地球温暖化が叫ばれて久しい昨今、夏の暑さの到来もどんどん早くなっている気がします。今年で言えば、五月半ばの時点ですでに三十度を超える地方があったとのこと。これから夏本番ですし、暑さ対策をしっかり行い、元気に過ごしたいものですね。
読書好きが行える暑さ対策として一番古典的な方法は、やっぱりホラー作品を読んで背筋をゾッとさせることでしょう(ですよね?)。どんなホラーにゾッとするかは人それぞれだと思いますが、私個人としては、納涼という意味では古典的なジャパニーズホラーがぴったりな気がします。というわけで、今回取り上げるのはこちら。澤村伊智さんの『ぜんしゅの跫』です。
こんな人におすすめ
・バラエティ豊かなホラー短編集が読みたい人
・『比嘉姉妹シリーズ』が好きな人
幸せなはずの披露宴会場で起きた不気味な一幕、都市伝説から浮かび上がる残酷な過去、神隠しから帰ってきた弟が呼び覚ますもの、病院内に広がる噂話の意外な真相、足音だけの怪異との戦いの行方・・・・・この闇に、果たして終わりはあるのか。怪異の底知れない恐怖を描いた、人気ホラーシリーズ短編集
『などらきの首』同様、『比嘉姉妹シリーズ』の一作としてカウントされるホラー小説集です。主役、あるいは脇役に、シリーズの登場人物が据えられており、過去作を読んだことがある読者なら「おおっ、ここにあの人が!」と喜んでしまうことでしょう。もちろん、純粋にホラー作品としての完成度も相当高い話ばかりなので、納涼にはうってつけだと思います。
「鏡」・・・妊婦の妻を家に残し、一人で知人の結婚披露宴に出席したサラリーマン・田原。新婦は人目を引くほど不器量な女性だったが、自ら容姿を利用して笑いを取るキャラクターの持ち主で、会場は大いに盛り上がる。そんな最中、招待客の一人・野崎が一枚の写真を見せたことで、新婦の様子が急変し・・・・・
お気づきの方も多いかもしれませんが、シリーズ一作目『ぼぎわんが、来る』の主要登場人物・田原秀樹の過去を描いた話です。怪異自体もかなり怖いのですが、それよりも新婦の容姿を嗤い、「いいお笑いショーだ」「立派なコメディアンだな」などと言ってのける群集心理の方が胸糞悪かったです。集団に溶け込むため、ピエロに徹し続けてきた新婦の胸中を思うと、やり切れない気持ちになりました。でも、察するにこの新婦の正体って・・・野崎が見せた写真に写っていたものって・・・
「わたしの町のレイコさん」・・・女子高生・飛鳥は、オカルト誌編集者の伯母と怪談談義中、一つの噂話の話題を出す。それは、かつて犯罪者に男性器を切断されて発狂、親を殺害後に失踪したという<レイコさん>の噂だ。どうやらこの噂は、元となった実際の事件があるらしい。飛鳥は好奇心から彼氏とともに追跡調査を行うのだが・・・・・
男性器を切断するというショッキングな箇所から、猟奇的な怖さを想像するかもしれませんが、実際に怖いのは第一話同様、人の愚かさや浅ましさです。ただ怖いだけでなく、過去の事件と現代の怪談が絡み、新たな恐怖を生む構成が素晴らしいですね。ところでこの話、一体どこにシリーズ登場人物が出てきているのか、初読みの時点では分かりませんでした。よく読んでみたら、飛鳥の伯母さん、『ずうのめ人形』の人じゃん!
「鬼のうみたりければ」・・・元同僚の希代子が、野崎に向けて語る奇妙な話。義母の介護や夫の失業により、希代子の家は崩壊寸前だった。そんな時、突然、夫の兄である輝が現れる。輝は九歳の時に神隠しに遭ったそうだが、失踪中に何があったのか、なぜ突然帰ってきたのか、本人にも分からないらしい。ともあれ、輝は希代子達の家に身を寄せ、一緒に暮らし始めるのだが・・・・・
現れる→失踪する→また現れる→また・・・を繰り返す輝の様子はなんだかシュール。じっとり陰気なJホラーが多い本シリーズにしては珍しい・・・と思ったら、終盤、一気に暗転します。これは本当に化物の仕業だったのか、はたまた人の狂気の為せる業か、解釈が分かれそうですね。まあ、介護を妻に押し付けてぶらぶらしている夫は、満場一致でろくでなし決定でしょうが。
「赤い学生服の女子」・・・大怪我で入院中の古市は、ある時、同室だった患者が死んだことを知る。その患者は死ぬ前、周囲に「赤い学生服の女の子に会ってくる」と言っていたらしい。不気味な予感を覚える古市だが、なんと彼もまた赤い学生服姿の少女を目撃。おまけに、一緒に少女を見た入院患者の蒲原が、翌日、急死してしまい・・・・・
よくある怪談話でも、舞台が病院となると、一気に不気味さを増すのはなぜでしょうか。やはり、生と死の境界線が身近にある場所だからかな。真っ暗な病棟の描写がとにかく恐ろしく、私ならその場にへたり込んで動けなくなること必至です。解決したと見せかけて、実は不穏な気配が・・・というラストも、とても好みでした。
「ぜんしゅの跫」・・・アクシデントにより真琴に怪我をさせてしまった琴子は、埋め合わせのため、真琴の仕事をすべて肩代わりしようと決める。その中に、杉並区周辺で報告された<獣のような足音だけ聞こえる化け物>に関する調査依頼があった。この怪異の姿形は誰も目撃していないものの、凶暴で、多くの人的物的被害が出てしまう。調査の結果、琴子と野崎は怪異の住処と思しき場所を見つけるのだが・・・
最終話にしてようやく、野崎・真琴・琴子vs怪異の本格対決を拝むことができました。戦闘シーンは相変わらず迫力たっぷりですし、真琴主導で打ち出した解決策も機転が利いていて秀逸!このシリーズにしては珍しく、すべてスッキリ解決するという爽快さも好印象です。でも、白眉は怪我をした真琴に代わり、カラオケでアナ雪を歌う琴子の下りでしょう。これ、絶対に映画『来る』で琴子役を松たか子さんが演じたことにちなんだネタですよね!?
最終話が大団円ということもあり、恐らく『比嘉姉妹シリーズ』の中で一番読後感がいい作品だと思います。この記事を書いている時点で、一番未来の出来事である『ばくうどの悪夢』が不穏な終わり方をする分、ぎこちないながら家族として過ごす野崎夫妻と琴子の姿にほっこり・・・「鏡」の一場面はかなりヤバい感じですが、最後には救いがあると信じていますよ、澤村伊智さん!
化物も怖いけど人間も怖い度★★★★★
シリーズ既刊分を読んでからの方が楽しめますよ度★★★★★
比嘉姉妹シリーズはまだ1冊だけです。
1作目と関係しているようで比嘉姉妹のルーツもあるのでしょうか。
バラエティー豊かで楽しめそうです。
どこか距離があった真琴と琴子の姉妹仲が接近していたり、二作目『ずうのめ人形』に登場した美晴(真琴のすぐ上の姉)が重要な役割を果たしたりと、シリーズファンなら嬉しくなってしまう場面が多かったです。
『ずうのめ人形』まで読んでからの方が、より面白さが増すかもしれません。