どの職業にも言えることですが、小説家の中には、意外な経歴をお持ちの方が少なくありません。クリエイティブな仕事は、やり様によっては<出勤せず、帰宅後に創作活動に励む>という就業形態が可能です。だからこそ、小説家稼業が軌道に乗るまで他の仕事をしたり、なんなら小説家として十分な実績を上げてからもダブルワークを続けたりする方も一定数いらっしゃいます。
この話題で私が真っ先に思いつくのは、『中陰の花』で芥川賞を受賞した玄侑宗久さん。臨済宗の僧侶であり、住職として勤める傍ら、執筆活動を行っていたそうです。それから、海堂尊さんや久坂部羊さんの医者、新川帆立さんの雀士なども、なかなか印象的な経歴と言えるでしょう。最近は、この作家さんの前職を知り、驚きました。今回は、水生大海さんの『その嘘を、なかったことには』を取り上げたいと思います。
こんな人におすすめ
<嘘>をテーマにしたイヤミス短編集が読みたい人
身元不明の遺体が巻き起こす夫婦の波乱、チャンスを得た女優が直面する悪意の正体、校内に広がる噂の意外な真相、母の遺品が呼び覚ます過去の秘密、愚行を隠蔽しようと奔走する若者たち・・・・・どこまでが嘘で、どこからが真実なのか。謎と驚きに満ちたミステリー短編集
水生大海さん、もともとは漫画家として活動されていたそうです。そのためなのか、水生作品は総じて絵画的で、物語の面白さを視覚に訴えかけてくるような描写が多い気がします。本作も、登場人物たちの不安や焦り、恐怖が目に浮かぶような作品ばかりでした。
「01 妻は嘘をついている」・・・会社経営者である妻と、冷え切った結婚生活を送る主人公。ある日、帰宅すると、家で見知らぬ男が死んでいた。警察の捜査の結果、この男はホストだということが分かる。男が勤めていた店を、妻は利用したことがあって・・・
ミステリーやサスペンスで「家に死体がある!」となった場合、主人公は往々にして事態を隠蔽しがちな気がします。ですが、この話の場合はさっさと警察に通報し、死因も身元もすぐ判明。そこから起こる一波乱への繋げ方が巧かったです。妻の狡猾さ、ここまで来るともはや清々しいとすら感じるレベルだな・・・
「02 まだ間に合うならば」・・・売れない女優として奮闘する美南は、人気バンドのMVに起用され、ステップアップのチャンスを得る。ところが、その途端にネット上での誹謗中傷が相次ぎ、ついには私生活を盗撮した怪文書まで届く羽目に。実は美南には、これらの犯人に心当たりがあって・・・
こういう話の場合、誹謗中傷の犯人は身近にいるというのがお約束。この話でも実行犯自体はあっさり判明するのですが、そこで終わらないところが良かったです。途中でちらりと出てきた単語が伏線だったわけですね。タイトルにもある通り、できるなら間に合ってほしい!
「03 三年二組パニック」・・・卒業式を控え、浮足立つ高校内に、とある噂が流れ始める。卒業式で、三年二組の生徒が誰かに仕返しを目論んでいるらしい。一体誰が、誰に対し、どんな動機で仕返ししようというのか。実は三年二組では、今までにいくつかトラブルが起きていた。担任の穂高は生徒たちに密かに聞き取り調査を行うが・・・・・
学校側が仕返し計画を止めようとする理由が、<生徒に嫌な思いをしてほしくない>ではなく<大事な時期にもめ事を起こしたくない>という辺り、やけに現実味ありました。学校特有の閉塞感、分量はさほど多くはないとはいえイジメ描写がある等、決して軽い話ではないものの、被害者が意外なタフさを見せてくれるところが救いです。主犯はこれから痛い目に遭っちまえ!
「04 家族になろう」・・・義母の死後、急きょ仕事が入った妻に代わって遺品チェックを行うことになった主人公。妻曰く、妻と義母は不仲であり、あまり関わりたくないらしい。一人で義母のマンションに向かった主人公は、そこで義母が妻に遺した手紙の束を発見した。それは、数年前に病死した義父が、若い頃、義母に送った手紙なのだが・・・・・
収録作品中、一番お気に入りの話です。亡き義母が、自分宛の手紙をなぜわざわざ妻に遺したのか。そこに込められた執念の凄まじさにゾッとさせられました。恐らく一番悪いであろう人物がとっくに死んでおり、もはや誰にも責任追及することができないところが、余計に後味悪いというかなんというか・・・最初から最後まで誠実な善人のままだった主人公の今後が心配でなりません。
「05 あの日、キャンプ場で」・・・大学の映画研究会のキャンプで、メンバーの一人・千鶴が死んだ。女子メンバーたちは我儘でお姫様気質の千鶴にうんざりしており、示し合わせてキャンプ場に置き去りにしたのだ。その後、千鶴の溺死体が発見され、サークルに激震が走る。たとえ事故だとしても、わざと置き去りしたことがバレたら、きっと世間から袋叩きにされる。口裏を合わせ、置き去りの事実を隠蔽しようとする女性陣だが・・・
大学生たちの行動は本当に軽率で自己中心的。にもかかわらず、クライマックスで発覚した<嘘>が、収録作品中、どの嘘よりも小気味良いというところが印象的でした。なるほど、すべて覚悟の上だったわけね。ラスト、洒落にならない事態になったにも関わらず、腹くくりまくりの主人公が妙にカッコいいです。
水生大海さんは、湊かなえさんや朱川湊人さん同様、著作が黒作品と白作品に分かれる傾向にあるのですが、本作は前者寄り。<嘘>がテーマというだけあって、ヒトコワ系のイヤミス揃いです。ただ、一部を除くと、被害者側の性格や行動もそれなりだったりするので、後味はそう悪くありません。この方のノンシリーズ短編集は今まで未読だったので、これから読んでいこうと思います。
そもそも嘘をつかなきゃ良かったんだけどね・・・度★★★★★
どの話も映像化向き!度★★★★★







