はいくる

「入居条件:隣に住んでる友人と必ず仲良くしてください」 寝舟はやせ

現代は個人主義の時代だと言われています。個人の意思や多様性というものが重視され、公より私を充実させることの方が大事。求人案内でも、<アットホームな社風><休日に社員同士でレジャーに出かけます>などといった文言は喜ばれない傾向にあるようです。

しかし、どれだけ個人主義が広がろうと、人間は社会生活を営む生き物であり、他者との関わりをゼロにすることは相当難しいです。そして、どうせ人と関わらなくてはならないのなら、できれば円満に付き合っていきたいのが人情というもの。特に身近にいる相手とは、いい関係を築くに越したことはないでしょう。でも、隣りにいるのがこんな存在だったら・・・?今回ご紹介するのは、寝舟はやせさん『入居条件:隣に住んでる友人と必ず仲良くしてください』です。

 

こんな人におすすめ

日常侵食系ホラーが浮きな人

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これは友達から聞いた話なんだけどね---――人格破綻した母親に振り回され続け、人生どん底の主人公。自殺さえ考える彼の目に<今すぐ人生がどうにかなってもいい人募集中!>という住み込みの求人広告が飛び込んでくる。その文言を不審に思いつつ、今更何が起きても構わないと応募する主人公だが、それは奇妙な日々の幕開けだった。五階以上の部屋では怪奇現象が頻発するマンション、毎晩一話ずつベランダの仕切り越しに怪談を語る隣人、同居家族と<一つの塊になってしまった>という少女、気づくとなぜか人型に盛り上がっている布団・・・この日々を、主人公は生きて乗り切ることができるのか。謎が謎を呼ぶ新感覚ホラー

 

ホラーというジャンル全般がそうなのかもしれませんが、かなり人を選ぶタイプの作品だと思います。<霊能力者が怪事件を解決する>とか<主人公が呪いを解くため命がけの戦いに挑む>とかいうようなスペクタクルは基本的にナシ。生育環境のせいで厭世的な主人公が、「このまま野垂れ死ぬよりマシか」と、諦めムードのまま怪異と付き合っていくという、不気味さと平穏さが共存する奇妙な作品です。この雰囲気を受け入れられるか否かで、本作の評価は相当分かれるのではないでしょうか。

 

主人公は、幼稚かつ身勝手な母親に物心共に搾取され続け、もはやお先真っ暗な青年・タカヒロ(通称。本名不明)。いっそ死んだ方が楽かもと思う彼は、ある時、住み込み必須、月収十五万の<今すぐ人生がどうにかなってもいい人募集中!>という求人に飛びつきます。それは、とあるマンションの七〇二号室に住み、<隣人と必ず仲良くすること>という奇妙な仕事でした。耐えきれずに逃げ出した前任者の数は、なんと二十三人。それでもどうにかタカヒロと仲良くなった異形の<隣人>は、毎晩、ベランダの仕切り越しに怪談を披露します。創作かと思われたそれらは、段々と現実世界を侵し始め・・・・・果たしてタカヒロは、このマンションで生き抜くことができるのでしょうか。

 

なんといっても、タカヒロの周囲で巻き起こる怪現象の数々がインパクト抜群です。白眉はやっぱり、毎晩ベランダ越しに怪談を語る<隣人>でしょう。仕切りがあるので全貌は見えないものの、真っ黒に爛れた六本指に管状の口、長い舌と、どう考えても人外としか思えないルックスの持ち主。グミが好きとか、友達認定したタカヒロに力を貸すとか、意外と可愛い所もある一方、タカヒロが自分が語った怪談をちゃんと聞いているかどうか時々チェックする等、油断ならない面も見せてきます。この場面、すごく淡々と描かれているものの、<隣人>の不興を買ったら即死亡なんだろうなという雰囲気がビンビン漂っていて、個人的にお気に入りです。

 

おまけにこのマンション、<隣人>だけでなく、建物自体が怪異の巣窟なんですよ。四階以下は普通に住めるものの、五階以上は化け物の宝庫状態。五階に突撃取材をかましたYouTuberは惨劇に巻き込まれ、六階はなぜか階段を使って行き来することが絶対にできず、タカヒロと同じく七階に住む少女<すみえ ゆな>は同居家族と一つの塊(ってどんな状態!?)になってしまい・・・ポストに投函される髪の毛だの、一人しか乗っていないのに重量制限ブザーが鳴るエレベーターだの、ふと気づくと人間の形に盛り上がっている布団だの、怪奇現象が雨あられで、もはや笑えてくるレベルです。一応、タカヒロの雇い主である神藤(遠方滞在中のため、時々手助けしてくれる)は強力な霊能力者で、怪異を無難にやり過ごす対処法を知っているものの、根本的に解決する気は今のところない模様。若くして諦観の境地に至ったタカヒロが、怪異を時に受け流し、時に怯えつつ暮らす様子は、不気味でありながら、妙にシュールです。

 

と、こんな風に書くと、化け物達が無双するぶっ飛びホラーのようですが、決してそういうわけではありません。現実の生々しい面、嫌らしい面もしっかり描写してあるのが、本作の特徴です。筆頭は、タカヒロの母親。この母親、母親と姉に冷遇(本人主観)されたコンプレックスから、「私は幸せにならなきゃいけない。満ち足りていると見せつけなくてはならない」という妄執に囚われ、そのための道具としてタカヒロを徹底的に利用し尽くします。成長したタカヒロが逃げ出すや否や、怪しい新興宗教に頼り、その機動力を以てタカヒロを見つけ出すという浅ましさ。母親が入信する、明らかに救済なんてする気のない宗教団体も怖いし、この団体に取り込まれた家族のエピソードも常軌を逸しているしで、読みながらゾワゾワしっぱなしでした。こいつらが、マンションに巣食う怪異に太刀打ちできない下りは、そんな場合ではないにも関わず安堵感すら覚えたものです。

 

ただ、繰り返しになりますが、本作は謎解きや事件解決がメインの物語ではありません。<隣人>をはじめとする怪奇現象の正体も、意味ありげに出てきた宗教団体の実像も、どうやら何か過去があるらしい雇い主兄弟の真意も、ほとんど謎のまま終わります。これを尻切れトンボと取るか、考察し甲斐があると取るかで、面白さが変わってくるでしょう。小説投稿サイト<カクヨム>では、本作の第二部が連載中なので、もしかしたら今後、謎が解かれる日が来るのかな?第二部では、ほのめかされつつも語られなかった六階の怪異について触れた章もあるので、興味のある方はチェックしてみてください。

 

恐怖とユーモアのマリアージュ!度★★★★★

単行本の表紙も要チェックです度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

     なかかなキツい内容の設定から入るのは櫛木理宇さんの作品に似ている気がします。
     最近読んだ「二人一組になってください」のような押し付けのある制限の中でホラーであってそれがオカルトでなく実は人間の闇というのがまた怖く暑くなってきた夏には相応しいと思いました。
     人生破綻したような母親に振り回されるという設定も安倍首相を殺害した青年を彷彿させます。
     最近、耳にしたようなニュースやストーリーが設定にあることが興味深いです。
     深木章子さんの「交換殺人はいかが?」じいじと樹来のミステリーは面白かったです。

    1. ライオンまる より:

      確かに、安倍首相銃撃事件の犯人と生育環境が似ているかもしれません。
      主人公の八方塞がりな状況と、マンションの理不尽な怪異の数々が、不思議なくらいうまくハマっていました。
      <隣人>が毎晩語る怪談もなかなか読み応えがあり、百物語愛好家としては嬉しかったです。

      「交換殺人はいかが?」、面白いですよね。
      君原&樹来コンビががっつり共闘(?)するのは、今のところこの作品だけというのが残念です。
      「消えた断章」は成長した樹来メインで君原は数シーンしか出ませんし、「灰色の家」では逆に樹来の出番がなし。
      二人がダブル主人公で活躍する作品が読みたいものです。

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