しめてお得感ありました。この後、葉村は「葉村晶シリーズ」の主役として活躍し続けますが、小林警部補はフェードアウト。理由は「作者に忘れ去られたから」だそうです(涙)いいキャラなのに惜しい・・・と思っていたら、最近になって「御子柴くん」シリーズで脇役として再登場してくれました。こちらの主役・御子柴くんも可愛い奴なので、ぜひとも続編をどんどん書いてほしいです。

 

「自覚のない悪意」って怖すぎる度★★★★★

でも、こういう奴っているよなぁ度★★★★☆

スポンサーリンク

コメント

  1. しんくん より:

    若竹七海さんは未読です。
    かなり毒の強そうなミステリー短編集ですね。
    「海の底」「再生」が面白そうです。

    1. ライオンまる より:

      先日紹介した深緑さん同様、文章に独特のクセがある作家さんですが、私は大好きなんです。
      この後、葉村晶はシリーズ化され、時代とともに年を取っていきます(最新作では40代)。
      本作ではまだ若く、青臭い時代の葉村晶を見ることができ、ファンとしては楽しい限りです。

しんくん にコメントする コメントをキャンセル

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください