「この作家さんはこういう作品を書く」というイメージってあると思います。綾辻行人さんなら叙述トリックを駆使した新本格ミステリーだし、瀬尾まいこさんなら心温まる成長物語、唯川恵さんなら女性主人公の恋愛模様etcetc。人それぞれ好きなジャンルがありますから、「これこれこんな物語を読みたい時はこの人の小説がお薦め」という知識があれば、作品選びが楽になります。
その一方で、「この作家さんってこんな小説も書くんだ!!」と驚かされることもあります。私は『和菓子のアン』『女子的生活』などの爽やかな作風のイメージがあった坂木司さんが、『短劇』『何が困るかって』で意外にブラックな小説も書くと知り、びっくりしたものです。こういう驚きもまた、読書の醍醐味の一つではないでしょうか。びっくりと言えば、芦沢央さんの『火のないところに煙は』。芦沢さんの新境地、楽しませてもらいました。
こんな人におすすめ
実話風ホラー小説が読みたい人
作家にもたらされた怪談執筆の依頼。気乗りしない作家の脳裏を、かつての恐ろしい記憶がよぎる。過去を乗り越えるため執筆を始めた作家だが、それはさらなる恐怖の幕開けだった。不気味な染みが語る死者の思い、お祓いを望む女の運命、理想的な新居を得た夫婦の末路、夜ごと妻を苦しめる悪夢の意味、アパートの怪奇現象の意外な顛末・・・・・五つの恐怖の先で待ち受ける戦慄の真実とは。
イヤミスのイメージがあった芦沢央さんが、テンポの良いコミカルミステリー『バックステージ』を書かれた時はかなり意外でした。今後も色んなジャンルに挑戦し続けてほしいなと思ったものですが、本作はじっとりした陰気さ漂うジャパニーズホラー小説。明言されてはいないものの、主人公の作家は恐らく芦沢さん本人であり、作品の迫りくるような恐怖感を高めていました。
「第一話 染み」・・・かつて、作家は大学時代の女友達の紹介で角田尚子という女性と会ったことがあった。広告代理店で働く尚子の身辺では、ひっきりなしに怪奇現象が起きているという。尚子は関係が拗れた末に急死した恋人が原因だろうと話すが・・・
第一話では、なぜ主人公が怪談の執筆依頼を受けることにしたのかという理由が語られます。些細なきっかけで豹変する恋人も怖いけれど、その後続く怪奇現象も超不気味!さらに、予想外のところにあった恐怖の原因と、関係者を待ち受ける残酷な運命・・・この意味不明さ、この理不尽さ。これぞまさに日本の怪談の真骨頂と言えるでしょう。
「第二話 お祓いを頼む女」・・・作家の知人であるライターもとに、ファンを名乗る女から連絡が入る。曰く、女とその家族は祟られているのでお祓いをしてほしいらしい。女の様子がまともでないと感じたライターは、何とかあしらおうとするのだが・・・
ホラー作品の場合、「怪奇現象を訴えるが信じてもらえない主人公」が登場することが多いですが、これは逆パターン。ライター目線だと女の言動は常軌を逸したものなのですが、ラストを知ってから読み返してみると・・・祟りがあったのかなかったのか、はっきりしないオチが好みでした。ライターの後悔が伝わってくるラストも印象的です。
「第三話 妄言」・・・新居探しをする夫婦が見つけた理想的な家。幸せを噛みしめる夫婦だが、隣家の女性が妻に囁いた「ご主人が浮気しているのを見た」という言葉から暗雲が立ち込め始める。隣人が「見た」という時間帯、夫は会社にこもっていたのだが・・・
単行本化に当たって改題されていますが、本来は表題作だったエピソード。そのせいか、インパクトという点では作中随一のように感じました。初めは厄介な隣人に悩まされるご近所トラブルものという雰囲気なのですが・・・じわじわと正気と真実が浸蝕されていくような感覚が癖になりますよ。この場合、本当に悪かったのって・・・・・
「第四話 助けてって言ったのに」・・・ネイルサロンで働く智世は、毎夜見る悪夢に悩んでいた。それは燃え盛る家の中で生きたまま焼け死ぬ夢で、感覚が妙にリアルなのだ。悩んだ末に夫に相談すると、なんと同居する姑もかつて同じ悪夢を見ていたことが分かり・・・
生きながら焼死する夢の描写がやたら生々しく、こんな夢を毎晩見る智世の苦悩が伝わってきました。これまでの三つの話と違って今回は周囲の理解・協力があり、事態は解決するかと思われたのですが・・・予想外の暗転劇と、その後の作家の考察が恐ろしいです。この考察通りなら、本当に人災じゃないか!!
「第五話 誰かの怪異」・・・進学と同時にアパートで一人暮らしを始めた大学生。だが、間もなく身辺で不気味な現象が起き始め、堪りかねて霊感があると評判の人物を紹介してもらう。その人物の助言により、ひとまず盛り塩とお札で様子を見ることにするのだが・・・
不気味で後味の悪い話が多い中、唯一救いを感じさせるエピソードです。とはいえ、「排水溝に大量の髪の毛」「鏡に一瞬映る女子高生」など、怪奇現象自体は臨場感があって鳥肌が立ちそうになりました。ただ、終盤で明らかになる関係者の行動の意味が切ないんだよなぁ。あと、四話から引き続き登場する凄腕拝み屋・陣内さんのキャラが結構好きです。
「最終話 禁忌」・・・執筆した怪談小説をまとめていた作家のもとに、馴染みのオカルトライター・榊から連絡が入る。彼が指摘した意外な事実。そして作家が気付いた五つの怪談話の共通点。すべてが繋がった時、作家は恐ろしい可能性に思い当たり・・・
いいですねぇ、この「本当の恐怖はすぐそこに」みたいな雰囲気!作家が五つの収録作品の共通点に気付く下りは、読み手の私までぞわっとしてしまいました。もしかして読者の側まで恐怖が降りかかってくるのではないかという不穏な空気作りも実にお見事です・・・ていうか、空気「作り」でいいんですよね?まさか事実じゃないですよね?
「ほら、怖いだろう!化け物が出てきたぞ!」というアグレッシブなタイプのホラーではなく、じんわり怖さがこみ上げてくるタイプの作品なので、グロテスクな恐怖が苦手な読者でもすいすい読めると思います。で、ここで私から一つアドバイス。単行本の裏表紙に、血が飛び散ったようなイラストが描いてあります。この血痕をよーく見てみてください。目が悪いと気付きにくいかもしれませんが、実は・・・・・最後の最後で背筋がひんやりしてきますよ。
「縁」を作るって恐ろしい・・・度★★★★☆
結局あの人は何者なんだ度★★★★★
文中に芦沢さん自ら登場するホラーとは楽しみです。
ホーンテッド・キャンパスとは少し違ったグロテスクで本格的なホラーで満足出来るとはかなり興味深いです。
ややライトな「ホーンテッド・キャンパス」とは違い、こちらは三津田信三さんや小野不由美さんを彷彿させる陰気なホラーです。
実話という設定なので曖昧な部分も多いのですが、こういう雰囲気はとても好みですね。