日本は島国であるため、比較的気軽にマリンスポーツを楽しむことができます。私自身、子どもの頃は親に連れられて海水浴に行ったり、海辺で花火をしたりしました。そういう時、海によってはボードを抱えたサーファーを目にすることもあり、「あれはどういうスポーツなんだろう?」と不思議に思ったものです。波打ち際でちゃぷちゃぷ遊ぶのと違い、サーフィンには技術や道具が必要ということもあって、今でもなんとなく縁遠いです。
そんな私でも、本の中でならサーフィンを楽しむことができます。サーフィンが登場する小説といえば、ぱっと思いつくのは豊田和馬さんの『キャッチ・ア・ウェーブ』や村山由佳さんの『海を抱く BAD KIDS』といったところでしょうか。大海原と戦うスポーツなだけあって、成長物語の題材としてよく取り上げられる気がします。この本でも、サーフィンをキーワードに、一回り大きくなる少年の姿が描かれていました。坂木司さんの『大きな音が聞こえるか』です。
こんな人におすすめ
世界を見て成長していく少年の青春小説が読みたい人
君はもう、終わらない波に乗っている---――何不自由ない毎日に何となく満たされないものを感じる高校生・泳(えい)。唯一、サーフィンに生き甲斐を感じている彼は、ある日、アマゾンに<終わらない波>ポロロッカがあることを知る。ポロロッカでサーフィンがしてみたい。一念発起した泳はバイトして旅費を貯め、渋る両親を説得。仕事でブラジル赴任中の叔父の協力のもと、アマゾンを目指すことに。そこで待っていたのは、泳の価値観をひっくり返すような出来事の数々だった。少しずつ、それでも確実に大人になって行く少年の成長物語
今のところ、シリーズ外作品としては坂木司さん唯一の長編小説です。それも六〇二ページというなかなかの大作で、ミステリーの要素はなし。さらに、主人公が男子高校生ということもあり、坂木ワールドにしては珍しくはっきりした下ネタジョークや性的な描写が出てきます。そういう意味で、他作品とは少し趣が異なりますが、主人公のきらきらと瑞々しい成長ぶりはまさに坂木節全開。登場人物のほぼ全員が基本的に善人というのも、読んでいて安心できますね。
主人公の高校生・泳は物心ともに不満のない毎日を送りつつも、張り合いのなさを感じています。そんな中に飛び込んできた、叔父・剛がブラジル奥地に赴任するという知らせ。さらに、アマゾン川の逆流現象<ポロロッカ>の存在を知り、そこでサーフィンをしたいという夢を抱きます。早速アルバイトを始めて旅費を作り、どうにかこうにか両親のことも説得し、叔父を頼ってブラジルを訪れる泳。そして彼は、今まで知らなかった自分自身と向き合うことになります。
坂木作品の主人公たちは、『和菓子のアン』をはじめ、何らかのコンプレックスや負い目を持っていることが多いです。ですが、本作の主人公・泳は裕福かつ愛情深い家庭で育ち、作中の描写を見る限り、容姿・成績・運動能力すべて平均以上。にもかかわらず「このままじゃ腐ってしまいそう」と呟くわけですから、序盤は彼に反感を抱く読者も多そうです。
ですが、泳は決して我儘なだけの子どもではありません。ポロロッカでサーフィンするという目標を決めた泳は、親に頼ることなく、自力でバイトして旅費を貯めます。ティッシュ配りのバイトで存在を無視される辛さを知り、引っ越し業者のバイトで協力し合うことの楽しさを噛み締め、中華料理店では「なんで日本人のガキがここでバイトしているんだ」と難癖をつけられ・・・こういう仕事を通じたストーリー作りは、まさに坂木司さんの十八番。四苦八苦しつつ真面目に働く泳を見ていると、当初抱いた「小生意気な子どもだな」という印象がだんだん薄れてきます。
あと、旅費の目途が立ってきた泳が、いよいよ両親を説得するシーンも好きですね。父親の「剛もいることだし、一人旅自体は賛成。ただ、救助・医療体制が不明な外国でのサーフィンは許可できない。絶対にしないと約束してくれる?」という言葉はしごく真っ当。それに対し嘘をつくことなく、サーフィンが好きだ、絶対にしたいという希望をどうにか伝えようとする泳。この辺りのやり取りは、保護者と口喧嘩したことある人なら、誰しも感情移入してしまうのではないでしょうか。新しい物好きでお茶目な泳パパと、デンと構えて懐の広い泳ママ、どちらも好きだなぁ。
前半のバイト物語だけで一作品が出来上がりそうですが、物語が佳境に入るのは後半、泳がブラジルに着いてからです。ここで泳が見たのは、日本とはあまりに違う常識の数々。一時的にステイしたベレンでは、少し治安の悪い地域に行くと死体を発見する。識字障碍などではなく、教育格差から文字が読めない大人がいる。日本人的な「僕ができるからやってあげよう」精神を迷惑がられるetcetc。泳はありとあらゆる場面で、自分がいかに物を知らなかったかを実感し、落ち込みます。そこでいじけたままにならず、失敗を次に活かせるのが泳の長所ですね。あの両親に育てられただけあって、本質は素直で聡明な少年なのでしょう。
そして圧巻は、クライマックスのポロロッカでのサーフィン!ここでの描写は本当に迫力満点で、食い入るようにページを見つめてしまうこと必至です。こんなにリアリティある場面を書けるということは、もしかして坂木司さんもサーフィン経験者なのかな?あまりの臨場感に、泳がサーフィンを終えて帰国したところでは、思わず「ふーっ」と息を吐いてしまいました。なかなか海外に行きにくいこのご時世、こういう本がもっと広く読まれてほしいものです。ほんの少しですが、坂木司さんの他作品とクロスした箇所もあるので、興味のある方は探してみてください。
いつの間にか主人公が好きになる度★★★★☆
誰にだって、音が聞こえる瞬間がある度★★★★★
坂木司さんは「和菓子のアン」しか読んでいないですが602ページの長編でアマゾンでサーフィンとは興味深いです。
しかしブラジルの奥地でサーフィンとは恐ろしい。
ピラニアやワニ、巨大生物などアフリカのジャングルと変わらない危険性を感じます。
しかもポロロッカでサーフィンなど命懸けで挑む姿は無謀か勇気ある行動か?
迫力満点で気になります。
「和菓子のアン」とはまるで違う主人公のキャラ設定が面白かったです。
こういう主人公だからこそ、アマゾンでのサーフィンというぶっ飛んだチャレンジもできるし、そこでの経験を通じて成長できるんでしょう。
海外と日本の価値観の違いなどの描写も丁寧で、ほほう、と何度も頷かされました。