高齢者ドライバーによる事故が取り沙汰されるようになったのはいつからでしょうか。正確なところは分かりませんが、ここ数年で、メディアが高齢者による事故を大きく取り上げる率は確実に上がっている気がします。年齢を重ねると、視力や筋力が落ちたり、反応速度が遅くなったりして、事故を引き起こす危険性が高まるとのこと。普通に扱えば便利な車も、ひとたび間違いを犯せば、走る凶器になりかねません。
しかし、だからといって「高齢者は運転させるな」と主張するのはあまりに一方的というものです。加齢により体力が落ちると、若者のように「これくらいの荷物、歩いて持ち運べるさ」「電車乗り継いで三十分の距離なんて近い近い」というわけにはいきません。居住地や家族構成、生活パターンなどによっては、運転しないと生活することが不可能というケースだってあるでしょう。そもそも、昨今やたら高齢者ドライバーの事故が多い気がするのは、車離れによる若者の事故率低下のせいであって、発生件数自体は数十年前から変わっていないんだとか。そうなると、単純に高齢者ドライバーだけを非難するわけにはいきませんね。今回は、そんな高齢者ドライバー問題について考えさせられる作品をご紹介します。垣谷美雨さんの『うちの父が運転をやめません』です。
こんな人におすすめ
高齢者ドライバー問題を絡めたヒューマン小説が読みたい人
親父に運転をやめさせるには一体どうすればいいんだろう---――田舎暮らしの老親が今なお運転することを危険視する主人公。テレビでは頻繁に高齢者ドライバーによる事故が取り沙汰されており、子どもとしては不安で仕方ない。だが、どれだけ説得しても、ネット通販や都会への引っ越しを提案しても、当の親は渋い顔。そんな親と繰り返し向き合い、語り合ううち、主人公は自分が忙しさの中で忘れていたものに気付き始め・・・・・ここにもしかしたら明日の貴方がいるかもしれない。爽やかで清々しい家族小説
新刊が出るたびに言っている気がしますが、垣谷美雨さんは社会問題を作品に絡めるのが本当に上手いですね。遺品整理、シングルマザー、老後資金など、様々な時事ネタを取り上げてきた垣谷さんが、本作でテーマにするのは高齢者ドライバー問題。そこに、地方の過疎化やUターン就職問題なども織り込んであるので、「身近に運転する高齢者がいないので、状況が想像できない」という読者も楽しめると思います。
都会で妻子と暮らす会社員・猪狩の専らの悩みは、高齢の父親が運転をいっこうにやめようとしないこと。事故を起こしかけたことは何度もあるにも関わらず、本人は「自分は衰えていない」「運転しないと暮らしていけない」の一点張りですし、実際、田舎にある実家周辺では運転しないと生活が成り立ちません。ネット通販で買い物してはどうか、いっそ自分達の近所に越してこないか等、色々アイデアを出す猪狩ですが、芳しくない結果が出るばかり。折しも、猪狩の幼馴染の父親が交通事故を起こし、家族全員が白眼視された末に引っ越しを余儀なくされるという事態が生じ、猪狩はますます焦ります。試行錯誤する内、猪狩はこの問題の根幹にあるのが、単に「運転できないと不便だ」ということではないと気づきます。そしてそれは、彼自身が抱える問題にも繋がっていました。
読み終わって最初の感想は「なるほどなぁ」。今まで私は、高齢者が運転をやめられない理由を「買い物・通院などに必要だから」だと思い込んでいました。運転やネット通販を代わりにやってくれる人間が身近にいれば、すべて解決するんだろうなと。もちろん、それらも理由の一つなのでしょうが、本作が注目する点は他にもあります。一つはプライド、そしてもう一つはコミュニケーションの問題です。
まずプライドですが、今の高齢者が若者だった頃、運転するのは専ら父親の役割であり、それすなわち大黒柱の証明でもありました。運転をやめるということは、その証明が消え失せ、自身は大黒柱ではなく衰えた老人に成り下がってしまうということ・・・と、高齢者は思ってしまうのです。これはたぶん、女性であっても同じで、<運転できない=自分は老いぼれ>と思ってしまうのでしょう。この辺りの微妙な心理に、中年の主人公が気づく流れが、すごく自然で優しいんですよ。本作の場合、垣谷作品に往々にして登場する<極悪人じゃないけどイラッとくるキャラクター>がほぼいないので、余計に爽やかに感じられました。
そしてもう一つのコミュニケーション問題。過疎化が進む田舎では、買い物が唯一、他者と接する機会だという人も少なくありません。事実、猪狩の両親は一時的に運転を控えた結果、ほとんど人と会話することがなくなり、めっきり老け込んでしまいます。体力が有り余っている若者なら、思い切って都会に引っ越したり、引っ越しは無理でも旅行したり、外出が嫌ならインターネットを使ったりと、どうにかコミュニケーションツールを見つけられるかもしれませんが、それを無理だと感じる高齢者もいるでしょう。おまけに田舎の場合、人口の減少により商店が次々撤退していき、買い物をするためには遠くのスーパーまで車で行かざるを得ないというのが実情です。
老親に運転をやめさせつつ、プライドとコミュニケーション手段を守るにはどうすればいいか。ここで猪狩が選んだ道を、思いやりがあると取るか、あまりに出来過ぎと取るかで本作の評価は変わってくる気がします。実際、レビューサイトを見ると<ご都合主義では?><綺麗にまとまりすぎ>という意見もちらほら・・・確かに、いくら高齢者ドライバー問題に悩んでも、猪狩と同じ選択ができる人間は決して多くないでしょう。ですが、<こういう手段もある>と提示する意義は大きいと思います。主人公の猪狩やその妻子、両親、幼馴染達も基本的に善人ばかりですし、読んでいて一度も嫌な気分になりませんでした。特にラスト一行の爽やかさは格別です。
誰しもいつかは年を取るんだよ度★★★★★
最後の最後でほろりとさせられるとは・・・度★★★★☆
高齢者ドライバーの問題は深刻で高齢者の割合がますます高くなる中、どう向き合っていくかは大変な問題ですね。
菅総理にそこまで気が回るのか分かりませんが、自分たちでどうするか考えることも大切ですね。
高齢者に安易に運転するなと言うならそれに代わるものを用意する~そのヒントとして良い提案でした。
森沢明夫さんの「たまちゃんのお使い便」を思い出しました。
今の宅配に新しいビジネスチャンスもありそうです。
高齢化がどんどん進む昨今、誰にとっても他人事ではないテーマだと思います。
「年寄りの運転は危険。運転するな」ではなく、「では、そのためにどうするのか」をきちんと考えてあって
勉強になりました。
私は超が付くペーパードライバーなので、いずれ宅配サービスのお世話になる日が来そうです。