図書館には<開架>と<閉架>の二種類があるケースが多いです。<開架>とは、図書館利用者が自分で書棚の間を行き来し、自由に本を取り出して読むことができる利用方式のこと。<図書館>という言葉を聞いて多くの人が思い浮かべるのは、こちらの形でしょう。
一方、<閉架>とは、要するに書庫のことです。一般人は基本的に立ち入り禁止のため、図書館データベースで調べてここに希望の本があると分かった場合、職員さんに頼んで持ってきてもらわないといけません。多少面倒な面はあるものの、開架の本棚にも収容限度があるわけですから、致し方ないことなのでしょう。それに、閉架の本は状態が良いことが多いので、これはこれで好きだったりします。この本も、閉架書庫にあるのを見つけました。唯川恵さんの『愛なんか』です。
こんな人におすすめ
ほろ苦い恋愛小説短編集が読みたい人
惰性で続く関係から踏み出す最後の一夜、恋人に一途に尽くし続ける女の企み、もう会えない恋人を思って過ごす夜の行方、盲目的な恋心が導く禁断の一手、忘れられない相手のもとで突き付けられた切ない真実、二人の女の争いから生まれたある疑惑、狂おしいほどの愛と情を知ってしまった女の運命・・・恋とは、甘く優しいだけじゃない。悩み傷つきながらも生きる女たちの現実を描いた、ほろ苦い短編小説集
唯川恵さんの短編小説集には、イヤミスやホラー寄りの作品が結構あります。『めまい』『病む月』『天に堕ちる』等、犯罪が起こったり、人が死んだりする話も決して珍しくありません。そんな中、本作の雰囲気はいたって現実的。それを決して平凡と思わせず、スリリングかつ印象的に描く筆力はさすがだなと唸ってしまいました。
「夜が傷つける」・・・あんなに、あんなに、好きだったのに。あの気持ちはどこに行ってしまったのだろう。宗夫との冷えた関係を持て余しつつ、踏ん切りをつけられない<私>。宗夫は悪者になりたくないばかりに、<私>に愛想を尽かさせようとしている。その姑息さに気づかないふりをしつつ、<私>は今夜も宗夫とベッドを共にして・・・・・
一言で言うと<冷めきった恋人との愛情のない一夜を経て、別れを決める話>。たったそれだけなのに、どうして一文一文がこれほど胸に染みるのでしょうか。どちらも<別れ話を持ち掛けた側>になりたくなくて、男はわざとぞんざいな態度を取って女に愛想を尽かせようとし、女は鈍感なふりで目を背け続ける・・・あー、あるある!主人公が、自分を大切にすることの意義を思い出せて良かったです。
「世にも優しい、さよなら」・・・恋人だと思っていた英明には、実は本命の恋人がいると知った槙子。それなら、もうどうしようもない。私は私にできる限りのことをするまでだ。槙子はそう決心し、時間もお金もすべてを費やして英明に尽くし続け・・・・・
一番お気に入りの話です。てっきり、二股をかけられてもなお男にすがっているのかと思いきや、まさかそういう策略があったとは!この復讐方法、何一つ犯罪を犯しているわけじゃないし、現実でも使えそうですね。槙子の真意が分かってみると、何も知らないであろう英明の本命彼女が一番気の毒な気もします。
「私が愛した男」・・・その日、<私>はバーで陽次によく似た男を見かけた。好きで好きでたまらなくて、何を犠牲にしてでも一緒にいたかった陽次。もう二度と会うことのできない陽次。男と会話するきっかけを得た<私>は、陽次とのことを話し始め・・・・・
友達から略奪してでも手に入れたかった男との恋の顛末が、あまりに哀れです。もういないって、そういう意味だったのね。行きずりの男とのやり取りを見るに、主人公はなかなか魅力的な女性の様子。ここで停滞せず、どうにか再出発を果たしてほしいです。それはそうと、主人公が男と語るバーの描写、ものすごく綺麗で好きでした。
「共犯者」・・・愛人のいる夫。ろくに会話すらない家。そんな日々に倦んだ友季子の前に、一人の男が現れた。それは、夫の友人であるはずの男。男は友季子に「君を愛している。どうしても気持ちを抑えきれない」と繰り返し語り掛ける。理性を以て男を拒む友季子だが、ある時、夫の愛人の正体を知ってしまい・・・・・
夫に愛人がいるだけなら、なんとか目をつぶっていた友季子。だけど、その愛人の意外な正体を知った時の決断が、やるせないというか何というか。彼女の今後に安らぎがあればいいと、願わずにはいられません。夫とは冷め、子どももおらず、孤独な友季子に誰一人として「外で働いてみたら?」と言わないのは、やっぱり時代というやつなのでしょうか。
「偏愛」・・・<私>の生き甲斐はたった一つ。職場の後輩であり、密かに思いを寄せる彼を隠れて見つめ続けることだ。こっそりと後をつけ、郵便物を探り、密かに手に入れた合鍵で彼の家に侵入する日々。冴えない先輩社員である<私>が、彼と付き合えるとは思っていない。いつか彼に恋人ができたら、その人と友達になって彼のことを教えてもらおう。そんなある日、<私>は偶然にも彼の恋人を見かけるのだが・・・
当時はこんな言葉はまだなかったかもしれないけど、主人公は立派なストーカー。にもかかわらず、後輩男子と付き合いたいとは毛頭思わず、「彼に恋人ができたら、いい友達になろう」と決意する妄執ぶりに圧倒されました。ストーキングは行いつつ、(彼のプライバシーを除いて)誰も傷つけず静かに生きていた主人公の最後の行動が恐ろしいです。
「霧の海」・・・久仁子は秘めた思いを抑えながら、旧知の仲である典夫の個展を訪れる。繊細な芸術家肌であり、ろくに売れない絵をひたむきに描き続けている典夫。今や、久仁子の長年の友人である安美の夫となった典夫。既婚者だと分かっているが、どうしても諦めきれない。そんな久仁子を、典夫は温かく出迎えて・・・・・
おおーっ、これは騙された!主人公の語りについ引き込まれてしまっていたため、最後の真実に全然気づいていませんでした。すべてを知りながら決してブレない典夫、いい男ですね。登場人物全員善人な分、彼らが一生かみ合わないであろうことを思うと、ちょっと切ないです。
「朝な夕な」・・・職場の上司である支倉との関係に、行き詰まりを覚える<私>。妻子のいる支倉と、添い遂げることなどできやしない。何度か別れを切り出すも、結局、彼への情が上回って果たせなかった。でも、今夜こそ。<私>は決意を胸に支倉のもとへ向かい・・・
<不倫>→<別れ話>→<情にほだされ関係継続>のループを繰り返す主人公は、傍から見れば愚かな女なのでしょう。ただ、その内面描写がとにかく繊細かつ丁寧なので、「こういうことってあるよなぁ」と、つい思わされてしまうんですよ。主人公の決意が、今度こそ本当でありますように!
「長い旅」・・・「あなたは自立して、自由に生きて」。そんな母の言葉を胸に、ひたすらキャリアアップに邁進してきた朋子。男と深い仲になることもあったが、伴侶にはならなかった。若き日の恋人、快楽を共有した不倫相手、苦い終わり方になった年下の男。これまで経てきた年月を思う朋子は、ふと、兄の言葉を思い出し・・・・・
就職後すぐ付き合っていた恋人が、朋子が結婚・出産後も働くとは夢にも思わず「奥さんには家で家事をしていてほしい」と自然に思っている辺りから、執筆当時の社会情勢が窺い知れます。今も昔も、社会で上昇していこうとする女性は、一度は必ず朋子と同じ思いをするのかもしれません。能力も実績もある人なのは間違いないんだから、朋子はここでめげずに健やかに生きていってほしいです。
「幸福の向こう側」・・・必ず、人も羨む幸福を手に入れてみせる。そう決意し、努力し続けてきた<私>。その甲斐あって、完璧な男との婚約が決まった。そんな折に出会った、婚約者の友人である真一という男。一目見て、常に上を目指し続ける<私>と同類だと気づくも、真一は平凡で退屈な女との結婚を決めてしまう。そんな馬鹿な。あなたは私と同様、そんなつまらない場所に収まる人間じゃない。<私>は真一に訴えかけるのだが・・・
上昇志向というものがまるでない私は、主人公のハングリー精神がちょっと眩しかったりします。誰かを騙すわけでもなく、一心に自分磨きをして金持ちイケメンをゲットするなんて、大したものでは?ただ、同類だと思った真一の平凡な結婚を止めようとする辺り、主人公はきっと共感し合えるパートナーが欲しいんでしょうね。婚約者は、よくある高慢ボンボンではなく誠実な人物のようだし、今後、ちゃんと寄り添ってほしいものです。
「恋愛勘定」・・・比呂子と美沙は、自分の恋人について語り合う。比呂子の恋人は、簡単に肉体関係を持つ最近の風潮を厭い、半同棲状態でも一線を越えようとはしない。美沙の恋人は所帯じみた関係を嫌い、会うのはいつも外で、ホテルに泊まっては激しいセックスを繰り返す。私の方が、あなたよりよっぽど彼に大切にされている。徐々にヒートアップしていく二人だが・・・・・
基本的に辛口の話が多い本作の中で、この話はコミカルな雰囲気が漂っています。プライベートな場所を共有しつつ、体の関係は持たない男。肉体を含めて派手に愛し合い、家庭的な面は決して見せない男。どちらだろうと、本人同士が満足ならいいんですが・・・最後に出てきた友人により、予想外の疑惑に囚われる比呂子&美沙に苦笑してしまいました。たぶん、予想通りだよ思うよ!
「悪女のごとく」・・・生まれつき美貌に恵まれ、同性から忌避されることが多かった笙子。それなら、別にいい。男と過ごす方がずっと楽しい。仕事も、男も、ルックスを活かせば手に入らないものなどなかった。今日も男と待ち合わせしていると、笙子はふいに、楽し気におしゃべりする女性二人組に気づき・・・
<悪女>ではなく<悪女のごとく>というタイトルが、すべてを表している気がします。女同士で仲良くする必要なんてない。そう言い切りつつ、自分と恋人(イケメン)に見向きもせず、おしゃべりに興じる女性達から目を離せない主人公は、本当の悪女にはなれないのでしょう。あと、恋人の元カノに対し、「あなたを捨てたのは彼なんだから、私じゃなくて彼を責めなさいよ」というのは、一理ある気がします。
「ただ狂おしく」・・・優しい家族、誠実な友人達、安定した職場、真面目な婚約者。何不自由なく暮らしていたはずの公美は、ある日、行雄と出会い、彼との情事の虜になる。何を失おうとも、彼さえいればそれでいい。すべてを捨て、風俗店で働きながら行雄と暮らす公美の前に、かつての婚約者が現れて・・・・・
世間一般の目で見れば、公美はヒモ男のために体まで売る馬鹿女。ですが、実のところ、公美は自分がどういう状況にあるかを正確に理解した上で、心から行雄との暮らしに幸せを感じ、「後悔することなど少しも怖くない」と言い切ります。こんなに一人の男にのめり込めるのは、果たして幸福なのか不幸なのか・・・家族は気の毒だけど、ここまで突き抜けられてしまうと「どうぞお幸せにね」としか言えないです。
改めて調べてみると、唯川恵さんの最近の作品は、猫と人との触れ合いを描いた『みちづれの猫』、実在の女性登山家を主人公にした『淳子のてっぺん』、毒親問題をテーマにした『啼かない鳥は空に溺れる』等々、恋愛メインではない話が続いています。どれも面白かったけれど、本作を読んで、久しぶりに唯川恵さんの純度一〇〇%の恋愛小説が読みたくなりました。新刊の予定はないようなので、とりあえずは再読を続けようかな。
リアリティある狂い方が印象的です度★★★★☆
短編とは思えないほど密度が濃い!度★★★★★
マイミクさんのレビューなどで読みたいと思って検索したら、書庫にあったので職員さんによく持ってきて貰います。
移動図書館のバスのあったのを取りに行って貰ったこともありました。
漫画も書庫にあることが昔の漫画が読みたくなった時、よく取りに行って貰ってます。唯川恵さんの作品も書庫にあったこともありこれもおそらく書庫だと思います。
唯川恵さんの恋愛小説は是非とも読みたいですね。
最近忙しく読書出来ておらずリクエストした本が溜まってます。
東野圭吾さんのマスカレード・ライフも届きました。
櫛木理宇さんの新作を早く読もうと思います。
開架より閉架の方に良作がしまわれているというケース、結構あります。
あと、つい最近まで開架に置いてあった本がいつの間にか閉架に移動になり、「あれれ」となったり・・・
漫画もごっそり閉架に移動になったので、ちょくちょく取り出してもらっています。
櫛木理宇さんの新作、楽しみですよね!
私は貫井徳郎さんの新作が予約順位4番目まで来たので、今か今かとワクワクしています。