小説に何を求めるか。これは人それぞれです。美男美女のロマンチックな恋愛模様を求める人もいれば、手に汗握るアクションシーンが読みたい人、鳥肌が立つような恐怖感が醍醐味だという人もいるでしょう。そして、どうということのない人生の一場面を描いた小説が好きだという人もいると思います。
私自身、そういう日常小説は大好きで、国内外問わず色々読みました。この手のジャンルが得意な作家さんもたくさんいますが、江國香織さんや群ようこさん、吉本ばななさんなどが有名ですね。最近読んだ小説でも、山あれば谷あり、涙もあれば笑いもある人生が描かれていました。荻原浩さんの『それでも空は青い』です。
こんな人におすすめ
どこにでもあるような日常をテーマにした小説が好きな人
プロ野球選手となった旧友の訃報、同窓会で再会したかつてのマドンナ、人間味のない夫に対して抱いた一つの疑惑、シングルマザーとの将来を考えるバーテンダー、一人暮らしの部屋に突如出現した元同級生の幽霊、以心伝心だった双子の兄弟が袂を分かつ時、キャッチボールで交流を深めていく祖父と孫・・・・・どこにでもある、苦しくも愛しい七つの人生を描いたヒューマンストーリー短編集
物語の世界にすんなり入り込むことができるのが日常小説のいいところ。本作も例外でなく、登場人物たちの迷いや嘆きが手に取るように伝わってきました。中にはSFやホラー(?)風味の作品もあるのですが、それでもこれだけ共感しやすい文章を書けるなんて、やっぱり荻原さんは凄い作家さんだなと改めて実感しています。
「スピードキング」・・・高校で同じ野球部に属し、プロへの道を進んだ藤嶋が死んだ。訃報を知った主人公は、会社を休んでとある場所へ向かう。その脳裏に、藤嶋との思い出が去来して・・・・・
挫折を繰り返してきた主人公が、夢を叶えた元部活仲間に対して抱く思いがリアルでした。<コンプレックス>の一言では片づけられない、憧れと嫉妬が入り混じる心理・・・うーん、相変わらず巧いなぁ。ちなみに第四話と最終話でも野球が登場するのですが、もしかして荻原さんって野球少年だったんでしょうか。
「妖精たちの時間」・・・仕事と結婚生活を失い、張り合いのない日々を送っていた主人公は、ふとしたことから高校の同窓会に出席する。目的は、かつて憧れた女生徒・桜井に会うこと。会場で会った桜井は相変わらず美しく・・・・・
同窓会あるあるネタがふんだんに詰まっていて、うんうんと頷きっぱなしでした。変わり者の美少女に対する周囲の反応も現実感たっぷりで、「こういう子、いたなぁ」と思ったり。荻原さんの作品は世代性別問わず人気ですが、このエピソードはある程度の年齢(アラフォーくらい?)の大人の方がより楽しめる気がします。
「あなたによく似た機械」・・・無口で反応に乏しい夫に不満を抱く専業主婦。ある時、用途不明のネジを見つけたことで、「もしや夫はロボットでは?」と空想するようになる。最初はただのお遊びだったが、徐々に現実味を帯びてきて・・・・・
同じような感想を抱く方が多いようですが、星新一さんの短編作品を思い浮かべました。空想が真実かもしれないと、段々不安になってくるヒロインの心理描写が丁寧で秀逸。終盤の反転劇もいい味出しています。もしかしたら、こんな出来事が現実になる日は案外近いのかもしれませんね。
「僕と彼女と牛男のレシピ」・・・見習いバーテンダーの主人公は、入院を機に七歳年上のナースと知り合い、交際するようになる。将来を考えて付き合う主人公だが、彼女の方ははぐらかしてばかり。その理由は、小学一年生の息子の存在だった。
ひたむきで誠実な主人公のキャラクターがすっっっごく好印象!そんな彼を想いつつ、決して息子の存在をないがしろにしない彼女も素敵だし、心から応援したくなるカップルです。あと、下戸の私ですら、カクテルに関する描写が美味しそうだと思ったので、お酒好きな読者には堪らないかもしれません。
「君を守るために、」・・・一人暮らしの部屋で奇妙な現象が相次ぐようになった主人公・菜緒。ある日、部屋になぜかかつての同級生・本村がいるところを目撃してしまう。てっきり不法侵入だと思う菜緒だが、なんと本村はとっくに死んでいて・・・
全然親しくなかった元同級生の幽霊に居座られるという、妙にコメディちっくな話です。その中に、ストーカーをはじめとする人間の恐ろしさがさり気なく織り込まれているところがなんとも巧妙ですね。ラストの解釈は人それぞれでしょうが、私はやっぱり〇〇になったんだと思います。
「ダブルトラブルギャンブル」・・・一卵性双生児の仁と礼。容姿がそっくりの上、息もぴったりな二人は、入れ替わることで人生の局面を乗り切ってきた。そんな二人が、ついに道を違える時がやって来る。それは、一人の女性への恋心が原因だった。
<双子が同じ相手を好きになる>という、やりようによってはいくらでもドロドロさせられそうな設定ですが、後味爽やかで安心しました。偏見かもしれませんが、兄弟ではなく姉妹だったらこんなにスッキリとはいかなかったかも・・・さらりと書かれていますが、双子のこれまでの人生ってけっこう過酷なので、これから幸多かれと願います。
「人生はパイナップル」・・・野球を通じて交流する祖父と孫。何度も会社を潰し、家族から半ば呆れられている祖父だが、孫には真摯に過去の出来事を話してくれる。やがて祖父がますます年老いてきた頃、孫は進路の悩みに直面し・・・・・
家族からほら吹きと思われつつ、一本筋の通った祖父がカッコいいです。子どもである孫目線のせいか軽く読めてしまいますが、実はものすごく重厚な一代記なんですよね。祖父の思いがちゃんと孫に伝わっていたと分かるラストも◎。読み終えてみると、タイトルの意味が胸にジンと響きます。
本作に表題作と言える作品はありません。読了後、あえてそうしたんだろうなということが察せられます。失業したり離婚したり恋がうまくいかなかったり・・・人生、雨降りや曇り空の時もあるけれど、それでも空は青い。そんな思いが込められているんだろうなと思いました。
どの話も趣が異なって面白い!度★★★★★
人生って七転び八起きだね度★★★★☆
悩んでいる登場人物に背中を押すような何気ない一言をかけてくれる恋人、友人、家族~それでも空は青いという人それぞれの日常の1ページを見たような短編集でした。
野球好きとしては「スピードキング」「人生はパイナップル」が楽しめました。
40歳の時同窓会に出席した時のことを思い出した「妖精たちの時間」も良かったです。
挙げられている二話は、野球好きの方には堪らないでしょうね。
こういう話を読むと、何かスポーツに打ち込んできた人が羨ましくなります。
個人的には、SF風の設定と真相が胸を打つ「あなたによく似た機械」が好きでした。