他のジャンルがそうであるように、ホラーという分野にも「ブーム」が存在します。ここ最近ヒットしたホラー作品を見る限り、今は「一番怖いのは人間だよ」ブーム。人間の欲望や狂気が引き起こす恐怖は、現実にも起こりそうな臨場感があって怖いですよね。
ですが、人外の存在が巻き起こす意味不明な恐怖もまた恐ろしいです。この世の常識が通用せず、ただ「関わってしまったから」という理由で怪異に見舞われる登場人物たち。この手の作風は三津田信三さんがお得意ですが、この方の小説もかなりのものでした。今回取り上げるのは恩田陸さんの『私の家では何も起こらない』。王道をいく幽霊譚が楽しめますよ。
こんな人におすすめ
スタンダードな幽霊屋敷小説を読みたい人
丘の上に建つ、こぢんまりした二階建ての家。何の変哲のないその家は静かに人々を魅了し、飲み込んでいく。誘拐した子どもを殺して主人に食べさせていた使用人、お菓子が焼けるキッチンで殺し合った老姉妹、床下に潜む少女に魅せられた殺人鬼、夜中に聞こえてくる這いずる音、手練れの大工が見た亡霊たち・・・・・その家に棲まうものは一体何なのか。優雅にして残酷なゴーストストーリー、開幕。
いやー、いいですね!こういうゾワッと謎めいた雰囲気、大好きです。ゾンビや吸血鬼のような目に見えるモンスターが暴れ回るわけではなく、屋敷に棲む<見えない何か>によってじわじわ蝕まれていく住民たち・・・恩田さん独特の、はっきりしたオチをあえて書かない手法も、物語のミステリアスな雰囲気を盛り上げていると思います。
「私の家では何も起こらない」・・・丘の家に建つ家で新生活を始めた女流作家。ある日、彼女のもとを一人の男が訪れる。男はこの家が幽霊屋敷だと主張し、何の異変もないと話す女流作家に食い下がるのだが・・・
一話目にしてインパクト抜群。穏やかに暮らす女流作家と、この家に幽霊が出ないはずないと繰り返す男。終盤、噛み合わない会話の謎が解ける瞬間は一読の価値ありです。真実を知ってみれば、むしろこの状況で静かに暮らす女の方が怖いかも・・・
「私は風の音に耳を澄ます」・・・少女を貧困と暴力が支配する家から救ってくれたのは、優しそうな女性だった。彼女は丘の家で働く料理人。家族が自分を探しに来ることを恐れる少女に、女性はある提案をして・・・・・
語り手である少女の幸せそうな口調と、実際に起きた事件の陰惨さのギャップが凄まじいです。あまりに劣悪な環境で育ったせいで、丘の家での暮らしに満足しきっている少女がただただ哀れ・・・ラストシーンの光景を想像すると鳥肌立ちそうでした。
「我々は失敗しつつある」・・・本物の幽霊屋敷を求めて回るマニアたち。男はなりゆきで彼らとともに丘の家を訪れることになる。実は男は少年時代にも家を訪れたことがあるのだが・・・・・
収録作品中、一番難解な話です。ネット上でも、このエピソードを考察したページが色々ありますね。好き嫌いは分かれそうですが、こんな風に各自で意味をあれこれ考えるのも面白いのではないでしょうか。木彫り人形の存在がなんともイヤ~な感じです。
「あたしたちは互いの影を踏む」・・・苦労時代を経て、家を持つという夢を叶えた老姉妹。台所でアップルパイが焼けるのを待つ間、二人はこれまでの苦労を語り合う。仲睦まじかったはずの姉妹は、なぜ殺し合ったのか。戦慄の真相が明かされる。
穏やかに人生を振り返る老姉妹の会話が、徐々に不穏な方向に流れていく展開・・・すごく好み!平和そのもののアップルパイの描写がいい小道具になっています。レビューサイトなどを見ても、この話がお気に入りという人が多いようです。
「僕の可愛いお気に入り」・・・町を騒がせる惨たらしい猟奇殺人事件。その犯人は、一人の美しい少年だった。彼はたびたび丘の家に通い、床下に潜む少女とのお喋りを楽しむのだが・・・・・
連続殺人鬼の少年が、子どもらしく無邪気に語る話の内容が怖い怖い・・・しかも、聞き手の少女って、絶対この世の存在じゃないよね!?でも、こういう子どもらしい残酷さってホラー作品によく合いますね。
「奴らは夜に這ってくる」・・・老人が孫に語って聞かせる寝物語。あの丘からは、夜ごと何かが這って近づいてくる音が聞こえるという。その正体は「這うもの」であり、正体を見た者は不幸になるという言い伝えがあって・・・
ホラー映画『呪怨』の伽椰子もそうですが、「這う」という動作は恐怖をよりかき立てる気がします。姿は見えずに音だけ聞こえるというところも、陰気な恐ろしさがありますね。老人目線で語られる前話「僕の可愛い~」の顛末も不気味な雰囲気たっぷりで◎!
「素敵なあなた」・・・とある夫婦が建てた一軒の家。どうやらここは曰くのある土地らしいが、若夫婦は周囲の忠告など気にも止めない。だが、ある日、取り返しのつかない悲劇が起こってしまい・・・
いかにして幽霊屋敷ができたのか、という始まりの話です。やっぱりこういう時、周りのアドバイスには耳を貸すべきなんだよなぁ。すごく哀れな話のはずなんですが、最後を見るに、ようやく救われたと解釈していいんでしょうか。
「俺と彼らと彼女たち」・・・長く空家だった丘の家に住民がやって来るという。引っ越し前に修繕をしなければならないが、誰も家を恐れて近寄らない。最後に修理を引き受けた大工が家で見たものとは。
ほぼホラー一色な雰囲気の本作ですが、このエピソードのみ、どことなくコミカルな雰囲気があります。「家を居心地良くしてやるんだから」と、亡霊たちをも説得してしまう大工がカッコいい!怪奇現象相手でもまったくブレないところに職人としてのプロ根性が見えました。
「私の家へようこそ」・・・丘の家での暮らしに馴染んだ女流作家は、家に友人を招待する。上機嫌で家の中を案内する作家だが、ここで暮らし始めてから不思議な感覚を覚えるようになったそうで・・・
明言されてはいませんが、恐らく第一話に登場した女流作家のその後の話でしょう。明るくにこやかに振る舞いつつ、実は亡霊たちに浸蝕されてしまっている描写にゾッ・・・ラストの一言から、今後も惨劇が続くことが予想されます。
最後に「附記・われらの時代」という話があるんですが、これはいわばあとがき的な内容なので内容は割愛します。各話のエピソードはどれもおどろおどろしいはずなんですが、登場人物たちの語りで話が進む上、基本的にどの登場人物も「憑りつかれていることに気付いていない」だったり「憑りつかれても構わないと思っている」だったりするので、どれもさらさらと読めてしまいます。で、そのさらさら具合と内容の落差が逆に怖いという、不思議な味わいの作品でした。内臓飛び出るホラーが苦手、でも怖い話は好きという方にお薦めです。
そして恐怖は繰り返す度★★★★☆
果たして幽霊の正体とは・・・★★★★☆
ホーンテッド・キャンパスシリーズや「呪怨」を連想するようなホラー作品ですね。
様々な形のホラーが楽しめそうです。
優雅にして残酷なゴーストストーリーというのがまた興味深いです。
恩田さん独特の「結末をはっきり書かない」という作風が、ホラーとうまくマッチしていると思います。
話自体はけっこう残酷なんですが、描写が優雅なのでグロテスクな印象はありません。
こういう異国のムードが漂う話、大好きなんですよ♪