はいくる

「物語のおわり」 湊かなえ

子どもの頃から読書好きだった私は、見よう見真似で自分でも小説を書いてみたことがあります。自分で書くだけでは飽き足らず、同じような趣味を持つ友達数名と交換日記形式でノートを回し合い、「前の人が書いた物語の続きを次の人が書く」という遊びをやってみたこともありました。スパイだのクローン人間だの式神だのが脈絡もなく登場する、かなり無軌道な作品になってしまいましたが、やっている最中はすごく楽しかったです。

文章で語られない登場人物たちのその後を考える。これってなかなか面白い試みですよね。実際、シャーロック・ホームズを始めとする小説界の有名人たちの「その後」を、原作者以外の人間が書いた作品だって存在します。もし今ここにとても素敵な物語があり、その続きを自由に創っていいとしたら。そんな「もし」を扱った小説を紹介します。湊かなえさん『物語のおわり』です。

 

こんな人におすすめ

後味の良い湊かなえ作品が読みたい人

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小説家を夢見る少女の葛藤を綴った未完の物語「空の彼方」。北海道を旅する人々がその原稿を手にした時、物語が動き出す。亡父を思い出しながら旅する妊婦、夢を諦める区切りとして北海道を訪れた青年、進路に迷いを感じる女子大生、妻子と衝突してしまった公務員、ひたすら仕事に邁進してきたキャリアウーマン、同級生たちと久々の再会を果たす元教師、あることがきっかけで学校に行けなくなった少女・・・結末のない物語を軸に紡がれる、色鮮やかな人間模様。

 

ベストセラーとなったイヤミス『告白』とは対照的に、白・湊の代表格とも言えるヒューマンストーリーです。それぞれの理由で北海道を旅する最中、「空の彼方」という物語が綴られた原稿を手にした人々。物語にはエンディングがなく、人々は想像を巡らせ、自分なりの結末を考え出します。視点が変わるごとに解釈も変わり、異なる結末が導き出される様子がとても面白かったです。

 

「空の彼方」・・・田舎町で暮らすパン屋の娘・絵美の趣味は小説を書くこと。店の常連客だった公一郎という恋人もでき、平凡ながらも穏やかに暮らしている。そんなある日、幼馴染の口利きで、東京の作家に弟子入りするという機会を得るのだが・・・

第一話である「空の彼方」は作中作。堅実な両親の下に生まれ、初めての恋人と無事に婚約まで交わし、あとは結婚してめでたしめでたし・・・となるはずだった絵美が、有名作家への弟子入りというチャンスに揺れ動く様子が丁寧に描かれていました。両親や婚約者の反対を振り切って駅に向かう絵美がどうなったか。それを登場人物達が考えていきます。

 

「過去へ未来へ」・・・北海道で夫と合流しようと移動する智子。妊娠中のためのんびり旅する中、かつて共に北海道を訪れた父との思い出が甦る。そんな時、フェリーで乗り合わせた萌という少女から原稿を渡され・・・・・

優しい夫との間に子どもを授かった智子には悩みがありました。実は彼女は、亡父と同じ癌の宣告を受けていたのです。子どもを諦めた上ですぐさま治療を始めるか、病が進行することを覚悟で出産に挑むか。悩む智子が考えた「空の彼方」の結末と、自身の人生の決断が胸にジンと響いてきました。収録作品中、その後が気になる話NO.1です。

 

「花咲く丘」・・・カメラマンを目指す拓真は、父親が亡くなったことで急きょ夢を諦め、実家の工場を継ぐことになる。夢を諦める区切りとして訪れた北海道。たまたま知り合った智子から譲り受けた原稿には、「空の彼方」という物語が記されていた。

本作はどの話にも北海道の雄大な景色が登場しますが、このエピソードに出てくる美瑛の描写が一番美しいと感じました。カメラマン志望の青年を主人公に据えることで、風景がより鮮明に浮かび上がってきた気がします。家業を押し付けられたと憤る拓真が思い至った亡父の真意、そして決断。彼の言葉を、夢を目指すすべての人に贈りたいです。

 

「ワインディング・ロード」・・・就職が決まり、大学生活最後の夏を北海道で過ごす綾子。だが、将来や別れた恋人のことが気にかかり、旅を満喫することができない。そうこうする内、中学生の喧嘩に出くわしたことがきっかけで拓真と知り合い・・・・・

主役・脇役問わず善良な人間が多い本作中、綾子の元カレ・剛生には苛々させられっぱなしでした。終始上から目線で人を見下し、綾子の方が先に就職を決めるや否や、当てつけのように綾子の友達と付き合うなんて・・・早めに別れられて幸運だよ!と言いたくなるダメ男っぷりです。その分、覚悟を決めた綾子の姿が爽快でした。

 

「時を超えて」・・・自分のやりたいことを諦め、家族のため地道に働いてきた木水。ある時、娘の夢に反対したことで家族間で衝突が生じ、妻子に出て行かれてしまう。冷静になろうと一人訪れた北海道で、木水は綾子という女子大生と知り合った。

木水に共感するお父さん達は多いんじゃないでしょうか。夢より安定を選び、家族を守って来た父。そんな父の目にはあまりに無謀に見える娘の夢。愛情があるからこそぶつかる家族の描き方が現実味たっぷりで、自分が進路で揉めた時のことを思い出しました。木水に向けられる娘の台詞、世間知らずだけど、世の子どもが一度は思うことなんだよなぁ。

 

「湖上の花火」・・・証券会社で管理職として働くあかねは、恩師を囲む会に参加するため北海道を訪れる。偶然知り合った木水との会話と、彼にもらった原稿から、夢について考え始める。あかねはかつて、夢を追うばかりの恋人を別れたことがあった。

それなりにキツいが暮らしていけるだけの収入があり、今のところ健康面の不安もなく、結婚したくないわけではないが相手がいない・・・という、ある意味で現代女性の代表格とも言えるあかね。そんな彼女が「結末のない物語は嫌い。主人公の絵美も嫌い」と言うところにリアリティを感じました。あかねの作った結末、なかなか面白いです。

 

「街の灯り」・・・旧友たちと会うため北海道にやって来た元教師の佐伯。本当は妻も同席するはずだったのだが、孫娘を巡るトラブルで急きょ一人での参加となった。自慢だった孫娘に何が起きたのか。思い悩む佐伯に、参加者の女性が近づいてきて・・・

ここへきて、「空の彼方」が作り話ではなく実話であることが判明します。さらに佐伯の正体も分かり、物語が加速してきた感じですね。不登校の孫娘を叱咤した佐伯に対し、妻が「あなたの言うことは正論です」と言いつつ賛成はせず、孫娘に寄り添う姿が印象的でした。真面目さ故に家族とすれ違う佐伯の姿、木水共々男性読者の共感を呼びそうです。

 

「旅路の果て」・・・クラスで起こったいじめ事件を機に不登校になった萌。祖父と揉めた萌は、祖母に連れられ北海道を旅して回る。その際、祖父の書斎で発見した「空の彼方」の原稿を持っていた萌だが、衝動的にフェリーで出会った女性に手渡して・・・・・

第一話「過去へ未来へ」の智子へと繋がるストーリーです。ここでなぜ「空の彼方」が未完なのか、絵美と婚約者がどうなったかが明かされます。中学生のスクールカーストやいじめシーンは暗い気持ちになりますが、決意を固めた萌の姿に救われました。思うだけで行動しなかった萌が、この先、ほんの少しでも前進できることを願ってやみません。

 

智子の病や拓真の夢など、決して大団円を迎える話ばかりではありません。それどころか、この先まだまだ困難が待ち受けているんだろうなと思わせる話ばかりです。ですが、私はむしろそこから「人生は続く。未来は決まっていない」という作者のメッセージを感じました。読後感の良さは保証するので、安心して読んでくださいね。

 

彼らの物語はまだまだ続く度★★★★★

ホワイト湊節全開度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    ちょうど北海道に出張に行った後に読んだ作品で「花咲く丘」は特に美瑛の描写は鮮明に脳裏に浮かびました。確か短編が微妙に繋がっていたと思います。
    湊さんにしては平和的なストーリーであまり印象に残っていないですが何となく思い出しました。再読したくなりました。

    1. ライオンまる より:

      はい、各話の登場人物たちが少しずつリンクしています。
      いわゆる「白・湊」の代表格とも言える作品で、インパクトという点では「告白」などに軍配が上がるものの、じんわり胸に染み入る雰囲気がありました。
      読了後は北海道を旅したくなりますね。

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