子どもから大人まで、長く社会生活を送っていると、グループを組む機会がしばしばあります。純粋に気が合ってできた仲良しグループもあれば、教師や上司の指示でチームを作ることもあるでしょう。ここでの人間関係が円滑か否かで、物事の成否は大きく変わります。
そんなグループ行動ですが、集まるきっかけとして、意外と<この人たちとつるむしかなかったから>というパターンが多いです。一人よりも集団でいた方が助かる局面は多いので、この動機自体は決して悪いものではありません。とはいえ、私自身を振り返ってみると、こういう<別に気が合ったからではない、不可抗力的に集まったグループ>が、一番揉め事が多かった気がします。ただ揉めるだけならまだしも、取り返しがつかないことが起きる可能性だってあるかも・・・この作品を読んで、そんなことを考えました。貫井徳郎さんの『不等辺五角形』です。
こんな人におすすめ
・<藪の中>状態の推理小説が読みたい人
・インタビュー形式の小説が好きな人
私たちは、不等辺五角形だったのです---――幼少期に海外で出会い、行動を共にするようになった五人の男女。成長後も緩やかな付き合いが続き、ある年、全員で葉山の別荘地を訪れることとなる。和やかなひと時の後に起きた、衝撃的な事件。なんとメンバーの一人が死体となって発見され、一人が殺害を自供したのだ。一体なぜこんなことになったのだろう。逮捕後、犯行は認めつつも動機は決して語ろうとしない依頼人に代わり、弁護士は残ったメンバー三人を訪ねて回る。ところが、彼らが語る過去と人間関係は食い違っていて・・・・・果たして真実はどこにあるのか。二転三転する人間模様を描いた、息詰まる心理ミステリー
最近の貫井徳郎さんの作品は、新法が施行された近未来が舞台の『紙の梟 ハーシュソサエティ』、VRゲームが絡んだ『龍の墓』、「日本が東西に分断されたら・・・」というパラレルワールドを描く『ひとつの祖国』と、個性的な作風のものが多かったです。対して本作は、スタンダードな心理ミステリー。この手の貫井作品、大好きなので、新刊情報を見た時からずっと楽しみにしていました。
大らかでイケメンの重成、お坊ちゃんの聡也、気配り上手の梨愛、サバサバした夏澄、ちゃっかり者の雛乃。五人は子ども時代、マレーシアのインターナショナルスクールで出会い、グループで行動するようになります。大人になってからも友人付き合いを続ける彼らですが、重成の海外赴任決定を機に、壮行会も兼ねて葉山の別荘に集まりました。事件が起きたのは、その夜のこと。雛乃が死に、梨愛が殺害を告白したのです。当然、梨愛は逮捕されるものの、動機については「雛乃に許せないことを言われたから」と告げるだけ。これでは弁護しようがないので、弁護士は重成、聡也、夏澄を訪ね、事件当日の出来事や彼らのこれまでの付き合いについて聞いていきます。次第に、当事者たちですら意識していなかった人間関係のほころびが浮かび上がってくるのですが・・・・・
物語が関係者の証言で進む形式といい、語り手によって事実が変わっていく展開といい、映画化もされた『愚行録』を連想する方も多いと思います。ただ、犯人が不明だった『愚行録』と違い、本作では梨愛が雛乃の殺害を自供・逮捕されています。つまり、主題となるのは<フーダニット(誰がやったか)>ではなく<ホワイダニット(なぜやったか)>。この点が違うだけで、印象ががらりと変わるのだなとしみじみ感じ入ってしまいました。
もちろん、視点となる人物が変わるごとに物の見え方も変わる<藪の中>ミステリーのツボも、しっかり押さえられています。ある人にとっては「彼と彼女は付き合っていた」となるも、当の本人は否定したり、またある人にとってはぎすぎすした一瞬即発のハプニングが、別の人にとっては何てことのない出来事だったり・・・どれが真実でどれが偽りなのか。偽りだとしたら、悪意か善意か。あれこれ推理しながら読み進めるのはとても楽しかったです。
さらにここで、彼らが純粋に友情のみで集まった仲良しグループではないという点が活きてきます。彼らがマレーシアのインターナショナルスクールに通っていた頃、日本人生徒はこの五人のみ。必然的に付き合うようになった仲間であり、あえて嫌な言い方をすると、外国で暮らしやすくするためには<つるまざるを得なかった>グループでした。当然、性格や行動パターンが合わない部分も多々あるわけで・・・・・この辺りのズレが成長するにつれて少しずつ顕著になっていく描写、すごく巧みだと思います。決定的に嫌なことがあったわけではないので絶縁もできず、ずるずる付き合い続けちゃうことって、現実にもありますものね。彼らの関係を思うと、アンバランスな『不等辺五角形』というタイトルがぴったりハマっていました。
ただ、ここ数年の派手で動きの大きな貫井作品と比べると、やや大人しい印象の作品であることは否定できません。最初から最後まで関係者の証言で進み、警察の捜査が絡むわけではない関係上、真相が法的には不明のまま(読者に委ねる)というところも、本作のモヤモヤ感に拍車をかけている気がします。とはいえ、同じ系統の『プリズム』等と比べると、真相の手掛かりもはっきり明示されていますし、推理しやすい部類でしょう。恐らく二度読みしたくなると思うので、図書館派の方はなるべく返却期限に余裕を持って読むことをお勧めします。
真実は人の数だけある度★★★★★
映像化のキャスティングを想像したくなる度★★★★★