サイコメトリーという言葉をご存知でしょうか。これは超能力の一種で、物体に残る人の残留思念を読み取ること。特に考古学との関係が深く、発掘された考古学品の過去を読み取って研究に役立てる事例は、世界中に存在するそうです。
日本において、瞬間移動やテレパシーなどと比べるとあまり知られていなかったサイコメトリーの知名度を上げたのは、樹林伸さん原作の漫画『サイコメトラーEIJI』でしょう。松岡昌宏さん主演によるドラマがヒットしたこともあり、「超能力はよく分からないけど、サイコメトリーという言葉は知っている」という方も多いのではないでしょうか。小説では、宮部みゆきさんの『龍は眠る』『楽園』でもサイコメトリーが出てきました。それからこれも面白かったですよ。今邑彩さんの『鋏の記憶』です。
こんな人におすすめ
サイコメトリーを扱ったミステリーが読みたい人
壊れた時計が物語るやるせない真相、古い鋏に残された悲劇の記憶、哀れな男の死に隠された残酷な秘密、孤独な老人に寄り添う淑女の正体・・・・・触れることで物に残された思念を読み取ることができる女子高生・紫。彼女の持つ能力は、時に秘められた真実を白日のもとに晒し出す。人間の愚かさや切なさを描いた傑作ミステリー短編集
前書きに書いたサイコメトリー作品は、どれも登場人物ががんがん事件に絡み、時に犯人と直接対決さえするアクティブなものです。対して本作には、そういうアクション要素はありません。紫は自分が能力で見た情報を従兄弟の進介(捜査一課の刑事)に伝え、進介はその情報をもとに地道に捜査して事件を解決に導きます。中には、紫は終盤でサイコメトリーするだけ、進介が頭の中で真相に気付くというエピソードもあり、『サイコメトリーEIJI』のように主人公のド派手な活躍を期待していると肩透かしを食らうでしょう。でも、私は紫の前面に出過ぎない感じ、一刑事の真っ当な捜査を重要視している感じが大好きなんです。
『三時十分の死』・・・海外旅行中のはずの資産家が、自宅で撲殺死体となって発見された。資産家の甥が容疑者となるも、甥の恋人・早苗は無実を訴える。彼女のペンダントに触れることで、甥は事件発生時刻、間違いなく早苗と一緒にいたことを知る紫。その後、甥の容疑は晴れるのだが、彼のライターに触れた紫は驚愕の事実に気付いてしまい・・・・
収録作品中、一番トリック重視なエピソードでした。めちゃくちゃ重要な事実が序盤で記されていたにも関わらず、うっかり読み飛ばしていたんですよね・・・不覚!サイコメトリーで事件解決、と見せかけて、再びのサイコメトリーで本当の真実が分かるという構成も面白いです。でも、真相が明らかになってみると、利用されたあの人が哀れだよなぁ。
「鋏の記憶」・・・請われて知人の女流漫画家のアシスタントを務める最中、部屋にあった鋏に触れた紫は衝撃を受ける。その鋏には、かつて幼い少年が母親から刺し殺された思念が残っていたのだ。その後の調査で、鋏が古道具であること、本来の持ち主だった杉原さとえはすでに死亡し、一人息子は立派に成人していることが判明する。では、サイコメトリーで見た映像は何だったのか?進介が手を尽くして調べたところ、過去、杉原家の近所で男児の未解決失踪事件が起きていることが分かり・・・・・
ものすごい極悪人は一人もいないにも関わらず、関わった全員が打ちのめされるという展開が悲しかったです。例え真相が明かされようと、無実の幼児が死亡したこと、家族が悲しみのどん底に突き落とされたという事実は不変。最終ページの描写からして救いはありそうだけど、こんな真実を知って、果たして元の健やかな精神状態に戻れるのでしょうか・・・
「弁当箱は知っている」・・・自宅で刺殺された失業中のサラリーマン・米倉。米倉には、若く美しい妻・美鈴がいたが、彼女はかつてヤクザと交際していた過去があり、米倉が逆恨みで報復されることを恐れて行方をくらませていた。そのヤクザが、美鈴と結婚したことを恨んで米倉を襲った可能性が高い。その後、姿を現した美鈴の証言でヤクザは逮捕され、事件は一件落着・・・のはずだった。進介が米倉の弁当箱を持ち帰り、紫に触れさせるまでは。
二話目とは別ベクトルで後味の悪いエピソードです。冴えなかったかもしれないけれど、何一つ悪いことをしていない米倉。彼のひたむきさが何一つ報われていないんだものな・・・一応、主人公であるはずの紫はラスト数ぺージしか登場しませんが、十分いい仕事してくれています。最後の一行、進介の予想が恐らく的中するだろうと思わせるところが恐ろしいです。
「猫の恩返し」・・・老いた獣医の小寺は、妻に先立たれ、男手一つで育てた一人息子も事故で亡くし、失意の日々を送っている。可愛がっていた猫のサフィーまでいなくなり、孤独は一層深まるものの、直後、息子の幼馴染だという女性が現れた。その女性・雪子との交流で元気を取り戻す小寺だが、知人からその話を聞いた紫は不安を覚える。一年前、同様の手口で若い女が独居老人に接近・殺害し、金品を奪うという未解決事件が起きたのだ。その事件の犯人が雪子ではないかと疑う紫だが・・・・・
全四話の中で唯一、心温まるエピソードでした。ちょっと非科学的な描写はあるものの、そもそも本作のテーマ自体がサイコメトリーという超能力ですからね。関係者全員の未来が拓けるし、最終話に相応しい話と言えるのではないでしょうか。何よりこの展開、猫好きには堪らないと思います。
ちなみに本作、単行本と文庫の二つがありますが、文庫は角川ホラー文庫から出版されています。別にホラーというわけでもないけど、超能力が出てくるから?タイトルや文庫版の表紙(大好きな北見隆さん!)から、おどろおどろしいホラーを想像されそうですが、実際は捻りの効いた面白いミステリーです。紫の知人、エキセントリックな女流漫画家の乃梨子もめちゃくちゃキャラ立ちしているし、紫と進介の兄妹とも恋人ともまた違う距離感もいい感じ。今邑彩さんの早逝により、続編が読めないことが残念でなりません。
サイコメトリーを行えばすべての真実が分かる☆☆☆☆☆
シリアスとユーモアのバランスが良し!度★★★★★
ある物体に触ると残留思念が見える能力を持つ登場人物のミステリーは珍しくないと思うほど小説でも漫画でもドラマでも観ました。ただその能力がサイコメトリ-と呼ぶのは初めて知りました。
久しぶりの今邑彩さんのミステリーを読みたくなりました。今、若竹七海さんの「殺人鬼がもう一人」 読んでます。まだ50ページほどですが登場人物はクセが強いですがそろいに揃って強かで掴み所がなくストーリーそのものも掴み所がなくモヤモヤしてます。
今邑彩さんの短編は、シンプルですっきりまとまっているにも関わらず、心理描写が丁寧なのでインパクト強いんですよね。
どの短編集も定期的に再読したくなります。
「殺人鬼がもう一人」は、若竹七海さんの作品の中でもかなり癖が強い部類に入ると思います。
生々しい悪意の描き方に定評のある作家さんですが、あそこまで登場人物が悪人揃いというパターンはそうそうないので・・・
私は清々しいほど悪徳警官道を貫く主人公がけっこう好きなんですけどね。