はいくる

「殺人鬼がもう一人」 若竹七海

ミステリー系の小説や漫画、ドラマなどを見ていると(特にシリーズもの)、しばしば「この町、凶悪事件が起こりすぎでしょ」という突っ込みが発生します。もちろん、人在る所にトラブル有り。それなりの人口を有する町なら犯罪件数が多くても仕方ないですが、それにしたって、そうそう頻繁に<血塗られた復讐劇>だの<阿鼻叫喚の惨劇>だのが起こっていては、住民は堪ったものじゃありません。

とはいえ、あくまでフィクションなら、複雑な謎や衝撃的な事件がしょっちゅう発生した方が面白いもの。ミステリー漫画界で有名な子ども探偵だって、あの町が事件だらけだからこそ能力を発揮できるのです。事件だらけと言えば、ここも負けていません。若竹七海さん『殺人鬼がもう一人』に登場する辛夷ヶ丘(こぶしがおか)です。

 

こんな人におすすめ

ブラックユーモアの効いたミステリー短編集が読みたい人

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問題ありの署員ばかりが送り込まれ、警視庁の姥捨て山と呼ばれる辛夷ヶ丘署。そこの生活安全課で捜査員を務める砂井三琴は、次から次へと起こる事件のため今日も東奔西走する。資産家の老婦人が巻き込まれた引ったくり事件、市長選を巡って巻き起こる大騒動、トラブルが押し寄せる結婚式の内幕、ホームクリーニング社社員が見た悲劇、葬儀の裏で繰り広げられる陰謀・・・・・ブラックでダーク、ニュータイプの警察小説、ここに誕生!

 

これは作品冒頭で分かることですが、主人公の砂井三琴をはじめ、登場する警察関係者(というか登場人物全員)は揃いも揃ってろくでもない奴ばかりです。捜査するのが面倒だから被害届をもみ消し、捜査中に見つかった貴金属や金銭をちょろまかし、見返りと引き換えに殺人すら黙殺する・・・・・と、こんな風に書くと重苦しく濃密な警察小説をイメージしそうですが、若竹さん独特の軽妙かつ皮肉の効いた文章のせいか、さくさく読めてしまいます。こういうテーマをこれだけテンポ良く料理するって、かなり難しいことなんじゃないでしょうか。

 

「ゴブリンシャークの目」・・・町一番の権力者一族の生き残り・箕作ハツエが引ったくり被害に遭った。こりゃ一大事と騒ぐ上層部から事件解決を命じられた三琴は、相棒の田中と共に捜査を開始。ところが、ハツエを狙う悪人たちは他にもいて・・・

覚えがあるなと思ったら『ザ・ベストミステリーズ2015』収録作でした。第一話から警察関係者としての矜持もへったくれもなく、欲得づくで動く三琴がいっそ清々しいほど。そんな彼女が、能力的にはかなり優秀というところが皮肉です。『葉村晶シリーズ』のような、シニカルながら人間味ある主人公を想像した読者は、きっと衝撃を受けるでしょう。

 

「丘の上の死神」・・・市長選を巡り、現市長と候補者が熾烈な争いを繰り広げる辛夷ヶ丘。そんな中、候補者・英遊里子の夫が自宅で急死する。なんとしても現市長を勝たせたい生安課課長は、これを事件に仕立て上げ、英遊里子を逮捕しろと三琴たちに命ずるのだが・・・

候補者同士が子どもの喧嘩じみた泥仕合を展開する様子が皮肉たっぷりに描かれていて、そんな場合ではないのですが笑ってしまいました。でも、現実の選挙戦も似たようなものかもなぁ。政界関係者相手でもまったく動じず悪徳警官道を貫く三琴はもはやご立派。前話で出てきたハツエさんもご健勝そうで何よりです。

 

「黒い袖」・・・愛する妹の結婚式を成功させようと奔走する姉・竹緒。そんな彼女の頑張りも空しく、次々と騒動が巻き起こる。いがみ合う両家の母、不審な行動を取るストーカー、暴走する新婦友人、おまけに新郎が披露宴を中座したいと言い出して・・・

ここで三琴は完全なモブ、花嫁の姉が語り手です。この姉、典型的な<推理小説の主人公気質>で、面倒見が良く行動力があり、襲い来るトラブルをばっさばっさとさばいていきます。なんて妹思いの素敵な姉・・・と思いきや、実は彼女もかなりいい性格していました。最後で明かされる予想外の正体といい、落語のようなオチといい、一番好きな話です。

 

「きれいごとじゃない」・・・家族でホームクリーリング社を営む理穂は、年末を迎え、大掃除の依頼で大忙し。そんな中、辛夷ヶ丘署の捜査員から捜査協力を求められる。それは、押し込み強盗計画を阻止するため、仕掛けられた盗聴器を探したいというもので・・・

ホームクリーリングという仕事が、起こる事件の性質に巧く絡められていました。第三者目線で見た三琴の「この刑事、ヤバいんじゃない?いや、でも優秀かも?」という働きぶりも絶妙で、これなら騙されてしまうよなと納得。本筋とはあまり関係ない、しかしあまりにショッキングな結末も印相的です。

 

「葬儀の裏で」・・・忍び寄る老いを感じながら名家の当主を務める水上サクラ。姉の六花が死に、執り行われる葬儀の裏では、親戚たちの様々な思惑が交錯する。おまけに姉の死に様は、何者かに頭を殴られ、一年の昏睡状態の末に死亡という無惨なもので・・・

こういう<悪辣な若者に負けない豪胆な老人>という話はかなり好み。とはいえ、ここで出てくる老人たちの肝の据わり方は半端でなく、「ひええっ」と鳥肌立ちそうでした。こういう権力者一族って実際に存在しそうなところも怖い怖い・・・ラストの余韻は、恐ろしくも哀しいです。

 

「殺人鬼がもう一人」・・・フリーの殺し屋家業を続ける女・マリ。ある時、標的が何者かに先に殺害されるという事態が起きる。その手口は、二十年前に町を騒がせた連続殺人鬼と同じもの。実はマリの弟は、過去、連続殺人の犯人だと疑われていて・・・

む、惨すぎる・・・!!イヤミスに慣れた私ですが、それでもマリの殺し方、二十年前の連続殺人鬼の犯行の様子、何より三琴の所業に唖然呆然としてしまいました。三琴、悪徳刑事を通り越してもはや悪魔じゃん!犯罪加害者(と思われた者)の家族が味わう地獄の描写も含め、救いがなさすぎるエピソードです。

 

冷静に考えると後味最悪な物語なんですが、前述した通り語り口がポップなので、読了後に引きずることはないと思います。どれもこれも長編にして良さそうな密度にも関わらず、リズミカルに伏線回収して短編に仕上げる手腕は、さすが若竹さんですね。続編が出るなら、ぜひともハツエばあちゃんにも再登場してほしいです。

 

犯罪者の方が気の毒に思えてくる度★★★★☆

こんな町に住んでみたい度☆☆☆☆☆

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コメント

  1. しんくん より:

    若竹さんは読みたいと思いながらまだ未読です。
    この作品なら初読みとして良さそうです。
    「こち亀」の両さん以上に問題だらけの警察官のストーリーにブラックユーモア~作家さんの作風を知るには最適な短編集で面白そうです。

    1. ライオンまる より:

      両さんは問題警官ながらちゃんと人間味を感じさせるのに対し、本作の警官たちはサイコパスなんじゃないかと思うくらいえげつない人ばかり。
      若竹ワールドの毒を味わうにはぴったりですが、さすがにブラックすぎると感じる読者も多いようです。
      イヤミス好きな私は楽しめました。

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