社会には様々な仕事、様々な勤務形態が存在しますが、その中に<非常勤>というものがあります。簡単に言えば、労働時間がフルタイム勤務者より短い労働者のことで、単純な補助作業を行う者もいれば、法律や税制のような専門知識を駆使して働くケースもあります。非常勤労働者を使う業界・会社は多いですが、中でも一番耳にするのは教育現場での<非常勤講師>ではないでしょうか。
教諭の席に空きがないため非常勤として働くしかなく、不満を抱える人も当然いるでしょう。しかし、非常勤という形態は、デメリットばかりではありません。他に目指す仕事があり、一時的に収入を得られればいいと思う人だっているはずですし、非常勤だからこそしがらみもなく公平な目で物事を見ることだってできると思います。そんな非常勤講師が登場する作品がこちら、東野圭吾さんの『おれは非情勤』。この先生、かなり好きです。
こんな人におすすめ
ジュブナイルミステリー小説が読みたい人
教師なんて仕事好きじゃない、生徒たちに好かれる必要なんてない--――ミステリー作家を目指す傍ら、生活のため非常勤講師として働く<おれ>。教職への熱意など欠片もないにも関わらず、なぜか彼の周りでは事件が頻発する。体育館で発見された同僚教師の死体、教室内で起こった不可解な盗難事件、事故死した前任教諭の謎、飛び降り自殺を図った少女の不審な行動、修学旅行中止を求める脅迫状と黒板の謎のメッセージ・・・・・否応なしに事件に巻き込まれる<おれ>は、果たして真相を突き止めることができるのか。
子ども向け学習雑誌に連載されていた作品なだけあって、どのエピソードもボリュームが少なく、文章も平易。だからといって決してちゃちではなく、ミステリーとしての構成はしっかりしているので安心です。重厚な東野作品も面白いですが、こういうライトな読み心地のものもいいですね。
「第一章 6×3」・・・問題児コンビによるいじめがあるというクラスを任された<おれ>。勤務二日目にして、なんと隣の席の女性教諭の死体が体育館で発見される。死体の側のスコアボードには、<6×3>という文字が書いてあって・・・
勤務開始早々殺人事件にぶち当たるという経験をしておきながら、クールでぶれない<おれ>のキャラクターがユニークです。殺人事件といじめ問題の絡め方、被害者と加害者への<おれ>の接し方などに説得力があり、こんな先生がいたらいいなと思えました。ラスト数行、爽やかだったなぁ。
「第二章 1/64」・・・下町の学校にやって来た<おれ>の担当クラスで、二名の生徒が財布を盗まれるという事件が起こる。状況からして、犯人は同じクラスの生徒らしい。同時に<おれ>は、生徒たちが<1/64>という単語を気にしていることに気付き・・・
これは、ある特定の娯楽ファンなら、早い段階で真相に気付くんじゃないでしょうか。こういう遊びに手を出しちゃう子どもは、今も昔もいるものですよね。そこを頭ごなしに叱りつけるのではなく、生徒のいい面を認めた上で諭す<おれ>に痺れました。「金は働いて稼ぐのが一番いいんだ」・・・胸に刻みます。
「第三章 10×5+5+1」・・・<おれ>が新たに担当するのは、前任の担任が教室の窓から転落死を遂げたクラス。よほど人気の教師だったのか、生徒たちは奇妙なほど大人しい。そんなある日、<おれ>に刑事を名乗る男が近づいてきて・・・
収録作品中、一番印象的であると同時に、一番哀しいエピソードでした。亡くなった前任の担任教諭の胸中を思うと切なくて・・・子どもたちの行動を悪質だと咎めることは簡単だけど、小学生くらいってこういうものだよなぁ。ただ、あれを使ってそれをするのはちょっと無謀すぎる気がしますが、どうなんでしょう?
「第四章・・・ウラコン」・・・病気休暇中の担任に代わって六年生を受け持つことになる<おれ>だが、生徒たちがやけに優等生すぎることが気にかかる。そんな中で起きた、女生徒の飛び降り未遂事件。その女生徒は、事件前に奇妙な言動を取っていて・・・
ひゃー、陰湿!!でも、自分の小学校時代を思い返すと、小学生でもこれくらいの知恵はあるよなと、妙に納得してしまいました。人間の嫌な部分が出たエピソードですが、ラストで過ちを認め、許し合う子ども達の姿が清々しいです。また、この場面での<おれ>の言葉は作中屈指の名台詞なので、ぜひじっくり読んでみてください。
「第五章 ムトタト」・・・運動会や修学旅行を控えた学校にやって来た<おれ>は、やることの多さにうんざり気味。ある時、担当するクラスの教室に、修学旅行中止を訴える脅迫状が置いてあるのを発見する。さらに、黒板には謎のメッセージも書かれており・・・
学校行事が嫌だ、中止になればいいと思ったことくらい、誰しも一度や二度はあるでしょう。そういう子ども心を見事に描写したエピソードです。これまで殺人だの窃盗だの自殺未遂だのが続いた中、そこまで酷い事件が起こらないということもあってか、読後感はとても爽やか。<おれ>の提示した解決方法もお見事でした。
「第六章 カミノミズ」・・・<おれ>が担当するクラスの生徒が、授業中に突如、昏倒する。幸い命に別状はなかったものの、直前に飲んだペットボトルの水にヒ素が混入されていたらしい。ボトルには<カミノミズ>という文字が書いてあって・・・
これは誰が悪いのか、議論の余地があるかもしれません。飲み物に毒を入れた奴が一番悪いのは言うまでもないんですが、そこに至る経緯を考えると、よっぽど腹に据えかねたんだろうなと・・・実際、社会問題にもなるテーマな分、色々考えさせられます。余談ですが、子ども達が歌いたがる歌がSPEEDやSMAPというところに時代を感じました。
「放火魔をさがせ」・・・竜太はやんちゃな小学五年生。ある時、父親と一緒に火事防止のための夜回りに参加するが、その直後、自宅が火事に巻き込まれてしまう。このところ、町内では連続放火事件が起こっていたのだが・・・・・
このエピソードから主役になるのは、悪ガキ盛りの五年生・竜太。子ども目線なのでほのぼのした語り口調で進むものの、起こる事件は連続放火というシビアなものです。ともすれば陰鬱になりそうなところ、竜太とクラスメイトや担任(<おれ>ではない。残念!)、母親とのやり取りがうまく中和してくれていました。オチには爆笑!
「幽霊からの電話」・・・竜太の家の電話に、「おかあさんです」という伝言メッセージが入る。母親本人にそんなメッセージを吹き込んだ憶えはなし。そればかりか、同じ伝言メッセージを受け取った家庭が他にいくつもあって・・・
前エピソードとは打って変わって、心温まるヒューマンストーリーでした。やんちゃな男の子と、おませながら賢く行動力のある女の子の組み合わせって、ジュブナイルでは外せないですよね。真相を知った竜太の心境、その後の母親とのやり取りが微笑ましいです。できれば竜太には、この気持ちを忘れないまま大人になってほしいものです。
タイトルや言葉とは裏腹に全然<非情>ではなく、ぶつぶつ文句言いつつちゃんと生徒の問題と向き合う<おれ>は、とてもいい教師だと思います。なんだか、いずれぶつぶつ文句言い続けたまま正式な教諭になる気がするなぁ(笑)後味の良さは保証しますし、三百ページ足らずの分量なので、空き時間にさらりと読むのにお薦めです。
<おれ>は名言製造機!度★★★★★
ジュブナイルだからといって甘く見れない度★★★★☆
東野圭吾さんの作品はかなり読んできましたがこれは未読でした。
東野圭吾さんは瀬尾まいこさんや湊かなえさんのように教師の経験がないですが、教師の心理や学校内の描写を描くのが上手いと感じます。
加賀恭一郎シリーズで彼も警察官になる前は教師でした。
教師という職業は小説のネタにしやすい~と思いますが最近問題になっている非常勤教師、臨時教師の昔からの問題点もありそうです。
今も昔も教師は大変だと感じそうです。
そういえば、加賀刑事も元教師という設定でしたね。
ジュブナイルということもあって教師の苦悩に触れる描写は少ないですが、シビアなようで人情に篤い<おれ>のキャラが最高でした。
いつかまたどこかの作品に出て来てほしいです。