はいくる

「間宵の母」 歌野晶午

ミステリー作品には、論理的な謎解きが必要とされます。対してホラー作品は、人知を超えた存在や現象が登場し、それらに翻弄される人間達の恐怖劇がメイン。<謎めいた出来事はすべて幽霊の仕業でした。終わり>という展開になることも少なくありません。

まるで相容れないように見えるミステリーとホラー、二つを合わせた<ホラーミステリー>というジャンルが存在します。これは、一見ホラーながら、恐怖に何らかのルールなり理由なりを持たせ、その真相を論理的な推理で暴こうとする作品のこと。綾辻行人さんの『Another』や鈴木光司さんの『リング』、三津田信三さんの『刀城言耶シリーズ』などがそれに当たります。先日、図書館で受け取った作品も、なかなかに不気味で恐ろしいホラーミステリーでした。歌野晶午さん『間宵の母』です。

 

こんな人におすすめ

人の狂気の怖さを描いたホラーミステリーが読みたい人

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容姿端麗で子ども好きな父親、会社を経営するやり手の母、そして可愛らしい娘。間宵家には今日も幸福が満ち満ちている---――はずだった。町の人気者だった父親が女と駆け落ちしたことを機に、すべてが狂い始める。劣悪な家庭環境に置かれることになった小学生、ミス・キャンパスの歓心を買いたい男子大学生、挙動不審の同僚の正体を暴こうとする女性事務員、己を不幸にした相手に復讐しようと目論む少年。間宵家の狂気は、少しずつ、しかし確実に、関わる者達を呑み込んでいく。逃れようのない負の連鎖を描いたホラーミステリー

 

タイトルと表紙を見た瞬間に「これは絶対後味悪いイヤミスだろう」と直感しました。絵は何もなく、黒っぽい紙面に白く刷られた<間宵の母>の文字。いくつかのレビューサイトでも言われている通り、墓石を連想した読者は私を含め結構いるんじゃないでしょうか。実際に読んでみると、事前に予想した以上の救いのなさに驚かされますよ。

 

「間宵の父」・・・小学生の詩穂は、仲良しの紗江子ちゃんが羨ましくて仕方がない。紗江子ちゃんのパパは芸能人のようにカッコ良く、プロ並に料理上手な上、面白いお話をたくさん聞かせてくれるのだ。だがある日、詩穂の母親と紗江子の父親が駆け落ちしてしまい・・・

小学生視点で進むこともあり、文章は終始あどけなくほんわか。そんな子どもの語調で、夫の裏切りによって正気を失う間宵家の母親、「詩穂の母はインランだ」と白眼視してくるクラスメイト、ショックのあまり家庭内暴力に走る父親などが延々と語られ、ゲンナリするやら哀れやら・・・前半、紗江子の父が子ども達に行う<おはなし>は本当に楽しそうなんですが、後になってみるとそういう意味だったのかと、ひたすら鬱々とします。

 

「間宵の母」・・・キャンパスの女王である夏純は、大学の同級生・間宵紗江子のことが気に入らない。地味で垢抜けず、どれだけ嫌がらせしても顔色一つ変えないところが癇に障るのだ。取り巻きの元彦は、夏純の歓心を買うため、紗江子のことを探り始める。ある時、元彦は紗江子の家に侵入するのだが・・・

冒頭、「何となくウザくて気に入らない」と紗江子をいじめる夏純の悪辣さにイライラ。いじめの発端って、大抵こんな感じなんですよね。ですが、途中で明らかになる間宵家の荒廃ぶりや、完全に常軌を逸した紗江子の母・己代子の行動に、そんなイライラなど吹き飛んでしまいました。己の浅はかさの代償を、あまりに高い形で払うことになった元彦は、こう言っちゃなんだけど自業自得でしょう。ていうか、あんな性悪女のどこがいいんじゃ(怒)!

 

「間宵の娘」・・・同僚の間宵紗江子のことが気になって仕方がない事務員・恵美。仕事ぶりには問題ないのだが、月に何度か、紗江子の母親が凄まじい勢いで事務所のドアを叩き、弁当を届けに来るのだ。ところが、恵美は紗江子の母・己代子がとっくの昔に事故死していることを知ってしまい・・・

「間宵の母」の夏純は分かりやすいタイプの性悪女なのに対し、このエピソードの恵美はいい人を装いたいタイプ。複雑な家庭の紗江子に同情し、親切にするように見せかけつつ、実は探偵まがいの行動で紗江子のプライベートを暴くわけですから・・・でも、具体的に嫌がらせをしたわけじゃないし、何より失ったものが大きすぎるよなぁ。終盤、紗江子の娘・和香菜が豹変したように喋り出すシーンにはゾッとさせられます。

 

「間宵の宿」・・・養護施設で暮らす少年・蒼空(あお)には復讐したい相手がいる。自分を見捨てた両親、そして母親の不幸の原因を作った三人の大人だ。ある時、施設を脱走した蒼空は、母親の遺品を手掛かりに間宵家に忍び込む。そこで、娘と二人で暮らす間宵紗江子と出くわすのだが・・・・・

第一章に出てきた詩穂の息子が主人公です。彼は確かにひねくれた少年だけど、こうなりたくてなったわけじゃないのも分かるし、因果応報と言い切れないところが複雑です。そして、このエピソードで、これまですべての謎が解かれます。紗江子の父が子ども達に披露していた<おはなし>は一体何だったのか、紗江子の父と詩穂の母はなぜ消えたのか、その後起きたいくつもの惨劇の真相は何なのか、和香菜はなぜ突如人格が変わったような振る舞いを見せるのか・・・今までの三つのエピソードの所々で、描写が急に途切れたような箇所があったのは、そういうことだったのね。最後一行のその後については、色々と考察できそうです。

 

ホラーとミステリー、両方の良さが出た佳作だと思います。謎が全部解けても誰か救われるわけではない、という辺りも、いかにも歌野さんっぽくていいですね。ただ、後味の悪さは折り紙付きなので、精神的に落ち込んでいる時には読まない方がいいかもしれません。

 

すべての元凶はあいつじゃないか度★★★★★

彼は結局終わらせることができたのか・・・度☆☆☆☆☆

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コメント

  1. しんくん より:

    ホラーとミステリーの融合といった感じでしょうか。
    救いのないストーリーが多いようで蒸し暑くなっていくこの時期には良さそうです。
    この作家さん独特のモノクロのような雰囲気に負の連鎖があり読むタイミングを考えないと挫折しそうです。それでも何故か惹き込まれそうです。

    1. ライオンまる より:

      黒・歌野晶午の本領発揮!と言える救いのなさでした。
      性悪な人間だけではなく、子どもをはじめ罪のない人間まで全員不幸になっているところがやりきれなかったです。
      心身ともに元気な時に読んだ方がいいかもしれません。

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