はいくる

「偽りの森」 花房観音

私が初めて京都を訪れたのは、高校の修学旅行の時です。あまり滞在時間が長くなかったため、清水寺や三十三間堂といった有名な観光地を数カ所回っただけですが、凛とした情緒溢れる佇まいが強く心に残りました。東京や大阪とはどこか違う雅やかな雰囲気、それこそが京都の魅力だと思います。

あの独特の雰囲気のせいか、京都を舞台にした小説は繊細さと濃厚さ、両方を併せ持つものが多い気がします。『源氏物語』などまさにその代表格ですし、映画化もされた渡辺淳一さんの『愛の流刑地』、サスペンスホラーの金字塔である貴志祐介さんの『黒い家』等々、ねっとりとした人間模様が迫ってくるような作品ばかりです。というわけで今回は、京都を舞台に濃密な愛憎劇が展開される小説をご紹介します。花房観音さん『偽りの森』です。

 

こんな人におすすめ

京都を舞台にしたドロドロの人間模様に興味がある人

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成績優秀な春樹、家庭的な美夏、おっとりとした秋乃、自立心旺盛な冬香。下鴨にある老舗料亭「賀茂の家」で生まれ育った個性豊かな四姉妹には、それぞれ人には決して言えない秘密があった。これはお人形さんのようだった亡き母・四季子に連なる因縁なのか。四季子の死後、一人家を出て全国を転々とする父は何を胸に秘しているのか。それぞれのついた嘘が、幸福なはずの家をゆっくりと侵していく・・・・・京都の地で繰り広げられる、美しい姉妹の底なしの欲望劇。

 

京都の人間ってこんなにドロドロしとるんかい!と突っ込みたくなるほど、どぎつく生臭い人間模様がこれでもかこれでもかと描かれていました。それでも非現実的だとは思わないのは、いつもながら巧みな心理描写のせいでしょうか。京都の風景もそれはそれは美しく、その分、泥沼に陥っていく人間達の愚かさ哀れさが際立っていたと思います。

 

「序章 平安神宮」・・・毎年、春には家族一緒に平安神宮を参拝するのが雪岡家の習慣だ。この年も、病に冒された四季子を伴い、六人でお参りに訪れた。家族一人一人を見つめる父親の胸によぎるものとは・・・・・

父・雪岡の目を通し、四姉妹とその母・四季子の容姿や人となりが語られます。通行人が見惚れるほど美しく幸福そうな家族の姿。でもこの章、後の泥沼っぷりを知ってから読み返すと、なんとも意味深なんですよね。春の平安神宮の描き方は文句なく美しいです。

 

「第1章 春樹」・・・幼い頃から成績優秀のしっかり者なのに、なぜか略奪愛という形でしか満たされない長女・春樹。不倫の末に結婚した夫がいながら、今も年下の男と関係を持っている。そんな春樹の目から、一見幸せそうな雪岡家を見てみると・・・

甘え下手な優等生という、いかにも長女らしい性格の春樹。そんな彼女が、ある意味、作中で一番の修羅場を迎えるという辺りが実に皮肉です。不倫時代は知的な紳士だった夫が、結婚した途端に老け込んで見えるという下りなんて、実際にありそうだよなぁ。

 

「第2章 美夏」・・・絵に描いたような良妻賢母の美夏は、結婚・出産を経た今も実家の離れに家族で住み、家の中のこと一切を取り仕切っている。夫は優しく、子どもたちも可愛い。だが、そんな彼女にも人には言えない悩みがあって・・・

最初は穏やかな妻であり母に見えた美夏が、徐々に潔癖すぎる一面を浮かび上がらせていく描写に巧いなぁと唸らされます。雑誌を勝手に捨てられたりしたら、家族としては堪らないでしょう。この美夏、私と一番性格が近い気がするので、余計にイヤ~な感じでした。

 

「第3章 秋乃」・・・美しい人形のようだった亡母・四季子に瓜二つの秋乃。周囲からは男っ気がないと思われているが、実は高校時代、妖しく恐ろしい経験をしたことがあった。ある日、秋乃は高校時代の友人・千鶴と再会する。美夏と千鶴は浅からぬ因縁があって・・・

四姉妹の中で、恵まれた環境や容姿を一番利用できていないのが、この秋乃な気がします。もっといい人生送れるはずなのに・・・と読みながらモヤモヤ。ある種の人間にとって、秋乃は恰好のターゲットなのでしょう。彼女の今後が心配でなりません。

 

「第4章 冬香」・・・姉妹一自立心があり、進学で地元を離れた冬香。だが、リストラや母の病を機に京都に帰ってくる。とある秘密のせいで、実家にいても心から寛げない毎日。そんな冬香が気取らず振る舞える相手、それは美夏の夫・伊久雄だった。

この物語の核とも言える秘密を抱える冬香。その寂しさや疎外感、それでも何だかんだで居心地のいい実家を離れられないジレンマが丁寧に描写されていました。美夏の夫・伊久雄の、第2章で見せるのとはまた違う一面もなかなかリアリティあると思います。

 

「第5章 四季子」・・・妻の死後、家を離れて海沿いの田舎町で暮らす雪岡。ある日、彼のもとを一人の男が訪れる。二人が抱えてきた秘密と、雪岡の決意。雪岡の口から語られる、予想外の真実とは・・・・・

こ、怖っ!!ここに至るまでにさんざん女性のどろどろ劇を見せられてきましたが、男性の腹の内もなかなかどうして真っ黒です。雪岡ったら、美しくも無神経な妻に振り回されるだけの夫じゃなかったのね・・・この雪岡の真意に、娘たちの誰一人気づいていないというところがまた怖いんですよ。

 

「終章 紅枝垂れ」・・・再び巡って来た春、揃って平安神宮をそぞろ歩く雪岡家。それぞれの胸の内に、互いには決して打ち明けられない思いが去来する。そして、行く手に父の姿が見えてきた。

序章と同じく、春の美しくのどかな平安神宮の場面で物語は終わります。しかし、景色の美しさとは裏腹に、各人の抱えるもののネバネバと濃密なことといったら・・・父親との再会後、いずれ愁嘆場を演じることになるような気がしてなりません。

 

ちなみにこの作品、私はハードカバーで読みましたが、文庫化の際に書き下ろし短編が一話追加されているんだとか。本作ではすでに病死している姉妹の母・四季子にまつわる話だそうです。直接登場しないながらも存在感のある四季子の生前の姿を、ぜひとも読んでみたいものですね。

 

四人のその後が気になりすぎる度★★★★☆

情景は百点満点の美しさ度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    京都を舞台にした作品~特にミステリーは多いですが殆ど刑事ミステリーでした。
    イヤミス要素の濃い女性の愛憎劇とは大変興味深い。
    関西在住で妻の実家が京都であるので、京都を舞台にした作品は興味深いです。
    京都ならではの美しい四季を舞台にドロドロの姉妹の争い~まさにドラマのような展開ですね。

    1. ライオンまる より:

      京都という町の持つ独特な雰囲気が巧みに表現されていたと思います。
      関西在住の方なら、情景描写に感じ入るところが大きいかもしれませんね。
      イヤミスというほどミステリー要素はありませんが、人間心理の奥の奥、裏の裏を堪能できる作品でした。

  2. しんくん より:

    関西在住の自分にとって京都を舞台にした作品には愛着を感じます。
    刑事ミステリーが多かったですが、姉妹の愛憎劇を描いたイヤミスとは興味深いです。

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