はいくる

「間違われた女」 小池真理子

ストーカー。この言葉が日本で一般化したのは、二〇〇〇年前後からだと言われています。特定の相手を狙い、執拗につけ回し、心身に危害を加える。想像しただけで、身の毛がよだつような犯罪行為です。

ストーカーをテーマにした小説はたくさんありますが、国内のものでは、山本文緒さんの「恋愛中毒」、五十嵐貴久さんの「リカ」などが有名ですね。ですが、それより遥か以前、まだ「ストーカー」という言葉が定着していなかった頃に、ストーキングを題材にした作品が書かれていることをご存知でしょうか。得体の知れない相手につけ狙われる恐怖を味わえること間違いなし。直木賞受賞作家である、小池真理子さん「間違われた女」です。

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新居への引っ越しを済ませ、ワクワクした気持ちで新たな生活を送り始める雅子。そんな彼女のもとに、高校卒業以来一度も顔を合わせたことのないクラスメイトから手紙が届く。そこには、十一年間音信不通だったはずの雅子への愛が綴られていた。不審に思いつつ手紙を無視する雅子だが、手紙の内容は次第に狂気を帯びたものになっていき、やがて不気味な電話がかかり始め・・・・・ストーカーに怯える女と、愛という名の狂気に憑りつかれた男。絡み合う愛憎劇の果てに起きた悲劇とは。

 

本作の登場人物は基本的に五人。新居に引っ越した途端ストーキング被害に遭う雅子、雅子の長年の友人である亜紀子と圭二夫妻、「彼女は自分を愛しているはず」という妄想にとらわれた秀実、ふとしたきっかけで知り合った秀実に惹かれていく千世子。この五人の心理や人間模様の描写が秀逸で、読みながらハラハラしっぱなしでした。

 

雅子視点で見ると、秀実の行動はひたすら不気味。意味不明な愛を訴える手紙や電話攻撃に、女性読者ならまず間違いなくゾッとしてしまうでしょう。ところが秀実視点に移ると、その行動は「彼なりに」筋道立ったものであると分かります。実際、彼がストーカー行為に走るきっかけなど、周りから見れば「何じゃ、そりゃ」と言いたくなるくらい突拍子もないものなのですが・・・この噛み合わなさ、このズレ具合。現実のストーカー問題もこうなんだろうなと慄然としてしまうくらいリアリティがありました。

 

ちなみに本作が刊行されたのは一九八八年。時代というべきか、秀実のストーカー行為は専ら固定電話と手紙によるものです。現代なら、メールやツイッター、フェイスブックなどが登場するのでしょうが、作中に出てくるのはひたすらアナログな手段ばかり。ここから時代の違いを感じるとともに、いつの世も変わらない人間の愚かさを実感してまたゾクリ・・・この時代に、これほど丹念にストーカーの描写を行うことができる作者の力量には驚嘆せざるをえません。

 

「間違われた女」というタイトルの通り、ストーカー事件のからくりそのものは比較的簡単に解くことができます。題材が題材であるため、後味が良いとも言えません。ですが、間違いなく傑作の一つに入るサスペンス小説だと思います。小池真理子さんといえば、大人の男女を主役にした濃密な恋愛小説で有名ですが、個人的にはこの時期のサイコスリラー風の作品の方が好きですね。人間の狂気を堪能したい方、読んで損はないと思いますよ。

 

まさに不運としか言いようがない度★★★★☆

愛と狂気は紙一重度★★★★★

 

こんな人におすすめ

・スリリングなサスペンス小説が読みたい人

・恋愛小説とはまた違う、小池真理子ワールドを味わいたい人

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コメント

  1. さとやん より:

    これはすごく興味ありです。
    今度図書館で探してみよう・・・

    1. ライオンまる より:

      サスペンス小説が好きなら、探して読む価値あると思います。
      小池真理子さんには、いつかまたこういう作品を書いてほしいものです。

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