はいくる

「鬼」 今邑彩

大変ありがたいことに、実家には今も私の部屋が残っています。子どもの頃に買った本も、量は減ったとはいえ保管してもらっており、それらを読み返すのが帰省の楽しみの一つです。ページが手垢で黒くなるほど読んだというのに、再読してもまだ面白いのだから、読書というのは奥深いものですね。

とはいえ、帰省中では、読破するのに何時間もかかるような大作に手を出すのはちと困難。状況に応じて読むのを切り上げられる短編小説の方が向いています。この作品も、帰省中、実家の本棚に並んでいるのを見つけて読みました。今邑彩さん『鬼』です。

 

こんな人におすすめ

ホラー寄りのミステリー短編集が読みたい人

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息子を見ながら父親が巡らす恐ろしい想像、空耳が呼び覚ます悲劇の予感、窓辺を彩る花がもたらす秘密のひと時、死してなお続く幼子の遊び、愛する夫に寄り添い続ける妻の執念、大好きな先生のために子ども達が選んだ狂気の道、楽しい時間を過ごす男女が抱える過去の業・・・・・日常を侵す恐怖を描いた傑作ホラー短編集

 

今邑彩さんの著作で、表紙が北見隆さんなんて、面白くないはずがない!!と勝手に決めて買った一冊ですが、予想通りの面白さでした。単純に「化物が出ました。怖かったね」ではなく、ホラーなりのロジックを組み込んでいるところが嬉しいですね。あえて結末をぼかした感じの描写も、恐怖を盛り上げるのに一役買っていました。

 

「カラス、なぜ鳴く」・・・イジメで不登校だった息子が、ある日突然元気になったのを目の当たりにする主人公。何でも、主犯格の少年が転校することになったため、イジメが収まったのだという。転校の理由は、母親が殺されたかららしいのだが・・・

このエピソードの特徴は、すべては息子の話を聞いた父親(主人公)の想像であるという点。主人公の恐ろしい想像は事実なのか、はたまた想像に過ぎないのか、はっきりしないところがより不気味です。まあ、この主人公、家庭人としてはイマイチっぽいので、ここらで真剣に悩みまくればいいんじゃないでしょうか。

 

「たつまさんがころした」・・・結婚を意識し始めた女性が聞いた、とある一言。それは空耳だったのだが、その一言が、恋人への不信感を呼び覚ます。実は彼女には、そうした空耳から将来を予知できる力があった。恋人を信じるべきか、勘に従うか。悩んだ彼女は、姉に相談してみるが・・・

こうしたサスペンスで姉妹が揃えば、ドロドロするのがお約束。ただ、そこに<空耳から未来が分かる>という妹の能力が加わることで、ミステリアスさがぐっと増しています。妬んでいるのはどちらなのか、罠を仕掛けるのはどちらなのか・・・ラスト、妹の沈黙がどんな未来に繋がるのか、超気になります。

 

「シクラメンの家」・・・主婦の主人公は、娘を車で送迎する途中、近所に住む作家の家の前を通るのが日課。ある日、娘は、作家宅の窓に置かれたシクラメンの色が、日によって変わっていることに気付く。なぜ日ごとに違う色のシクラメンを飾るのか。娘は自分なりの推理を語り・・・・・

おおー、これは気持ち良く騙された!娘さん、シクラメンの色の違いから、住人の不倫を予想したまでは鋭かったけど、もう一歩読みが甘かったね。君の推理に当てはまる人間は、もう一人いるというのに・・・主人公の、平凡な日々を受け入れた人間特有のふてぶてしさが印象的です。

 

「鬼」・・・幼い頃、かくれんぼの途中に失踪し、遺体となって発見された一人の少女。少女は死後も遊びを続け、かつての友人達のもとに現れる。少女と接触した友人達が全員死亡していることに気付いたヒロインは、いつ自分の番が来るかと恐れ慄くが・・・・・

<自分の死を理解できず、遊び続ける幼児の霊>という、ホラーの王道をいくエピソードです。この手の話の場合、往々にして幼児特有の残酷さが強調され、悲惨な結末を迎えるもの。ですがこの話は少し趣を変えてあり、読後感は悪くなかったです。ドラマ『世にも奇妙な物語』の一話「缶けり」に酷似しているという指摘もあるようですが、真相へのアプローチは全然違うので、比べてみるのも面白いかもしれません。

 

「黒髪」・・・とある男性作家の担当編集者をしていたヒロインは、作家の妻から、自分亡き後は夫を頼むと言い渡される。程なくして、妻は病気で死亡。妻が望んだ通り、作家の後妻となったヒロインだが、家の中には常に見えない何かの気配が漂っていて・・・

四話同様、スタンダードな怪異譚です。タイトル通り、話の鍵となる黒髪の使い方がめちゃくちゃ巧妙!古来より<女の髪には魔力が宿る>と言われるだけあって、ホラーの雰囲気とぴったりでした。ラスト、一気に不穏さを感じさせる展開もすごく好みです。

 

「悪夢」・・・旧友の頼みにより、妊婦をカウンセリングすることになった臨床心理士。曰く、妊婦は子どもを殺す夢を見続けており、出産を迷う気持ちすら抱いているという。どうやらその夢は、彼女の過去に起因しているようで・・・・・

<子どもを殺す夢を見る=子どもを憎んでいる>などという単純な話ではないのが、人間の難しいところ。愛情ゆえに残酷な決断を下す、その悲哀や複雑さが丁寧に描かれていました。臨床心理士のカウンセリングが終わり、悩みも解決して一安心・・・させてから、ヒヤリとさせられるモノローグがインパクト抜群です。

 

「メイ先生の薔薇」・・・黄色い薔薇を抱えた男が語る、小学生時代の思い出話。当時、男の担任だったメイ先生は、その美貌と人望で生徒達の人気者だった。メイ先生のもと、クラスメイトは団結し、学校生活はまさにバラ色。ところが、メイ先生が結婚し、教職を辞すことが決まり・・・・・

「鬼」と違い、無邪気ゆえの凶暴性がテーマです。この短編集に収録されているんだから、きっと残酷な出来事が起こるんだろうな、というのは予想の範囲内。ただ、最後の最後、メイ先生の話をされただけで面識はない聞き手が真相を察する・・・という展開がなんとも不気味でした。語り手の男は、もう二度と、メイ先生と会うことは叶わないのかな。

 

「セイレーン」・・・ドライブ中に彼女と喧嘩し、車から降ろされてしまった主人公。途方に暮れていたところで、通りがかった車に拾われる。車に乗っていた男女はネット仲間であり、これから泊りがけのオフ会を行うのだという。なりゆきで彼らと行動を共にすることにした主人公だが・・・・・

これ、ある時代以降の読者ならあっさり真相が見抜けそうなところが哀しいです。執筆当時は、こういうことは珍しかったのかな。でも、他のメンバーは熟慮の結果なんだろうけど、主人公は空気に呑まれただけっぽいし、最後の最後で後悔しないといいんだけれど・・・主人公を降ろした彼女も、さぞ後味悪かろうに。

 

実家に置いてあるのは単行本ですが、文庫版には上記八話に加え「蒸発」「湖畔の家」の二話が収録されているとのこと。こういうことがあるので、単行本をすぐ買うのは躊躇っちゃうんですよね。幸い、市内の図書館に蔵書があるので、取り寄せて読もうと思います。

 

結末が予想できてもできなくても面白い度★★★★☆

登場人物たちのその後が気になりまくり・・・度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    今邑彩さんの作品を久しぶりに読みたくなりました。
    本題にもなっている「鬼」のように子供がかくれんぼの途中、行方不明になるエピソードは「家守」でもあったような気がします。
    「セイレーン」はまさに題名通りのオチがありそうです。
    実家には自分の部屋が残っていて帰省すると家族で泊まれるようになっています。
    田舎のせいか広い部屋だと帰る度に思います。

    1. ライオンまる より:

      かくれんぼや鬼ごっこのような子どもの遊びは、ホラーやサスペンスの題材にぴったりですよね。
      表題作をはじめ、どのエピソードもゾワリとさせられる秀作揃いです。
      たまに昔の本を読み返すと、意外と忘れている箇所が多く、ついつい夢中になってしまいます。

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