以前、別の記事で、図書館の予約システムについて書きました。読みたい本を確実に読めるよう貸出予約を入れるというもので、当然、人気の本には何百件もの予約が殺到します。となると、なかなか本を借りにこない予約者をいつまでも待ち続けるわけにもいかないので、大多数の図書館では予約本の取り置き期間というものを設けています。自治体によって違うようですが、基本、十日~二週間というケースが多いようですね。
取り置き期間内に本を引き取りに行ければ万事オーケー。しかし、体調や仕事、身内の用事など様々な事情で期間内に図書館に行くことができず、涙を飲んで予約をキャンセルせざるをえないことだってあるでしょう。私自身、そういう憂き目にあった経験がありますが、この本は期間終了間際にどうにか時間を作り、図書館に引き取りに行くことができました。それがこれ、貫井徳郎さんの『女が死んでいる』です。
こんな人におすすめ
どんでん返しが仕掛けられたミステリー短編集が読みたい人
知らぬ間に部屋に転がっていた女の刺殺体、愛する男を奪われた女の執念、ホームレスに悩まされる男達を待つ意外な罠、夫の浮気相手の抹殺を目論む妻の運命、社長令嬢を巻き込んだ誘拐事件の思わぬ真相、児童虐待の連鎖が生んだ悲劇・・・・・騙し、騙され、奪い、奪われる。愚かな人間たちが迎える予想外の結末を描いたミステリー短編集
ベテラン作家であり、決して寡作とは言えない貫井さんですが、意外なことに短編集はそう多くありません。改めて調べてみたところ、『被害者は誰?』『崩れる 結婚にまつわる八つの風景』『光と影の誘惑』『ミハスの落日』そして本作の五作のみ。私は『崩れる 結婚にまつわる八つの風景』を読んで貫井さんのファンになったので、新たな短編集の刊行が本当に嬉しいです。
「女が死んでいる」・・・ホストの充哉が自宅で目覚めると、女の死体が転がっていた。しかも、胸にナイフを突き立てた格好で。まさか、酔い潰れた俺が殺したのか?動転しつつも真実を知るため動き出す充哉だが・・・・・
<二日酔いで目覚めたら死体がある上、昨夜の記憶が全然ない>というストーリーは、サスペンスの世界では割とよくある設定です。この手の作品の場合、主人公は大抵とんでもない目に遭うものですが、このエピソードは覚悟していたほど後味悪くありませんでした。ちなみにこの話、ライセンスの藤原一裕を主人公としたヴィジュアルブックも発売されているようですね。ちょっと気になります。
「殺意のかたち」・・・あまりに突然すぎる最愛の人の死。その原因は、あの出来事に違いない。殺意を燃え立たせた女は、憎き相手への復讐を決意する。やがて一人の男が毒殺死体となって発見され、警察が動き出すのだが・・・
まさに王道中の王道を行くどんでん返しミステリー。あまりに正統派すぎて真相に気付く読者も多そうですが、このスタンダード感は嫌いじゃありません。この話に出てくる刑事二人組も、いかにも犯罪捜査ものに出てくる名バディという感じなんですよ。動かしやすそうなキャラですし、今後別の話で出てこないかな。
「二重露出」・・・公園のトイレに住みついたホームレス。彼がまき散らす悪臭により、近くの飲食店は経営の危機に瀕するようになる。話し合いでは解決しないと悟った店主は、ついにホームレスの殺害を決意した。
前の話が正統派だったからか、こちらは皮肉の効いた小話となっています。ホームレス問題は現実にも起きている分、決して絵空事ではないリアリティも感じました。ところでこの話、よーく読んでみるとあの人物の一人勝ちのような気もするんですが・・・うーん、穿ちすぎでしょうか。
「憎悪」・・・素性不明の男と愛人契約を結んだ麻紗美。ある日、ひょんなことから男の正体が有名ファッションデザイナーの縁者と知ってしまう。男は麻紗美に対し、「義理の息子に殺される」と語り・・・・・
うはー、後味悪い!タイトル通り、とある登場人物が抱える憎悪の濃さ・黒さに胸やけがしそうです。でも、この気持ちも分からないじゃないなぁ。気づきそうで気づかないどんでん返しの技も冴えていました。インパクトという点では、表題作よりこちらの方が勝っている気がします。
「殺人は難しい」・・・夫の浮気を確信した妻は、憎悪のあまり、浮気相手を抹殺することにする。紆余曲折の末に計画を実行した妻に対し、夫は軽い口調で「ちょっと離婚して欲しいんだよね」と告げ・・・・・
短いながら伏線がしっかり張られた佳作です。当初、妻の正体は〇〇だと思いましたが、××だったとはね。ここまで重苦しい雰囲気の話が多かった分、この話の軽妙さが口直しになりました(まあ、人死んでるけど・・・)。余計なお世話ながら、これから妻が一体何をするのか、かなり気になります。
「病んだ水」・・・産業廃棄物処分場の設立計画により、何かと世間を騒がせている某企業。その社長令嬢が誘拐された。身代金の運搬役として社長秘書が選ばれるのだが、その後の犯人からの指示はとても奇妙なもので・・・・・
中盤までの<警察の懸命の捜査にも関わらず身代金はまんまと奪われ、犯人は不明のまま>という展開は予想通りでしたが、その後の真相は意外でした。なるほど、こういうやり方なら誘拐事件も成功するかもな。押し付けがましくない程度に環境問題を絡めている点も巧いと思います。
「母性という名の狂気」・・・心優しい妻、愛らしい娘。自らの家庭は円満だと信じる夫をよそに、妻は娘に愛情を抱けずにいた。密かに行われる虐待の末、明らかになったあまりに悲惨な真実とは。
妻目線で語られる虐待描写が痛々しくて、読んでいる間、ずっと眉間に皺が寄っていました。自分を鬼だと自覚しつつ虐待をやめられない・・・現実の虐待の加害者も、こういう心理なんでしょうか。子どもが悲惨な目に遭っている分、後味の悪さでは作中随一だと思います。
「レッツゴー」・・・片想いを成就させるため奮闘する女子高生・鳩子。まずは胃袋を掴もうと張り切り、見事、彼に夕食を作る機会を得る。浮かれる鳩子だが、思わぬ形で姉が恋路に水を差してきて・・・
収録作品中で唯一、何の犯罪も起こらないエピソードです。恋のパワーで不慣れな料理に勤しむ鳩子が超可愛い!終盤の告白シーンもすごく一途で、読みながらキュンキュンしてしまいました。この話だけ読んだ人は、作者が男性と知って驚くんじゃないでしょうか。ラストで繰り返される「レッツゴー」という言葉がとても素敵です。
満足できる作品でしたが、たった一つ、意見を言わせてもらうとすれば帯でしょうか。<必ずあなたも騙される><どんでん返し8連発>とでかでか書かれているせいで、「あ、どんでん返しがあるのね。じゃあ、最初に疑われている人は犯人じゃないね」と事前に予想できてしまうんです。どんでん返しが好きな人は多いので宣伝したい気持ちも分かりますが、作者の仕掛けた罠を堪能するためにも、少しコピーを考えてもらえれば・・・とちょこっと思ってしまいました。
叙述トリックてんこ盛り度★★★★☆
気軽にさくさく読めますよ度★★★★★
どれも殺伐とした重たい内容のミステリーに貫井さん独特の冷たい感じのする人間模様にそれぞれあるどんでん返し~大変興味深いです。
予想できるオチのある手品を見せられるような感覚で読めるのもまた面白そうです。
切れ味鋭い良質の短編集でした。
後味の良いもの・悪いもの両方取り揃えられているところも嬉しいですね。
貫井さん、今後もこういう短編集をどんどん出してほしいです。