ホラーやイヤミスの世界において、<子ども>というのは特別な存在になりがちです。子どもは可能性の塊であり、未来の象徴。そのせいか、モンスターや殺人鬼が跋扈し、多数の犠牲者が出る中、子どもだけはなんとか生き残るという展開も多いです。
その一方、子どもが容赦なく犠牲になる話も一定数あります。命の価値は平等とはいえ、やはり子どもが惨い末路を辿ると、絶望感が一気に高まるんですよね。櫛木理宇さん、澤村伊智さん、三津田信三さん等の作品で、生還フラグが立っている子どもが呆気なく死に、一体何度打ちのめされたことか・・・・・そう言えば、この方の作品も、子どもが過酷な結末を迎える傾向にある気がします。今回取り上げるのは、朱川湊人さんの『いっぺんさん』です。
こんな人におすすめ
郷愁漂うホラー短編集に興味がある人
劣悪な環境を生きる少年が神に託した願い事、恐怖と絶望にまみれて消えゆく子ども達、片腕をなくした復員兵とのひと時の交流、なぜか若い女ばかりが暮らす村の秘密、蛇に魅入られた妹が辿る戦慄の末路、孤独な少女が田舎で見た異形の存在、海辺に出る幽霊にまつわる意外な顛末、山の神に選ばれた子どもの哀しい運命・・・・・ノスタルジック・ホラーの名手が贈る、恐ろしくも懐かしい短編集
前書きに書いた通り、時に子どもが容赦なく犠牲になるのが朱川ワールドの特徴です。本作にも、子どもが悲惨な運命を辿る話がいくつも収録されていますが、それでも読んでしまうのは、やはり筆力が高くて面白いからでしょう。単純に化物の仕業で終わらせず、「周りがもっと手を差し伸べてやれば・・・」と思わせる描写が秀逸でした。
「いっぺんさん」・・・暴力的な父親のせいで、過酷な日々を送る少年・しーちゃん。そんなしーちゃんと大の仲良しである主人公は、ある日、どんな願い事も一度だけ叶えてくれる神様<いっぺんさん>の噂を耳にする。何でも願いが叶うなんて、こんな素敵なことはない。早速しーちゃんと連れ立って、誰にも内緒で<いっぺんさん>を祀る祠に向かうのだが・・・・・
クラスに一人はいるヤンチャなお調子者男子、と見せかけて、深い思いやりの心を持つしーちゃん。そんな彼が置かれた環境を思うと、やりきれない気持ちになりました。でも、しーちゃんがこの結末を受け入れているであろう描写があるせいか、後味は悪くありません。最後の一行に泣かされます。
「コドモノクニ」・・・出て行った母親を追い求める和子。出来心での万引きを店主に気付かれ、怯える隆志。海で見かけた謎の生き物に近づく純一。母と継父との暮らしを捨て、実父に会いに行こうとする真理恵。子ども達を待ち受ける運命は、果たして・・・・・
四つの掌編から成る話です。男の子二人は、自らの軽率さが原因で怪奇現象に巻き込まれているのに対し、女の子二人は切実な理由で現実の恐怖に直面するという違いが、なかなか興味深いポイント。特に最後の真理恵なんて、回避策がまったく思いつかないし・・・第一話とは違った意味で、最後の一行がインパクト大です。
「小さなふしぎ」・・・貧困にあえぐ幼い主人公に、戦争で片腕を失った中山さんが声をかけてくる。中山さんは小鳥に芸を仕込んで披露するという商売をしており、主人公を助手として雇ってくれるという。小鳥達の中でも、特にチュンスケという鳥は芸事に熱心で・・・
タイトル通り、ものすごく<小さな>出来事を描いた話なのですが、読者に訴えかける力はとても強いと感じました。復員兵である中山さんのキャラクターが魅力的なのも大きいでしょうね。混乱の時代、片腕の欠損というハンディキャップを抱えつつ、確かな信念を持つ姿がとても力強いです。関係者全員が再出発を果たせたようで良かった!
「逆井水」・・・リストラで無職となり、奮起するため一人旅に出た主人公。道中、偶然知り合った女から、不思議な村の話を聞く。住民のほとんどは若い女、あとは老女で、なぜか男は一人もいないらしい。好奇心を刺激された主人公に対し、女は「もし村に行くなら、絶対に二日以上滞在してはだめだ」と語り・・・・・
土着ホラーのお約束、「絶対に〇〇してはだめだ」という禁忌事項が登場します。この禁忌事項を破った場合、とんでもないしっぺ返しが来るのもまたお約束。セオリー通り、主人公はルール違反の報いを受けますが、村での行状と、ラストの様子とを思うと、妙なコミカルささえ感じます。村の女達が、予想以上に強かなところも好印象でした。
「蛇霊憑き」・・・妹のアケミが、こんな酷い死に方をするなんて。打ちのめされた姉は、刑事に向けて、アケミの死の顛末を語り始める。アケミは大病から生還後、なぜか自分は蛇女だと語り、不自然に体をくねらせたり、小動物を見て舌をちらつかせるようになった。妹の変貌が信じられない姉だが、ある夜、アケミが蛇のように廊下を這う姿を見てしまい・・・
これはホラーというよりサイコサスペンスと表現した方が近いかもしれません。どんどん蛇のようになっていく妹の話が、果たして怪奇現象なのか、心の病なのか、はたまた姉の妄想なのか、あやふやなままの所がなんとも不気味。繰り返される蛇の描写はかなり気色悪いので、苦手な方はご注意ください。
「山から来るもの」・・・女子中学生の阿佐美は、シングルマザーの母親に恋人ができたこと、クリスマスを恋人と二人きりで過ごしたがっていることに気付き、逃げるように田舎の祖母宅を訪れる。その夜、不気味な人影が祖母宅に近づき、置いてあった残飯を持ち去る場面を目撃。祖母曰く、あれは冬になると現れる<餓鬼>だそうで・・・
私を含め、イヤミス好きの心に収録作品中一番刺さる話だと思います。作中に<餓鬼>という化物は登場するものの、人間を苦しめるのは結局人間という流れが実にイヤ~な感じ。阿佐美が母親とその恋人に感じる疎外感や、祖母宅に漂う同居家族同士のぴりぴりした雰囲気など、細かな描写が臨場感たっぷりで、いい意味で憂鬱な気分にさせられました。こんな現実を突きつけられた阿佐美の今後が心配でなりません。
「磯幽霊」・・・病で余命わずかな叔母を見舞いに訪れた主人公。空き時間に浜辺を散歩中、不審な女に海に引きずり込まれそうになる。どうにか生還するも、女は突如その場から消失。通行人曰く、あの女は付近の海辺に出現する幽霊なのだそうだ。半信半疑の主人公だが、後日、生前の女を知っているという男が現れて・・・・・
「たまたま訪れた町で恐怖体験をしました。現地住民曰く、あれは〇〇という怪異だそうです」という、実話怪談の王道をいく話です。面白いのは、怪異の生前を知っている人物が前日譚を語ってくれる点でしょう。この語りがあるため、ただ不気味なだけの怪談話が、切ない愛憎劇に早変わりします。過去を知ってみると、死してなお彷徨い続ける磯幽霊が哀れでなりませんでした。
「八十八姫」・・・主人公が幼い日々を過ごした村は、<八十八姫>を信仰していた。八十八姫は山の神で、村人達の暮らしを守ってくれる。ただし、八十八年に一度、代替わりを行い、後継者に選ばれた者は人としての暮らしを捨てなくてはならない。代替わりの年、後継者に選ばれたのは主人公の幼馴染のハスミで・・・・・
村を守ろうとするハスミの優しさやラストシーンの美しさのせいもあり、切なくも読後感の良い話・・・であると同時に、人間の愚かさ・業の深さをこれでもかと見せつけてくれます。だって、「次の八十八姫になる」とか耳障りのいいことを言ってるけど、要するにこれって人柱。八十八姫が出てくる明確な描写もなく、「ただの田舎の迷信では?」という予感をちらほら匂わせていて、薄暗い気持ちになりました。こういう因習って、現実にもあちこちに存在したんだろうなぁ。
なお、私が読んだのは単行本ですが、文庫版には「磯幽霊・それから」という話が収録されているそうです。読んで字の如く「磯幽霊」の後日談なのですが、レビューサイトを読む限り、相当ゾッとするような内容とのこと。知らなかった!探さなくちゃ!
怖いながら郷愁を誘われる感じが堪らない!度★★★★☆
やっぱり子どもは救われてほしい・・・度★★★★★
何でも幸せなラストばかりでは物足りない気がしますが、特に女性・子供に容赦ない展開と結末は読んでいて辛いです。
朱川さんノスタルジック・ホラーもそうですがノスタルジックは郷愁感があっても良いラストとは限らないのが魅力かも知れません。
最後の一行で物語がゴソッと変わる作品は好みです。
題名の「いっぺんさん」「コドモノクニ」が面白そうです。
後半の「逆井水」も読んでみたいです。
鴉刑事シリーズ3作目、読んでますがこれも出だしから子供が攫われるという嫌な設定ですが、引き込まれてます。
朱川さんの文章はなまじ柔らかい分、悲劇の描写が際立つ気がします。
子どもが犠牲になった時は、余計にそう思います。
そんな中、表題作「いっぺんさん」には希望があるため、救われた気になりました。
鳥越恭一郎シリーズ三作目は、暗澹たる形でスタートを切りますよね。
ただ、このシリーズは鳥越が屈強な現役刑事であり、犯人にびしっと一矢報いるパターンが多いため、比較的安心して読めます。